鈴を振ったら仲間ができた
耳馴染みのある鈴の音が、聞こえた気がした。
図書館司書資格の勉強もいよいよ大詰めで、必須科目の「情報資源組織演習」の授業を聞きに大学に来ていた日のこと。
休憩時間が終わる直前に「シャラン」とかすかに鳴った鈴の音に、私はギョッと身を固くした。
その音が水琴鈴という、私がとき子さんからもらった根付の鈴の音に酷似していたからである。
さらにいえばその鈴は、私の財布に結びつけられているはずだった。
え……もしかして財布盗られた……?
不穏な疑念で胸がざわつくが、すでに先生は講義を始めている。
今すぐカバンを開いて財布の無事をたしかめたいけれど、悪目立ちは避けたい。ちなみに私は、教室の前寄り、ど真ん中の列にいる。
これで財布がしれっと入っていたら、私はただ授業中にカバンを開ける不届き者である。
でも、もし入っていなかったら……?
こういうとき、あなたはカバンを開きますか?
私は、開けませんでした。
そのせいで90分の講義中ずっと、鈴のことばかり考えていた。
「あの鈴の音は特徴的だから、聞き間違いはないはず。でも一瞬のことだし、ひょっとしたら違うかも」と鈴の音を耳の奥からどうにか再召喚しようとし、「同じ鈴を持っている人がこの講義室にいる可能性は?ていうかどのあたりから聞こえたんだろう。怪しい人いないかな……」とプリントを回すふりをしながら舐めるように周囲を見回したりした。
そうこうして時間を潰しているうちに、地獄のように長く感じた90分がようやく終わった。ノートを閉じたりお茶を啜ったりする喧噪に、じっと耳を澄ませる。
もう一度あの鈴が鳴ろうもんなら、絶対に見つけ出す……!
シャラン、シャラシャラシャラ……
そこ、だっ!!!
バッと振り返ると、私の三つ後ろの席に座っていた女性がバッグからスマホを取り出していたところだった。
振り返った私の勢いにびくりと身体を揺らした拍子に、シャラ……と鈴が鳴る。
見つけた!!
安堵とともに冷静さが戻ってきて、自分のカバンに手を突っ込む。
シャララララ……という涼やかな音色とともに現れる私の財布。
よ、よかったぁ。
ホッとして顔を上げると、三つ後ろの女性も目を丸くして財布を見ていた。
シャララララ……と女性がスマホを振って鈴を鳴らす。
シャララララ……と私も財布を振って鈴の音を返す。
そうして、私たちは友だちになった。
「ふふふ。私たち、おんなじ鈴を持っていたんですねぇ」
穏やかに微笑む彼女と話せば話すほど、この方によく似た雰囲気の人を知っているな……と思い始めた。
コロコロとよく笑い、どこか浮世離れしていて、いろんな話題が軽やかに飛び交う空気感……そう、Marmaladeさんである。
帰宅後すぐさまMarmaladeさんに「Marmaladeさんに雰囲気が似た人と仲よくなったんですよー!」とLINEをした。
「うふふ、きっとその人はマドレーヌさんかも」
なんてかわいいお返事をくださるんだ、Marmaladeさん。
Marmaladeさんがそう言うなら、彼女はきっとマドレーヌさん。
マドレーヌさんと私は、翌日から隣に座って講義を聞き、授業後にカフェで試験勉強をしたり、休憩時間におやつを分け合ったり、資格取得の進行度合いを確かめ合ったり、今まで行ったベスト温泉を披露し合ったり、これまでに受けたレポートや試験の難問・奇問の情報交換をしたりした。
以前私がnoteに書いた「〇〇〇〇概論」には、彼女も苦戦を強いられたのだそう。
「あの教科書はもう、読んでるだけで頭がぐるぐるしてきて、何度も教科書を開いたまま寝てしまったわ……」
「わかるわかる!あの本書いた先生、絶対書きたいことだけ書いて仕事終えた気になってますよね!最悪!」
「それから!“自分の意見を述べなさい”って書いてあるレポートで、講評で“もっと教科書の内容に沿って書きなさい”って書かれたことない?」
「ああ、あるある!〇〇サービス論もそんな感じでした!逆に“教科書をまとめなさい”って書いてある課題に“もっと私見が厚ければよかったのに”って書かれたこともありますし!」
「あったー!わかるー!ひどいよねー!!」
等々、愚痴をこぼし合い結束を強める。
そういう話は大学時代に資格を取った友だちや、司書として働いているnoterさんにもときどき聞いてもらっていたのだけれど。
勉強現役真っ盛りな友だちができると、さらに悪口に花が咲くんだわ私ったら。
青春みたい、あー楽しい!
そうして三日間、9時から17時半までみっちりと「情報資源組織演習」を受けたあと、翌月にまた三日間同じ時間帯でマドレーヌさんと「情報サービス演習」を受けた。
情報サービス演習の最終日、なんとかテストを終えて一息つく。
普段それほど使っていない頭をいきなり雑巾でも絞る要領で一気に絞りきったせいで、集めた消しかすをゴミ箱に捨てに行こうと立ち上がったのにうっかりそのままトイレに行ってしまう。
消しかすを持ったまま個室に入って、ふと我に返って、なぜお前がここにいる……?と消しかすに問いかけそうになった。おそらく消しかすも、なぜ私を連れてきた?と思っていたことだろう。
ともあれ試験に失敗していない限り、対面授業はこれで終わり。
これからはマドレーヌさんも私も、お互い教科書と向き合う孤独な日々に戻っていく。
鈴を振ったら仲間ができるなんて、なんだかファンタジーみたいで楽しかったな。
一山越えた充実感に身を浸しながら、そんなことをふわふわと考えていると「そういえば、選択科目は何を取ったの?」とマドレーヌさんが尋ねてきた。
「図書・図書館史」と「~特論」です。「~特論」は教科書が薄かったから、これから手を付けるところで……。
そう答えると彼女は「えっ!!」と目を剥いた。
「あの特論って、6回落ちてもレポートが受からないって、掲示板でぼろくそ書かれている科目よね?」
えっ、そうなの?
ふわついていた頭に、冷や水を食らったようだった。
「帰ったらビール飲んじゃうぞ~!」なんて浮かれたアイデアは消し飛び、私は家に帰るなりパソコンで通信大学の掲示板を開いて「~特論」を検索した。
「~特論」は、とにかく評判が悪かった。
以前文句を書いた「〇〇〇〇概論」の比ではない。
「〇〇〇〇概論」への私の不満は、「教科書の文章がくっっっそわかりにくいうえに、重要な用語をろくに定義しないまま話を進めること」だった。
あぁいるいるこういう上司、と頷きながら教科書を漂っている定義風の文章の欠片を集めて、いい感じにコーティングしたら合格をもらった。
対する「~特論」は、被害者の会によれば「レポートの設題に対して過不足なく答えを書いているつもりなのに、設題には書いていないデータが不足していると再提出を求められる」「レポートの返却までに一か月以上かかる」「ほかの科目は問題なくパスできるレベルの人たちでも、5~6回再提出させられるのが当たり前」「~特論の単位が取れなかったために留年した人がいる」「選択科目なので、最終手段としては別の科目を買ってその単位を取るべし」。
あ、悪名が高すぎる……!!!どんだけ理不尽なんだ!!!
しかもそれ、こっちの知恵や工夫でどうにかできる問題じゃないんですけど!
誰か、早急にエクスカリバーの抜き方教えて!
ここにきて、最強最悪のラスボスの登場。
もう、本当にやめてほしい。
でも、倒すしかない。
仲間ができて敵を倒して、ついにラスボスとの最終決戦。
ますますファンタジーめいてきた展開に、慄きつつもちょっと胸を躍らせている。
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最後に自慢。とき子さんの最初のご本『なけなしのたね』刊行のお手伝いをしたときに、完成したご本と鈴やチョコをお送りいただいたのです。ふふふ。