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光が闇を晒す時に人は 2



涙を流して、吐瀉物にまみれて声が枯れるまで叫んだ。

あの絶望はもう過ぎ去ったんだ。

そしたら、
絶望が無くなったら、
もう、私を縛り付けて留まらせる感情が無くなった。

毎日がただ受動的に過ぎていった。






「ねぇ、ゆうきさぁ」 

「りょう君のこと好きでしょ?」

学校からの帰り道
いつも通る橋の上で、陶子が急に言った。



その前の1学期終わりの夏休み初日に、陶子から亮太が好きだと相談された。

誰が誰と付き合ってるとか、5年生ってそんな話がクラスのあちこちで聞こえ始める年頃だった。
と言っても、所詮小学生、一緒に登下校するのがステータスが高いというか、カースト上位というか…とにかく自慢だった。

「りょう君って、好きな人いるのかな?」

「さぁ…いないんじゃない?だってさ、あいつサッカーばっかりやってるし。」
私は素っ気なく答える。

「そっか…。あのさ、私りょう君いいなーと思ってて。」

ドキッとした。
陶子が亮太を好きだなんて。

私だって好きだった。
なんなら多分、陶子より先に。


クラスに、お小遣いの入った財布を持ってきている子がいて、
ある日、体育が終わった後にその財布が無くなっていると騒ぎになった。
財布は学校に持ってきてはいけない決まりがあり、
その子は先生には言いたくない。と泣いて、休み時間にみんなで探した。

それでも何処にも無かった。

放課後、宿題のプリントを忘れて教室に戻ったら、
亮太が吉田君と話している声がした。
声のトーンから真面目な話だと察した。
私は廊下に隠れ、ドアの隙間から教室を覗き込んだ。

「ごめんだけど、おれさ
おまえがふみの財布とってるとこ、見たわ。」

亮太が机に腰掛けながら吉田君に話しかけている。
吉田君は下を向いたままじっとしていた。

「ふみんち、俺の家の近くだから一緒に行こうぜ。で、おまえはちゃんと謝れよ。」

亮太は、誰が犯人か知っていたんだ。
でもその場では言わなかった。
それを言ったら吉田くんが皆にどう思われるか。でも、ダメなものはダメだ。と、

その一件で、私は亮太が好きになった。
好きになるキッカケなんて単純だった。

なのに陶子まで。ライバルになるの?
どっちかが亮太と付き合ったら、どっちかが振られるって事でしょ。
だったら…


「え?好きじゃないよ」
私は陶子の目を見ずに言った。


ガタンガタン………ガタンガタン………

橋の下を山手線が通る。
私の声が良く聞き取れなかったのか、陶子はもう一度
「ゆうき、りょう君のこと好きでしょ?」
と、聞いてきた。

「なに?どうしたの? 好きじゃないって。」
本当の気持ちを知られたくなかったから今度は愛想笑いで答えた。


その時、下を走っていた電車は偶然にもIKEAの新店舗オープン記念の黄色い線にロゴの入ったラッピング車両だった。それは私たちの中でラッキーイエローと呼ばれ、見ることが出来たら幸せになれるレア車両。

「あ!ラッキーイエローだよ!」
私は思わず叫んだ。


「ごまかしてる。」

陶子はラッキーイエローを見ようともせず、私をキッと睨んだ。

私たちはその後、一言も喋らずに家まで帰った。





 


「適応障害だってさ。まあ、ようは鬱だよな。なんかたくさん薬もらってきたし。だるぅ〜。」


拓斗が鬱病と診断された。

色々と病名はあるみたいだけど、私は知識がないから、そう呼ぶ。

彼が、内部のシステム開発から企業向けの開発担当になったのは2年前。
先輩から引き継いだ大事な取引先だったし、初めて一人で任された案件だった。
ただ、取引先担当者との折り合いが悪く、
確認事項の期日を守らない、資料に目を通さない、無茶苦茶な納期設定、叱責、高圧的な態度、
カスハラってやつだったらしい。
拓斗は最初こそ、「あのハゲじじい」「油メガネ」「前世ぜってぇ蝿レベルだわ」とか散々罵詈雑言の嵐だったけれど、半年を過ぎるとそんな事も言わなくなり、食欲が無いと言って休みの日はスマホでゲームばかりやっているか、配信を見ているか、部屋に籠もって徹夜でネットを見たりする日が続いた。

1年前位からは、どうしても起きれなくなる日が出てきて平均して週に1回会社を欠勤するようになった。

アドバイスを受けた先輩から紹介された心療内科から帰ってきた拓斗が、薬の入った袋を乱暴に放り投げた。

数字の入った銀色の小袋と丸とカプセルの薬が机に散らばる。

そういう病気の人に、頑張れ。って言っちゃいけない。って何かで読んだ事がある。

「診断書があれば、会社休めたりするんじゃない?」

私は、薬を袋に戻しながら銀の小袋に書いてある難しい漢字の名前と番号、薬のシートに印字してある名前を覚えた。
後で検索する為に。

「…だね。」

拓斗はそう言い残して隣の部屋に消えていった。

私はその夜から、鬱病、適応障害についてネットで検索し始めた。
かなりの期間そうしていた。

私は私で必死だった。彼を助けたかった。救いたかった。

それで、受け売りの知識で拓斗に“ああした方がいい。誰々はこうしている。“とアドバイスした。
そんな時、彼は決まって「うん」「うん」と頷くだけだった。

私の声が届いていないようでもどかしかった。
それはきっと、私が拓斗にかけた言葉たちが行く宛もなく虚空を彷徨って力尽き、その亡骸たちが私たちの間に積み上がり、高い壁を作っていたせいだろう。
だとしたら、拓斗の声も私には聞こえていなかったのかもしれない。

「もういいよ。有希が言ってる事。それができたらやってるよ。」
「押し付けないで。疲れるわ」

拓斗はそう言って会話を終わらせては、また部屋に入っていく。

健常者が、そうでない者に対して見せる善意は
憐憫とか優越を含んでいると責められたりもした。

それでも私は、何か答えを見つけたくてネットを見てはスクショを繰り返し、メンタルヘルスの本を読み漁ったり、お祓いとかパワーストーン、前世やらカルマやらのジャンルまで調べ出していた。

何かをしていないと無責任な気がして。
没頭する事により自分を落ち着かせようとしていた。


それから程なくして、拓斗は仕事を辞めた。
2週間、朝から夕方まで寝ているような日が続いた。
私は日中は仕事をして居ないから、拓斗とは完全にすれ違いの日々だった。
特にそれについて咎めることはなかった。
なぜなら、そういった病気の人には休養が必要だとネットに書いてあったからだ。

私は何かしら期日決めるべきだと常々思っていた。
それが1週間だろうが1ヶ月だろうが3ヶ月だろうが1年だろうが、物事は結果的にそうなったのではなく、ここまでにそうしよう。と定めるのが最善だと思っていたから。
そうしないと果てしなく終わりがなく、このまま暗く深い穴の中に2人して落ちて行ってしまうような気がして怖かった。
だから勝手にカウントをしていた。
来週末で拓斗が仕事を辞めてから1ヶ月が経つ。
そこをリミットに次のステップに進みたいと考えていた。

ストレスを受ける因子が無くなってから1ヶ月。
充分休養できたはずだ。



日曜日。
リビングで掃除機をかけていると珍しく拓斗が起きてきた。

「おはよう」

「ん。」
顔色が良い。

「昨日有希とLINEしてた時さ、”先輩に連絡してみたら“って言ってだたろ。あの後ちょうど先輩から“仕事紹介する”って連絡きたんだよ。まぁさ、在宅でちょっとやってみるわ」

久しぶりに拓斗が話している。
なんだか急な展開だったけど、そういうポジティブな前進が見られたことがすごく嬉しかった。

でも、それで却って
私の考えている事や、やっている事が正しいのだ。
このプランで、このスケジュールで良いのだ。と証明されたようで私は余計に拓斗を管理するようになってしまったのかもしれない。
ネットや本で得た知識で頭でっかちになって、素人なのにカウンセラーみたいな立ち位置の自分に優越感を感じていたのかもしれない。
拓斗に、
「健常者が、そうでない者に対して見せる善意は憐憫とか優越を含んでいる」
そう言われた言葉が頭をよぎった。

私は、何故この時立ち止まれなかったのか、ただ心を寄せることが出来なかったのか。
慢心だった。完全に。

 
その後、
拓斗は自分の体調と相談しながらしばらくマイペースに仕事をやっていたようだ。
小さい仕事らしいけれどクライアントとの直接やり取りが無い分、心理的にはかなり楽なのだろう。
部屋に籠りがちなのは変わらずでも、会話の量は昔に戻りつつあった。
このまま行けば半年は様子見で大丈夫かもしれない。薬の量も減らしてもらって。

小さな浮き沈みはあったにせよ、2か月は特に大きなトラブルも無く、拓斗は在宅の仕事をこなして、私も前ほど情報ばかり追うことも無くなった。

穏やかに日々が過ぎていると思っていた。



私達は9月の連休に彼の実家がある和歌山に旅行に行く計画を立てた。
そして、飛行機代、宿泊費、全てを二人の共同口座から払おうと一応残高を確認した所、

事前に計算していた残高より少なかった。
100万円近くも。


「え?」
私は何かの手違いかと、焦って入出金明細を確認した。
原因は、生活費用に2人でそれぞれ毎月8万円ずつ振り込むと決めていた分の拓斗からの直近3ヶ月分の入金が無かった事。
あとはカードの請求が50万円近く。

3ヶ月分の生活費の入金がないのは、在宅になって収入が減って不安定になったのを考えたら仕方ない事かもしれないけど、それでも一言、言って欲しかった。
カードの請求に関しては、拓斗が在宅ワークするに際して新しいパソコンでも買ったのかな?…いやいや、さすがに相談もなく買うことはないだろう。と思っていたところ、
ちょうど拓斗が帰ってきた。
手にはコンビニの袋が2つ。


「あのさ、生活費って最近入れてもらってないよね」
拓斗は背中を向けて冷蔵庫にコーラを並べている。
 
「今やってる仕事が終わってお客さんから入金あったらで良いから、まとめて入れといてね。」

返事はない。

コーラの次には、10本位あるモンスターエナジーを取り出して無言で並べている。

「あとさ、カード50万近く請求あったんだけど、パソコンとか買ったの?」

また返事はない。

さすがにイラッとして、
「使ったんなら使ったで教えてね。仕事関係に使ったとかさ。
でも、収入が半分以下に減ってるんだから、ちょっとは考えて欲し…」

言い終わるか終わらないかに被せて、


「俺がいなきゃ良いんだろぉぉおぁぁ!!!」


大絶叫だった。


「ーはいはい!
スパチャとゲーム課金ですよ。それでいいですかぁぁ!?」



頭が真っ白になった。
拓斗が何に対して、ここまで急にブチ切れたのか理解できなかったし、スパチャ?ゲーム課金??部屋に籠もって仕事してたんじゃなかったの?
遊んでたの??

返す言葉が出ない。

拓斗は、よたよたとシンクの方に向かった。
嫌な予感がした。


暗闇に鈍く光る鋭い鉛色。




次に私が顔を上げた時に見たものは、
朱殷しゅあんの海に、壊れた人形のように座り込む拓斗の姿だった。









拓斗は自分で自分を傷つけた。
その後から徹底的に私を避けた。
そして、一度も顔を合わすことなく一人で和歌山に帰ってしまった。
私は直接は何も言われてないけれど、新幹線のチケットサイトから新大阪行きの片道切符購入のお知らせが来ていたし、新大阪から和歌山まで確かJRの特急で1時間ほどだったからきっと実家に帰ったんだろうと思っていた。

何か言うべきなのか、何も言わないべきなのか。
もう分からない。

この前、陶子に
私が拓斗を助けてあげたかったり、救ってあげたかったりすることは多分正しいけど、私の正義とか善意が拓斗にとって違ったらどうする?
って言われた。
拓斗が私を避けているなら連絡しないことが彼の為なんだろう。
私は私の正義とか善意を、頼まれてもいないのに
彼に押し付けてたの?





3日後の、夜中の3時に拓斗からLINEが来た。

私は当然寝ていて、
朝起きると同時にそれに気づくことになる。

もし、タイムリーにLINE を見てしまっていたら心が保てていたかどうか分からない。


そこには、
お金を振り込んだ事。

“いままでありがとう”

そして


“やっぱくるしい    無理”


それ以来、
LINEが既読になる事は無かったし、電話も繋がらなかった。

それっきり。
だった。



私は和歌山に向かった。

それだって、拓斗のご家族から私に直接連絡が来たわけじゃない。
あの日、拓斗から地元の幼馴染へLINEがあったそうだ。その彼が言うには、後から振り返るとそのLINEは、拓斗が明け方に病院に運び込まれていた時間帯に送信されてきたもので、ようは予約送信をしたのだろう。と。
自分はもう居ないから、お葬式の日時と場所が決まったら、私にも連絡するようにと書かれていたらしい。

拓斗はどんなつもりでその文章を打ったのか。

最期に託された幼馴染の辛さと、託されなかった私の辛さ。どちらがどれだけ辛いのか。
私には分からない。



彼のお母さんは憔悴しきっていて、話が出来る状態では無かった。
お母さんには初めてお会いしたので、自分は大学からの同級生で拓斗と付き合っていて、一緒に住んでいた旨を伝えた。
お母さんは一瞬ビックリしたように私を見つめ、
バタバタしているからお葬式の後にゆっくり話しましょう。と言った。
でも実際には、斎場に着いた途端に過呼吸を起こし自宅まで戻ってきた後に寝込んでしまったらしい。

私は居た堪れなくなり、自分の携帯番号とメールアドレスを書いた紙を彼のお父さんに渡そうと、受付の方に拓斗のお父さんはどなたか聞いた。
すると、
「お父様は居られません。お母様だけです。」
と、言われた。

お父さんは早くに亡くなっていたそうだ。
私はそんな事も知らなかった。
大学から付き合って6年。思い返すと、彼が自分から家族の事を語ったのを聞いたことが無かった。
私も聞かなかった。
聞いてはいけないんだろう。とかではなく、意識が欠如していた。
無関心だった。
私は彼の何を見て来たんだろう。
彼が多くを語らない事に胡座あぐらをかいていたのは、私だ。


東京に戻って来て2日後、
彼のお母さんから、拓斗の荷物を実家宛に送って欲しいとのメールをもらった。丁寧過ぎるその文章が却って感情を押し殺しているようで、他人であることの距離を再確認した。
多分、もう二度と連絡が来る事は無いだろうと感じた。

心の中では
拓斗がああなったのは自分のせいだと、なんでもっと早く気づいてあげられなかったんだと、責めたりしながら
それからも、朝が来れば起きて、お腹が空かなくても味がしなくても1日2回は食事をしてシャワーを浴びて、夜になったら寝た。

そうしている自分を俯瞰的に見ながら、なんて滑稽で汚らしくて卑しいんだろうとも思った。
普通に生活してんじゃん。
5kgくらい痩せたところでさ。



もつ鍋を食べようって、陶子からLINEがあった。
先月、表参道のGYREで待ち合わせてお茶をした時に、拓斗がおカネを使い込んだ挙句、自分の太ももを刺した話をしたからきっと心配して連絡してきたのだろう。

陶子にはその後に起こったことを伝えてない。
私はまだ到底返事などできる精神状態ではなかった。





朝が来ると
私という容器に鉛の玉がまた1つ貯まる。
貯金箱に毎日500円玉を1枚づつ貯めていくように。

重苦しい鉛の玉が私を満たしつつある。
体が重く起き上がれない。
何をするにも今までの倍以上時間がかかる。

平日は5時に起きて、ベットから出るのが6時。
顔を洗って、リビングに行って、Spotifyをつける。それで、もう6時半。7時半まで白湯を飲んだりバナナ食べたりヨーグルト食べたり。
終わったらメイクして8時半には家を出て会社に行く。

仕事中は不思議とあまり不調を感じない。
こんなところも何だか自分が仮病を使ってるみたいで嫌だった。本当に悩んでいるなら、電車に乗って会社に行ったり会議に出たり、ましてや同僚とランチに行ったりできるものなのかと。

でも、鉛の玉は確実に毎日毎日少しずつ私の体に溜まっていった。
きっとそれが、喉元まで来たら私は、

私は多分、

無理 だ。






上大崎新橋。
目黒駅の近くにある陸橋。

下には山手線、埼京線、湘南新宿ラインが通ってる。

学校帰りによく陶子と2人でこの橋の上から電車を見てた。
葉っぱを落として線路の間に入った方が勝ち。なんて遊びもしたし、電車が通り過ぎるタイミングに合わせてその風に煽られるフリをしてスカートの裾を翻させながら、くるくる回って遊んだりもした。

あの時の自由。

あの時の強さ。

全てに庇護を受けながら
何も知らなかった頃の。

「懐かしい」

シニカルに言ったつもりが、
隣で同じように線路を覗き込む陶子は嬉しそうに
「何年前よ?うちらも老けたよね〜」
とか言っている。
でも陶子のこういう所、意外と好きだったりするな。
私の機微までは気づかない所。

このフェンスから下を覗き込んで遊んだ時も、いつも怖がってばかりいたから陶子に揶揄われてたっけ。

でも、今は怖くない。

もし、まだ私に絶望が残っていたなら
かえって私は躊躇してしまうのだろう。

全てから解放されたい。
楽になりたい。
それだけ。
そんな考えが、隙をついて膨れ上がっては萎み、また膨らむ。


「私は自分の意思で自分の最期を決められる。」
これが私の最後の尊厳で、絶望の中にある希望の光だった。
罪悪感の毎日の中、私はそれだけを支えにしていた。



何も知らなかった私に戻りたい。

暗闇の中、一筋の希望の光が近づいて来る。
あの時みたいに、くるくると無邪気にスカートを揺らしながら時を巻き戻せたら。と、
光に包まれ恍惚に似た感覚の中、私は1箇所だけ開いた人1人が通れるフェンスの隙間に手を掛けたようとした。



その時。

右腕を強く引っ張られた。

振り返ると、陶子が私の腕を掴んでいた。


陶子の目は分かっていた。全てを。
あの時、この橋の上で幼い私が誤魔化したあの夏の日と同じ目で、私をキッと睨んでいる。

陶子は、
陶子の正義は
奇跡的なタイミングで、私に最後の言い訳をする為の余白を与えてくれた。



「なに?どうしたの?  痛いよ」

そう言って誤魔化せる余白を。

この瞬間、
私はこれでもう一生
生きていけると確信した。

だって、
死を前にして言い訳をする程この世に、生に執着していたんだから。


彼が居なくなってからずっと何かに断罪されていた。そして今やっと何かに赦された気がした。

私を裁いたのは、正義と善意だったし、
私を救ったのもまた、正義と善意だったんだ。



もう絞っても出ないだろうと思っていた涙が頬を伝った。


同時に、私の中の幾粒の鉛の玉達が堰を切ったように流れ出し、橋上から線路に向かって雨のように落ちた。
それは目黒通りまで染み出し、溢れ、向こう側まで広がり、
全て落ちた。

全て1粒残らずに。

そして、空っぽになった。





それでも私は立っている。
意外にも崩れ落ちずに。




電車のヘッドライトが眩しい。

光に晒されているこんな私の闇を見て、笑いたい奴は笑えばいい。
死に損ないだと蔑みたかったら蔑め。

私は、強くなったんじゃない。
生まれ変わった訳でもない。
空っぽだし、まだまだ弱い。
これから先だってきっと弱い。




でも、それも 全て私だ。




光が闇を晒す時に人は


ー完




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