「環境」「チーム」考察編⑤
「環境」は、メンバーに「月15万円の自己投資」をさせることが目的なのですが、「起業のための自己投資」であると刷り込むために、先の4つの記事で言及したような仕組みを作り上げています。ここでは、なぜ「起業のために師匠のお店で毎月15万円支払わないといけない」という(謎の)理論をメンバーが信じてしまうのか、という点について考察します。
勧誘の段階では、まず所属している会社への不満を巧妙に汲み取り、社会・人生に対する不安にすり替えます。自己顕示欲や承認欲求は誰もが持っているものですから、「会社の愚痴を聞いてくれる」段階では、「環境」やマルチの勧誘を受けたことがない限り、相手を警戒することは難しいでしょう。その上で、「これからは終身雇用も年金制度もどうなるか分からないから、会社に勤めているだけでは安心できないよね」「同じ会社にいて、5年後、10年後にどうなっているか分からないよね(もしくは、その会社の5年上の先輩や10年上の先輩のようにはなりたくないよね)」という話をします。
その上で、『キャッシュフロー・クワドラント』を勧めます。この本には、「世の中には時間でお金を稼ぐ方法と資産でお金を稼ぐ方法がある。時間は有限だが、資産を使えば複数の資産が同時に稼いでくれるので時間で稼ぐよりも豊かになれる。※ただし、お金を稼げるレベルの資産を購入するには莫大な初期投資が必要なので、通常は借金が必要になり、それを賃料収入や売上で回収できる不動産オーナーやフランチャイジーから始めるのが良い」ということが書いてあるのですが、著者自身に「金持ちは貧乏よりも良いものだ」というバイアスがかかっていること(※実際、作中で「貧乏父さん」と紹介される筆者の父は優秀な公務員であり、決して貧乏ではありません)、喩え話や自分語りがしばしば挟まれることから、難解な書物だと思います。この本を勧める理由は、「会社員のままでは豊かになれない、起業して豊かになろう」と、一般的な価値観とは異なる価値観を提示するためです。
ただ、ほとんどの人が自分の収入の範囲で夢に折り合いをつけていると思います。旅行が趣味であればボーナスを待つ、最新のPCを買うために貯金するなどです。その場合「今より豊かになる」必要がないので、わざわざリスクをとって起業する必要がありません(ここでは、終身雇用制度の崩壊云々については議論しません)。そこで「夢リスト」を作成させ、いくつも夢を挙げることを求めます。加えて期限を設定させ、遅くとも10年以内に全ての夢を達成するよう求めます。少々古いですが、例えばマイホームとマイカーを持つだけでも、10年では到底到達できません。その上「マイホームもせっかくなら高層タワーマンションに住みたいよね!」「マイカーもどうせならベンツがいいよね!」(全てAに言われたことです)などと言われて夢にかかる金額を引き上げると、会社員の生涯年収で達成することすら難しい額になります。こうして「会社員のままではいけない」と思わせるのです。
しかし「起業する」といっても、どうすれば良いのか分かりません。法人登記などの手続きや、いざ立ち上げた後の売上のつくり方など、会社員でいる限りはあまり考えなくて良い問題に直面し、しり込みしてしまいます。そこで登場するのが「師匠」です。師匠は必ずタワーマンションに住み、法人を経営しています。このような「成功モデル」を見せることでまず安心させると同時に、「師匠に弟子入りすることで、起業のノウハウを学ぶことができる」と伝えます。ここまで、勧誘の流れに乗っている人は、「とりあえずお金がほしいので起業したいと言っているが、実際のところ起業にあたって何が必要なのかは考えていない、というか考えるのが大変そう」と思っているので、「師匠に弟子入りして一から学べるのであれば楽だな」と考えます。
こうして弟子入りを考え始めると、突如として「弟子入りの条件は転居や土日の拘束だ、条件を満たせないなら弟子入りは認められない」と突き放すような態度を取ります。高収入という夢、それが実現するかもしれないルートを見せられた上で、その扉が閉じようとするのですから、こう言われると焦りが生まれます。また、ここまでの流れは比較的「誘導されている」という感覚が強いのですが、条件を満たそうと考えているうちに「自分で弟子入りしたいと考えた」とあたかも自分の決断であるかのように錯覚します。こうして弟子入りを決めた頃には、「自分で選んだ道だ(だから、結果がどうあれそれは自分の責任なんだ」と考えるようになり、その思い込みは「基礎トレ」の「メンタル編」で「自分が源」という価値観を刷り込むことにより強化されます。
いよいよ弟子入りしたら、3か月かけて「環境」の価値観に洗脳していくための手を打っていきます。まずは転居と土日の拘束により、親や以前からの友達との交流の時間を奪います。「親や友達はどうせ反対するが、起業のための努力をしていない人の意見など、参考にするものではない」という理屈です。また、深夜のつるみやミーティング、土日含めたハードワーク、そして収支を整えるためと称した極端な節約生活の強要によって、睡眠時間と栄養を削り、思考力を奪います。残業禁止、出張や転勤の拒否によって、会社でのパフォーマンスを下げ、会社からの信頼も奪います。このようにして、「環境」のメンバー以外とは交流しない、できない状態を作り上げます。
セミナーでは「会社員でいてはいけない、とにかく系列を増やすことが第一」と繰り返し刷り込みます。内容が同じ、かつ連日のハードワークで疲れているので、眠くなることもあるのですが、「将来的には自分がセミナー講師として話す内容だからよく学ばなければならないのに、当事者意識が足りない」と糾弾されます。また、毎月初めに「今月は何人パートナーを作る=弟子入りさせる」と目標を設定させられるのですが、これも甘い目標を設定すると「師匠の基準に満たない」としてストレッチした目標に書き換えさせられ、月末に達成できないと「やる気が足りない」と叱責されます。糾弾や叱責を通して、「自分はダメだ、変わらなければならない」と思い込まされるのです。
こうして「環境」の価値観に染まっていくと、「自己投資」の内容を違和感なく受け入れてしまいます。もはや事業の立ち上げ方を考える思考力と余裕は残っていないので、「起業するために必要」という師匠の言葉を信じてしまいますし、ネットワークビジネスを参考にしているであろう紹介や会員といったシステムでは、「環境」が掲げる「みんなが豊かになる」ことはできないのではないか、という疑問も浮かびません。仮に浮かんだとしても、もはや相談できる相手は「環境」の中にしかいないので、恩返し、仕入の勉強だなんだと丸め込まれてしまいます。
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