映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』乗り越えられない時は逃げてもいい
心を閉ざしてひっそりと生きる男性。マンチェスター・バイ・ザ・シーの美しい景観を舞台に人間模様を描いた作品です。
マンチェスター・バイ・ザ・シーとはアメリカ・マサチューセッツ州の海岸部に実在する小さな町の名
監督・脚本ケネス・ロナーガン、第89回アカデミー賞主演男優賞(ケイシー・アフレック)、脚本賞受賞。2016年製作。アメリカ映画。
場所はボストン。アパートの修理屋リー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は人との交流を避けるように生きています。ある日、兄ジョー(カイル・チャンドラー)の訃報を受けたリーは、故郷であるマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ります。心臓病を患っていた兄ジョーの遺言書には、ジョーの16歳の息子パトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人にリーが指定されていました。後見人について兄から何も聞かされていなかったリーは戸惑いながらも兄の気持ちに応えようとしますが...
この映画はセリフで説明することに頼らず、登場人物の行動や表情でその時々の気持ちを表現しています。過剰な説明はありませんが、ストーリーの山場もとても解かりやすく表現され、主人公の心に寄り添いやすい作品です。
まず、冒頭のボストンのシーンからリーの人を遮断したような暗い雰囲気が気になります。仕事でアパートの住民たちと会話を交わしても、暗く失礼な応対です。バーで女性と出会っても全く感心がない様子。「ああ、この人は他人に何も求めてないな」と感じられます。
過去のエピソードでは、妻と幼い二人の子供がいて、地元の仲間と飲んで遊んで仕事して、何気ない日常風景のなかで笑顔のリーが登場します。明るく充実した生活だったと想像されます。
過去と現在ではまるで別人のよう。
一方、父親を亡くしたパトリック。父親ジョーの死はショックですが、毎日二人のガールフレンドとの交際も続け、バンドの練習も続けています。平気そうな顔をしているのですが、父親が生きていた時と同じ生活をすることで心のバランスを取っているかのようでした。
パトリックはルーカス・ヘッジズが演じています。この作品で第89回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされました。受賞したのは「ムーンライト」のマハーシャラ・アリでしたが。
パトリックと父の弟であるリーの関係は悪くありません。パトリックが幼い頃から一緒に船で釣りをしたり、たくさんの良い思い出があります。パトリックの母親はアルコールが原因で家を出ているので、後見人にはリーが適任だと思われます。色々な費用も兄ジョーが遺言によって遺してくれているのです。
リーとパトリックは、かなり本音で話せる関係です。親子でもないし兄弟でもない関係。互いに愛情のある関係です。
パトリックは高校生活も順調で、海も船もあるマンチェスター・バイ・サ・シーで今後も暮らしたい。リーは故郷から離れたい。ボストンで生活したい。二人の希望は一致しません。
***
作品の中半、リーが現在の様に生きるようになった悲惨な原因が描かれます。
自身の過失。
絶望と後悔。
リーは自分を銃で撃とうとしますが止められます。
その後、彼は妻とも別れ、故郷を離れ、人に心を閉ざして、ただただ生きているだけの生活を送ります。
***
今回の帰郷で元妻ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)と道でばったり出会うシーンがあります。彼女はリーに、今までとても酷い事を言って悪かったこと、自分の心も壊れていたこと、を精一杯話します。
「死なないで」とも。
短いシーンですが、伝えたいことを伝えるってこんな感じだと思いました。道端でもどこでも、場所とか体裁とかかまってられない、どうしても伝えたい。すごく伝わりました。
本来ならリーは後見人として、まだ16歳のパトリックと共に故郷で生活をしなければなりません。でも、彼はパトリックと離れる道を選びます。
パトリックに「逃げるの」と尋ねられ
「乗り越えられない。つらすぎる」
と答えるリー。
パトリックを大切に思っていても、リーにとってこの町で生きることは乗り越えられない出来事と向き合う事。
リーとパトリックが仲良く船で釣りをするシーンで映画は終わります。
一緒には住めなかったけど、その選択で良かったと思いました。
乗り越えられないことからは
立ち向かわず
距離をおいて
自分を守る。
そんな選択があってもいい。
とても穏やかな海の景色の中で、気付かせてくれた作品です。
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