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地方で暮らす楽しさを、私は知らずに育った

仕事がないから「戻れない」し、心情的にも「戻りたくはない」

少し前に、人口の一極集中が続いており、特に地方から女性の流入が顕著であるというニュースが話題になっていた。

最近急に出てきた話ではなく、もうずっと前から言われていることである。

女性の大学進学率が向上しているが、女性がキャリアを積める仕事が地方にはないため、東京に留まることが大きな原因だという。私自身、大学進学で上京してそのまま東京で就職しているので、それはまあそうなんだろうなとは思う。

このニュースを見た地方出身の女性のポストが先日Xで拡散されていた。

既に非公開アカウントに変更されてしまってしまったので細部は異なるかもしれないが、ご自身の経験から、大学進学で東京や大都市圏に転出した女性が地元に戻らないのは当然だろう、という内容をポストされていた。
田舎の小中学校はヤンキーが幅をきかせており、成績の良い女子は奇異な存在として虐められる。中学卒業までそういう環境で生きてきて、高校でいわゆる進学校に進学してようやく、同じように大学進学を目指す同級生と楽しい学生生活を過ごすことはできた。だけど18年間田舎にいて最後の3年間しか楽しい時間がなかったのだから、地元に戻りたいなんて思うはずがないだろう。そういう内容だった。

ああーそうだよね……と深く頷いてしまった。私もだいたいそんな感じだったし、何ならほとんど同じ内容を、著書のあとがきに書いている。

ポスト主と同様に中学まで息苦しい思いをして過ごし、高校でようやく友達ができたあと大学進学で上京した。絶対に地元には帰りたくなかったから、就職氷河期で大変だったけれど何とかしがみついて東京で就職したのだ。

東京が好きで、好きなものはすべて東京にあると思っていた。だけど年齢を重ねるうちにひとり温泉旅とひとり登山が趣味になり、フラットな気持ちで生まれた街を歩いてみると、絶対に帰りたくない場所だった地元は、旅の目的地としては魅力にあふれる土地だった。この本にはそういうことを書いている。

ただ、世の中には私のように生まれた街に対して屈折した思いを抱いている人ばかりでなく、地元が大好きで地元で就職し、地元で結婚して家庭を持つことが1番の幸せと感じている人も大勢いると思う。本を出したとき「もしかしたらそういうタイプの人が読んだら嫌な気持ちになるかもしれない」と心配していたのだけれど、案外そういう批判はなくてホッとした。地元大好きなタイプの人はあまり1人で飲みにいったりひとり旅をしようとか考えなくて、そもそもこの本を手に取ることが少なかったのかもしれない。

実家が寺院なので、帰省すると檀家の方に
「こっちに戻ってこないのか」
と言われることがよくあった。
女の私が戻ったところで家を継ぐこともできないのに、なんでそんなことを言うのだろう。お坊さんになって住職を継いでくれる婿をもらえと?それとも息子を産んで跡取りにしろと?
地元を離れて20年以上経つのでさすがにあまり言われなくなったけれど、20代の頃は帰る度にそう言われたので正直げんなりしていた。

戻ってこないのか?と聞かれたとき、とりあえずいつも「こっちには私ができそうな仕事がないから戻れない」と答えていた。しかし、じゃあ仕事があったら戻るのか?
たとえば、コロナ禍真っ最中のときのようにフルリモートワークが可能な世の中になったら戻るか?と言われたら……いや、戻らないだろう。

「戻れない」のではなく「戻りたくない」のだ。

戻りたくない理由は中学までの学校生活での微妙な思い出や、田舎の閉塞的な人間関係が嫌、ということももちろんあるが、それに加えて「地元で暮らすとしたら何を楽しみに生きればいいかわからない」というような、漠然とした不安もあった。

20代のころ、とても不思議だったのだ。
東京でなんとか就職して生計を立てられるようになったのに、数年して
「東京にいても車も持てないし、いつも電車は混んでいて、時間に追われて生活しているのが嫌になった。地元のほうが楽しかった」
と言ってUターンする人が少なからずいることが。

地元で過ごした18年間が楽しいものではなかったと言っても、成人して車を運転できるようになったらまた別の楽しみもあるのかもしれない。だけどまったく想像できなかったのだ。車なんて別に持ちたくもないし、電車もバスもたくさん走っている東京が便利で1番いい!と思っていた。そして実際に運転免許すら取得しなかった。

たぶん私は車の運転には向いていないと思うし、歩くことが好きなので東京で生活するほうが合っているとは思う。
ただ最近、旅の最中にお会いした方と話す中で
「ああ、そういう体験を地元にいた高校卒業までにしていたら、地方で暮らすのも楽しいと思えたのかもしれない」
と思うことがあった。

秋田県湯沢市にある小安峡温泉を訪れたときのことだ。

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