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「わたし」をはじめます

noteを開くと、投稿コンテスト『私らしいはたらき方』を募集します。というお知らせが目にとまった。

『私らしいはたらき方』って一体何だろう?

このお題に答えることで、霧がかかった目の前が少し晴れそうな気がして挑戦してみようと思い一旦noteを閉じた。


私らしさって?
働くって?
なんで前の仕事を辞めたんだった?
辞めて何をしたかった?
今の自分の状況は?
どうなりたい?
どう生きたい?
そもそも自分ってどんな存在...?

なかなか答えを出すことが出来ずにnoteを開いては閉じてを繰り返し、とうとう締め切り日まできてしまった...

なぜならわたしは長い間「自分迷子」だったから...

小さい頃から知らず知らずのうちに、

「あなたはおとなしいね」
と言われるとおとなしい自分

「あなたは優しいよね」
と言われると優しい自分

そんな誰かの期待に応えることで、自分は必要とされている。と決めつけて生きてきた。

でも自分の中の固定概念を覆すことになった出来事が大きく2つある。

障がいの世界

その1つ目が、次男aoが発達障がいだったこと。

aoが診断を言い渡された日、わたしは全く違う世界にポンッと放り出されたような孤独感と、出口の見えないトンネルの入り口に立たされたような恐怖にも似た不安を感じていた。

この先、この子は、わたしたち家族は一体どうなるんだろう...

それくらい、「障がい」とは無縁の世界で生きてきたし、恥ずかしいくらい無知だった。

ある講演に行った時こんな話しを聞いた。
障害受容とは自分の価値観を変容すること

わたしたちは、小さい頃から集団行動を叩き込まれ、なるべく凹凸のないように、誰よりも出来ることが○で、誰かより劣っていることはガンバレガンバレと努力や我慢を教えられた。

何の疑いもなく育ってきたわたしは、周りの誰かと比べ、自分や他人に優劣をつけ、自分の中で✕な部分は「恥」とばかりに、なるべく見られないように、気付かれないようにと蓋をしながらやってきた。

そんなわたしが、「自分の子どもが障がいを持っている」という事実を受け入れるまでの葛藤は言うまでもないが、それより何より今までの自分の経験が全く通用しない毎日の育児の方が大変だった。

自分の持っている価値観や握りしめている固定概念を手放さなければ身が持たない...そんな危機感と隣り合わせの育児をしていたら、いつの間にか「これくらいじゃ死なないからまいっか!」と自分にも子どもにも寛大になっいて、いつの間にかガチガチの固定概念がユルユルのほどよく抜けた自分へと変容していた。

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浴槽を大きなお皿に見立てて並べられたお菓子。これを見た瞬間爆笑し、aoの自由過ぎる発想に心底感心している自分を客観的に見て「成長したなぁ」と思った。笑

障がいの世界に触れることで強制的にも自分を縛り付けていた価値観や固定概念がガラリと崩れ、自分自身がとても楽になれた。

マイナスなイメージが強いマイノリティの世界が今は社会を変えようとしているんじゃないかと少し感じている。

みんな違っていて当たり前!
多様性を認め受け入れよう!
凸凹はお互いに補い、助け合おう!

そんな誰にとっても優しい考え方は誰にとっても生きやすい社会を作ると信じている。

新しいわたし

そして、2つめは大好きだった父の死だ。

自分で会社を作り上げ35年間も守り抜き、社交的で誰からも愛される父だった。わたしにとっては、どんな時でも味方でいてくれて父の前では子どもに戻れた。

大切な人の死を目の当たりにすることで、生きることを強く考えさせられた。

長い間自分が何者なのか迷走してきたわたしが、自分と向き合い、自分の本当の姿を認め、赦し、受け入れ、自分の生き方を模索し始めた。

そうすることで、自分が本当は何をしたいのか、という答えが少しずつ見えてきて、仕事を辞める決心がついた。

前は「児童発達支援事業所」の指導員として働いていて、aoと同じように発達に凸凹がある子どもたちに関わる仕事だった。

短い期間だったけど、どんな子でも必ず成長し、一人ひとりにそのタイミングがあって、そして誰もがそのまんまで素晴らしい存在であることに改めて気付かされた。

この子たちが生きやすいように、療育を受け本人の力をつけていくことも大事だけど、この子たちをそのまんま受け入れてくれる人や場所があるということも大切なんじゃないかな...

その受け入れる側のママや家族はどうなんだろう

かつてのわたしみたいに、孤独や不安に押し潰されそうになっていないだろうか...

自分が壊れてしまうんじゃないかというギリギリの状態で、なんとか自分を保ちながら日々頑張り過ぎているママが多いんじゃないかな...

そんなママこそ、自分をありのまま受け入れてくれて、支え合える仲間がいて、自分自身に向き合える時間が必要なんじゃないか…

それは自分にとっても必要だった。
わたしはそんな自分やママたちの居場所を作りたい!と強く思い今の活動を始めた。

仕事を辞めることも、活動を始めることも全て自分の意思で決め、わたしは改めて『わたし』をはじめることにした。

活動自体はまだヨチヨチの歩きはじめでかなりの不安定さはあるものの、だからこそ色んな可能性を秘めているんじゃないかと少しワクワクしている。

このご時世だし、どう転んでもいいように柔軟に目の前に起こる出来事を受け入れよう!という覚悟もある。

まだまだ、「これがわたしの仕事です」とは言えなくても、今までの常識が変わってきている不安定な世の中で、自分の在り方(わたしらしさ)を築き、自分の為にも、子どもたちや周りに居てくれる仲間の為にも、まずは自分からはたらきかけていきたい。

だれもが自分らしく居られる場所。
一人ひとりが輝ける場所。
ありのまんまをお互いに認め合える場所。
何より自分自身が一番幸せで居れる場所。

みんなまーるく
共に過ごせる
共存社会を目指して
!!

#私らしいはたらき方


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