月野s

短い小説を書いています。 読んでくださると嬉しいです^ ^ 話をどうでもよくさせるのが得意。

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最近の記事

蛆と針

サツマイモでも咥えているのかと思った。  心許ないパソコンの長方形の画面の中、左側から生える男性器であろう物体を、髪の長い女が神妙な顔つきで舐め回している。暗くした部屋で、画面の明かりと女の「んっ、んっ」という声が非現実を謳っていた。  何だろうこれは、と思う。画面の中の話ではなくて、宏輝と並んでAVを見ているというこの状況のことだ。隣にいる宏輝の顔を盗み見る。口をだらしなく半開きにして、食い入るように画面を見つめている。  場面が変わった。今度は乱れたベッドの上で裸の女が股

    • 秋醒め

       起きていても、目醒める瞬間というものがある。  部屋の窓を開けたとき。その窓から流れこむ風が冷たく澄んでいたとき。息を吸い込んで、肺の奥が透明になったとき。  白く煙る部屋の中、わたしは二度目の目醒めを朝日に送る。  わたしの部屋は東向きなので、遠くの山なみから太陽が昇ってくるところがちょうど見える。山のてっぺんが赤い線で結ばれて、いくらもしないうちに階下の家々が輝きだす。  屋根の端や窓に光があたって無造作に散っていくのを、わたしはいつも瞬きを早めて眺めている。  光源を

      • あわいの宴

         花は白、小鳥は緑、夜は黒。 だんだん互いに色めき合って、遠くの眩しさに目を細める。 言葉はいつになく自由で、私を縛りつけるものなど何もない。 空は青、鼓動はオレンジ、道は金。 いいえ、これは何でもない。 詩でも歌でも音でもない。 本当のところというものは、私の裏側に隠れている。 いつだってそう、真実なんて隠されていなきゃ気づけない。 目の端に私から出たひとはじきの酔いが溜まって、疲れていることを自覚した。 論文を追う目が空滑りしているともう何時間も前から知っていたにもかかわ

        • 幸せを彩る人

          ここにこのまま雪が積もれば、私は無に帰ることができる。 すでに腐蝕が始まりつつある落ち葉の上に身を投げ出し、十一月の濁った空を眺めた。 死にたい、などと言う積極的な考えではなく、どちらかと言えば誰か消してくれないかな、さらって行ってくれないかなという他力本願な感情だった。 街が一望できる絶好の展望スポットであるこの場所は、頂上にたどり着くまでの道が整備されておらず急斜面が続く上に、自殺の名所と噂されていることもあり普段から人気がなかった。だから私は気分が重くなるとよくここへや

          ¥100

          微雨

          思い出の中の彼女の上空には、いつも薄い雨雲が広がっていた。 実際は、いつも、ということはない。晴れている日にも見かけたことが確かあるはずだ。それなのに、彼女の姿を思い起こすたび藍色と灰色を混ぜたような雲が、彼女の背景に滑り込んでくるのだった。 「雨子です」  と彼女は言った。名前の印象が強すぎて、周りの喧騒は瞬く間に耳から離れていった。 「珍しいお名前ですね」  綺麗とか素敵とか、もっと気の利いたことを言えばよかったのかもしれないが、奥手な僕は〝珍しい〟という表現に逃げた。

          大切な思いをやさしく千切る

          初めてこんなことを書きます。 昔が確実に色あせて、今がとてつもなく巨大になっていく。 尺取り虫の歩みさながら、未来もやがて蝕まれて、私は私の足元さえも責任という文字で埋め尽くしてゆく。 手を、手を差し伸べて、まだ暖かい秋が集う。 水やりを忘れた日のうな垂れた花たちを、そ れでもなお美しいと思ってしまうのはエゴで しょうか。 日々がのしかかって蒼く影を落とす。 大切な、大切な人たちを私は、心の中で嘲笑 うのです。 それなのに何故、思いが頬を伝うのでしょう か。 あの日千切って捨

          大切な思いをやさしく千切る

          アンビバレンス

          ただ、美しかった。  咲き乱れる桜の中に、違和感のかけらもなく浮かぶ黒は、きっと彼くらいだろう。物憂げな表情は、水彩の絵の具で色をつけたくなるような、儚さがあった。  記憶の中の彼は、何年経ってもその美しさが色褪せず、春が巡るたびに会いたいような、けれども今の姿の彼に会うのは少し怖いような、両極の思いにさせるのだった。  四月。僕の通うそこそこ名の知れた大学では、週明けの今日から授業が始まった。三年にもなると履修する科目が一気に少なくなる。僕も専門以外の選択科目はこの〝日本

          アンビバレンス

          弔い

          誰かが死んで、悲しくて泣き、そのうち涙が出なくなる。泣くことに飽きてしまったかのように感じられる、その瞬間がとても嫌いだ。永遠に涙を流し続けることなどできないとわかっていても、自分が酷く薄情な人間のようで眩暈がする。ならば一層のこと、泣けない方がいいとすら思う。重い思いをいつまで抱え続ければいいのだろう。その荷物を下ろして体が軽くなった瞬間、自己嫌悪に苛まれどこまでも堕ちてゆく。   カナリヤが死んだと聞いたのは、昨日の夜だった。カナリヤは、鳥ではない。加鳴谷という私の友達で