いくちゃん
最近よく、いくちゃんのことを考える。
小学校5、6年の2年間だけ、バレー部でいっしょだった、いくちゃん。
普段のいくちゃんはキャラの濃くない、どちらかといえば薄めの、やさしくておだやかで、いつもすみのほうでうふふ、と笑っているような女の子だった。
それなのに、私にはいまだ強烈に、いくちゃんの印象が残っている。
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いくちゃんの家は農家で、牛を飼っていた。お母さんもお父さんも、目がきらきらしていて、根っから、いい人そうな人たちだった。その目を受けついだいくちゃんの目も、きらきらしていた。
天使みたいにかわいい天然パーマを、いつもうしろで括っていて、直毛だったわたしは内心、少し憧れていた。
バレー部に、とても気の強い子がいた。その子は、ことあるごとに、ターゲットを決めて、いじめに近いことをした。逆らえば、自分がターゲットになると、みんながわかっていた。
そんなある日、いくちゃんが標的になった。
練習までの待ち時間。校庭で遊んでいたときだった。
私はなんとなく嫌な空気を感じとり、ちがう遊具のほうに行った。
いくちゃんは、ごく稀にかんしゃくを起こす。それを知った気の強い子が、いくちゃんをわざと怒らせようとして、ほかの子と、まわりを取り囲んだようだった。
校庭にしゃがみこんだいくちゃんは、泣いていた。その周りを、5、6人がぐるぐると回っていた。
「いくちゃんの髪、くるくっるー」
「いくちゃんは、すぐなっくー」
はっきりとは覚えていない。ただ、ふざけた歌をうたいながら、いくちゃんのまわりをぐるぐる回った。
いくちゃんは膝に顔を伏せ、しばらく、しくしく泣いていた。
あんなこと、すべきじゃない。
わかっている。それなのに、何も言えなかった。
いくちゃんが泣いてる。
許せなかったし、悔しかった。それなのに、何も言えなかった。
なんとかしなくちゃ。
そう思ったとき、いくちゃんが突然、立ち上がった。
ふわふわの髪をふり乱して、思いきり大声で叫んだ。
「やめろ」だったかもしれないし、言葉にならない声だったかもしれない。
とにかく、いくちゃんは、とても怒っていた。
そして、ぐるぐるの輪をぶち切って、練習を待たずに、家に帰っていった。
○
性懲りもなく、小説を書いている。いくちゃんとはまったく関係がない。なのに、なぜか、いくちゃんのことを思い出す。
あの時、何も言えなかった自分が情けなかった。
それはもちろんあるけれど、何より、思いきり叫んだいくちゃんが、家にさっそうと帰っていったいくちゃんが、とてもかっこよかった。
ちなみに、あのあとは何ごともなかったかのように、まわりもいくちゃんも、元の関係に戻った(もちろん表面上はだけれども)。
でも、私はどうしても、あの光景が忘れられない。
思い出すと、今でも胸がつまってしまう。
それと同時に、いくちゃんは元気だろうか、と思う。
連絡先も、今いる場所も知らないけれど。
いくちゃんが元気であればいいなと願う。
いくちゃんならきっと大丈夫だとも思う。
小説を書いていると、小さな記憶がふと浮き上がってくる時がある。
それは偶然でもあり、必然でもあるような気がしている。