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#短歌
空
人の手が
届かぬ故に
偶然と
空を見上げて
西陽を見送る
人の手で創造された景色は整然としている。
そこに何があるのか一目で分かり、再現性がある。
外れ値が少ないからこそ期待を上回ることが少ない。撮るのは簡単だけれど、写真が何を記録したものなのか思い返せないならば、僕の写真は変わらない。
明滅
滑らかに
闇を横切る
明滅に
誘われ惑い
くらむ足元
闇の中では蛍の発光が眩しく感じる。
その光を追いかけていると自分が闇にいることを忘れてしまう。
靴に水が染み込んだ時、ようやく我に帰り、深く目を閉じる。
虫に刺された手の甲が痒くなり始めた。
寄り道
天迫る
のどかな牧場
干し草の
香り漂う
寄り道日和
直線的で効率的な移動が魅力的だと思わない。
拾い物を集めたい僕にとって、急くことで受ける損失は大きい。ゆえに急峻な坂を蛇行することへ要する時間を惜しまない。
安価で住むなら、それ以上の贅沢はない。
源流
日常を
潤す源流
知らずして
垂れる文句に
溢れる欲望
自分が住む街を流れる川や浄水場で精製された飲み水を遡ったことはあるか。
冷たい澄んだ水の美しさと魚止めを越えるたびに干上がっていく河川との対比を見れば、誰もが水の希少性に唾を引くだろう。
退屈な日常を過ごすことは水の恩恵に対して無作法であることと構造が似ている。
バイク
陽が差して
やっと目覚める
商店街
静寂破る
バイクが駆ける
暑い地域は夜が長く、朝が緩やかに訪れる。
日本は時間に厳しいが、一部地域には同様の慣習がみられる。
これを怠惰と貶すことはできない。
気候の違いが習慣の違いとして顕在化しているだけだからだ。
それらを感知することが旅の醍醐味でもある。
夜市
灯る火と
暑さを忘れて
楽しげな
夜市に伸びる
影の足取り
台湾の夜は深くまで賑やかだ。
あちこちの夜市は飲食の屋台のみならず、若者どころか子供達の遊び場としても機能している。
この活気は幼い頃、友達と行った夏祭りや花火大会を連想させる。
それが日常の一部であることを羨ましく思うのは、かつての風景が戻らないことを知っているからだ。
ダイヤ
刻々と
移ろうダイヤ
この世界
沈む夕陽と
煌めく街並み
いつもは単調に毎日をこなしていて、面白みのない繰り返しに飽き飽きしていた。
いざこの国の境に立ってみると、延々と続く航空機の発着に動き続ける世界を感じた。
太陽を快く見送り、気持ちよく夜明けを迎えるために、より高い所へ行きたい。
波
波と風
湿った空気に
混ざる砂
ベタつく肌が
塩味を帯びる
この世の物質は全て波を帯びているらしい。
感覚では全く解らないが、海も空気も砂浜も、そして目に飛び込む光も等しく波であるというのは壮大な自然と未知の中で粋がる人間の矮小さを示している。
些細な砂つぶにすら気を立て、敵わず背を向ける僕らは弱い存在だ。
雨
降り頻る
雨に構わず
袖濡らし
うねる水面に
逆らい歩く
僕が支配可能な領域は小さくて狭い。ときどきそんな事実を突きつけられ、目を覆ってしまう。でも、強く有りたいという願望は不変だ。悔しかろうが、恥ずかしかろうが、波立つ自分の感情を置き去りにするつもりで歩まなくては異なる景色を観られない。
すれ違い
すれ違い
振り向き捉えた
日常の
再現できぬ
美を独り占め
僕はGR2というカメラを自在に使いこなしたと自負していた。それを右手に握っていた時期は人よりも写真を撮り狂い、多くの偶然を切り取った。僕の中で一番記憶に残るこの写真も、他人から見れば質の悪い蝶の写真なのかもしれない。易々と見逃す景色ならば、その美しさについて他人からの同意を得られると勝手に期待していた。