
短歌二十首: 君さりぬ川辺寒さにつるひとり
序
きみが帰ってきたから、夕残りに虚無の酒を買って一席を設ける。感染症の蔓延する世界では、昔よく行ったワインバーもフレンチも閉ざされている。ぼくが他の友を呼ぼうとすると、きみはさりげなくそれを受け流した
晴れ澄みて張れば散らない櫨の枝に霧したたりぬ虚酒夕席に
赤寂かカーテン上がり向こう辺のルッコラパセリ摘む白いゆび
或る夜はガラステラスに地は透けて飼い百舌鳥の声夜街に似たり
つみふえる多言語混じるかみの群れ一切れごとに食えDeepL
ひやり壁響く読むこえ地下へ追い煙草火匂うその低いくち
破
海近い最上階、夜温い水で顔を洗い髪に櫛を通していると、自由な君から山に釣りに出ようと誘いが。準備ができていないと言うと、道具は全部貸すよと電話口で笑う。中央フリーウェイを下り上野原へ、ぼくの911は山にまるで合わないねときみが笑う。何故かきみが風邪を引いた。
西雨に渓はいのちに笑い濡れ暁ばかりうきあしだつ日
粧うの椎樫桂泳ぐ蛇君踏む水面のほのつめたさに
崩れ山きぼうはためくパテシィエはきりあけ重機でチョコ直す朝
渓の水ふくろの山女はひとときのさばかれるまでしとり赤づき
鉄櫓墨田千代田に麻布台武蔵も見えど山色焦がれ
夜忘れ映写も忘れ場所忘れ人蹤《じんしょう》滅すδの夜半
たかとおに桃紫映せよ盾鏡鬼追う子供ら黄昏の鷹
急
きみの風邪が治るまでにしばらくかかった。病み上がりの君の長く色素の薄い髪が翳りの中でぼくを誘った。また行くんだ。入れる国を探している。荷物はとうに詰めてしまったなんて。
たまごおり潮と胡椒に北想いふたりたをやめブリザード描く
酒器かわきタルトタタンに自然派のコーヒー薫るあの街角の
美や未来栄光うたうゴシックよひとりにおいてひとりしずかに
みずにみえ手にひややかにシダウッド影にもたれる君のトランク
枯れほこり枯れ葉ささめき鳥は絶え深山は更けて打つハザードを
つぶやきてぎんがみあるね星炙りまきがみ弾く君の注射器
撮しとれ魂グラム誓ひてし射てど飛んでも射てよ射ってよ
しろみなも瞼凍えど雪香るノーウェアにいてぼくは飛べない