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記事一覧

【短編小説】 『足下の上』③

【短編小説】 『足下の上』③

僕には名前がなかった。

本屋に住んで2ヶ月が経って、おじいさんに聞かれて初めて気づいた。
今まで気に留めたことがなかったのだ。
今になって思うと、そこまで聞かなかったおじいさんも不思議だ。
ないと聞いて目を丸くしていた。

名前など、必要なかったのだ。
願いを込めて僕を見る人などいなかったから。
祈りを込めて僕を呼ぶ人などいなかったから。

「私がつけよう」
おじいさんはそう言った。
「うん、、

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【短編小説】 『足下の上』②

【短編小説】 『足下の上』②

本屋に住み始めて1ヶ月が経った。

本屋は商店街の中にあって、2階がおじいさんの家だった。
おじいさんに子どもはおらず、奥さんとは死に別れていた。

布団で寝て、何もしなくても3食が出てきて、そしてまた寝る。
そんな生活は、現実味がなかった。
ただ座っていることには慣れていた。
そのほかに何をすればいいかはわからなかった。
だから店に出ているおじいさんの横にずっといた。

服と髪が綺麗になって、街

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【短編小説】 『足下の上』①

【短編小説】 『足下の上』①

親に捨てられて、物心ついた時から路上にいた。
物を乞い生きてきた。
それ以外に生き方を知らなかった。

手は汚れ、人には蔑まれた。

汚れたものに、人は近づかない。
近づこうとしないということが見下しているということだと、人は気づかない。
しかし見上げている側ははっきりと感じる。
その人たちは、向ける目が死んでいるか、嘲笑っているか、そもそも目を背けるかだ。

「恥ずかしい奴め」
そう吐き捨てて、

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【短編小説】 『叫び』

【短編小説】 『叫び』

男は少し微笑んで、少しも躊躇うことなく足を踏み出した。

2万人の大群衆の前、
巨大なスクリーンと楽器隊を背に、
一度限りのステージに立った。

沈黙が流れる。
男が何も言わないからだ。

右の奥の方で誰かが男の名を叫んだ。
やまびこのように、
ポツポツとその名がこだました。

そして男が喉を震わせるより前に、
会場は大きな騒ぎになった。

その叫びが頂点に達したところで、
男は大きく息を吸った。

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【短編小説】 『恥』 最終話

【短編小説】 『恥』 最終話

旅の終わりは突然だった。

アメリカに来て、一年が経とうとしていた。
お父さんが急に、
「日本に帰ることになってもいいか?」
と言った。

初めから一年間の会社のプログラムだったらしい。
でも僕のために、僕が元気になるんだったらそのままアメリカに残ることも考えていたという。
そうか、僕のために、、、。僕のために今まで考えてくれていたんだ。

日本に帰ることは怖かった。
元の小学校も怖いが、あの目に

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【短編】 群衆の前で

わかる。わかっている。わたしはここで死ぬのだろう。

あの人のように、ボロボロになったあの人のように、わたしも石で打たれ、ボロボロになって死ぬのだ。
そしてあの人のように、いま、この杯が取り去られぬことを確信しつつ、祈っているのだ。

わかる、わかっている。心よ、静まれ。心臓よ、静かにしろ。

お前のそばには力がある。お前のそばには主がいるではないか。
あの不思議な出来事を見ただろう。あれこそ神の

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【短編】 嘆願

わかってる。わかってますよ。
もういないんでしょう。
あなたはもう、わたしのそばにはいない。
頭に油を注がれたあの日から、ずうっと一緒にいてくれたのに。
あんなに頼もしかったあなたが、あなたと一緒ならどんな敵も怖くないと思っていたのに、
今はあなたが怖い。

だから言ったじゃないですか。
こんな小さな者を、一番小さな民族の、ただ背格好の良い若造を、王なんかにしたてあげて、
あげく私は偽物だって?

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【短編小説】 『恥』⑤

【短編小説】 『恥』⑤

「もったいない」という言葉に、僕はずっと苦しめられていた。

家で膝を抱えてうずくまっている時、いたずらに流れる時間が僕を焦らせた。
この時間にみんなは、学校に行って勉強をしている。どんどん前に進んでいる。
今のこの時間はなんて「無駄」なんだろう。

しかし無駄だ、無駄だと思えば思うほど、外は遠ざかっていった。

無駄がないことに美しさを感じる。
洗練された形を美しく思う。

しかしアメリカの、ゴ

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【短編小説】 『恥』④

【短編小説】 『恥』④

3ヶ月も経てば、英語も話せるようになるかと思っていたけど、そんなにうまくはいかなかった。

しかし、徐々に徐々に、何を言っているかが掴めるようにはなった。
陶芸で、初めは歪だった物の、その輪郭が徐々にくっきりしていくような、そんな感覚。

それは単語がわかってきたからだけじゃない。
なんというか、テンポとかメロディとかに耳が馴染んできた、そんな感じだ。

英語を日本語に直すのが上手くなったわけじゃ

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【短編小説】 『恥』③

【短編小説】 『恥』③

サンノゼの街には、変な人がいっぱいいた。

腰を振りながら近づいてくる白い髭の黒人のじいさん、
どうみてもパジャマで歩いている若い金髪のお姉さん、
どうみても踊っているドレッド頭のお兄ちゃん、自動で進むスケボーみたいなハイテクな乗り物に乗っている僕ぐらいの少女、
どう考えても裸より恥ずかしいタンクトップを着ているノッポ、

でも間違いなく、日本で見た誰よりも、彼らは楽しそうだった。
恥ずかしさなん

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【短編小説】 『恥』②

【短編小説】 『恥』②

言葉の通じない学校生活は惨めなものだった。

愛想笑いをするしかない自分が情けなかった。
わからないならわからないと言えばいいのに、ついわかるふりをしてしまう。
そんな嘘をつき続けてしまう。

それでも僕が学校に行き続けたのは、部屋から出られない日々に、もう戻りたくなかったからだろう。
目に見えない恥よりも、はっきりとした恥を選んだのだ。

そして何より、僕より「はみだし」ているやつが何人かいたの

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【短編小説】 『恥』 ①

【短編小説】 『恥』 ①

恥の多い人生だったみたいだ。

僕は普通だと思っていたけど、貧乏ゆすりは恥ずかしいことらしい。
僕は普通だと思っていたけど、授業中に小声で歌ってるのは恥ずかしいことらしい。
僕は普通だと思っていたけど、話を聞いている最中に絵が描きたくなるのは、恥ずかしいことらしい。

恥ずかしいということは、かわいそうなことらしい。
みんなに上手に合わせられないことって、合わせたいって思えないことって、残念なこと

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『Eden』(短編小説)

エデンには文明があった。

支配の代わりに和が、格差の代わりに友情が、暴力の代わりに平和があった。

そこは豊かな土地で、何をしなくても実がなった。
耕せば作物は増えていき、種は死んでは大いに増えた。

文明は「楽しむ」ということに特化した。
自然と遊ぶということを人は求めた。
この世界をより味わうには、この素晴らしさをより喜ぶには、この美しさをより深めるには、
そのようにして発達していった。

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【番外編②】魔法使いの弟子「サーミ」

【番外編②】魔法使いの弟子「サーミ」

「ゴールデンカムイじゃん、、、」
フィンランド人日本アニメオタクのサムが興奮した様子で呟いた。

ダイナマイトなタクさんが紹介してくれたのが彼、サーミ族出身の青年だ。
Rovaniemiで就職して、タクさんの教会のメンバーなのだ。
僕らが次にサーミのところに行きたいと言ったら紹介してくれたのだ。

彼は大の日本オタクで、アニメを見て日本語を話せるようになったらしい。
「まっちゃん、ほんま面白いよね

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