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《いざ、ゲームへ――》『100億円求人』ためし読み

この夏よむなら、この本で決まり!
一冊で最高におもしろい《バトル×アクション×だましあい》――角川つばさBOOKS『100億円求人』
つばさ文庫よりひとまわり大きい「単行本」サイズで発売しているこの本は、夏休みをめいっぱい使っていどむ、とんでもない《ゲーム》の物語

この一冊で最高にワクワクできるから、「夏休みになにか読みたいな~」「ちょっと背のびした本も読んでみたい」つばさ文庫読者のみなさんにオススメ!

作者は「トップ・シークレット」シリーズでおなじみ、あんのまるさんです。

★作品紹介はコチラから♪


さあ、ゲームをはじめる準備はできた?


2.ぼくの夜の旅路

  7月31日 午後11:00
 真夏の夜。
 ぼくはいまから、求人情報に書かれた集合場所に向かう。
 重たいエナメルバッグを肩にかけて、2階の自分の部屋を出れば。
 1階のテレビから、ニュースキャスターの声が聞こえてくる。
 ― つづいてのニュースです。本郷グループが8月30日に、【トコヨノクニ】というカジノシティをオープンすることを公表しました。ここは日本海に位置しており ―
 リビングのソファには、眠ってる父さんがいて、その周りには空っぽの缶ビールが落ちてる。
 ため息がでた。
 これは、ぼくがこの14年間で気づいたことなんだけど。
 人って、変わる。
 もしかしたら、もともとの性格を隠しきれなくなっただけかもしれないけど。
 どっちにしろ、ぼくからしたら変わったように見えるんだ。
 昔、「あいさつをするんだぞ」って言ってた父さんは、ぼくに「おはよう」も「いってらっしゃい」も言わなくなった。
「努力するんだぞ」とも言ってた父さんは、毎日、缶ビールを床に転がして、ソファで寝てる。
 だからぼくは、変わってしまったことを元に戻そうとしてる。
 家のあちこちに、昔とそっくりの家具を置いたり。
 数年前に妹が走ってぶつけた傷とかを再現したりして。
 昔住んでた家と同じにするために、ぼくが全部、元に戻してるんだ。
 出ていった母さんと妹が、いつ帰ってきてもいいように。
 何度も捨てられる家族写真を、ゴミ箱から拾ったりしながら。
「いってきます」
 返事がこないのは、わかってる。
 でも、これは毎回言うようにしてるんだ。
 いつか返事がくるかもしれないから。

 午前0時。
 名古屋駅のうす暗いバスターミナルには、ぼく1人しかいなくて。
 ふいに聞こえたエンジン音とともに現れたのは。
 闇にまぎれそうな黒いバスだった。
 明らかに、全てが怪しかった。
 カーテンが閉められたバスには、テレビで見た軍用車両と同じ素材が使われていて。
 ドアから現れた男の、黒いスーツのジャケットには、銃のふくらみがある。
 心臓が、ドクドクと波打つ。
 この求人を出した人物について、ある程度の確信はあったけど。
 ぼくの想定している人と、行き先とが100%合っているかは、わからなかった。
 もし、本当にヤバい仕事で、臓器とかとられたらどうしよう。
 不安と緊張、期待と興奮が、ぼくの手にじわりと汗をにじませる。
「これ、チラシを見ました」
 チラシを見せても、男の反応はうすい。
 ぼくは少しだけ考えて、えりを下げて首輪を見せた。
「乗れ」
 即答だった。
 ぐっと熱くなる体温に。
「あははっ やっぱり合ってた!」
 ぼくは久しぶりに、自分の心が動くのを感じた。
 運転手と、黒いスーツの男とぼくだけが乗ったバスは、完璧なセキュリティ対策がされていた。
 こんなバスで迎えられるなんて、VIP扱いをうけてる気分だ。
「目的地まで、これをつけてもらう」
 男に渡されたのは、黒い布の目隠し。
 VIPじゃない。ぼくは極悪犯みたいに扱われてる気がする。
「まあでも、楽しみだなぁ」
 暗くなった視界に、そのまま目を閉じて。
 これから仕事に参加するメンバーを思いながら、ぼくは眠りについた。

3.求職者のかんたんな紹介


【求職希望 1人目】
 氏名:高橋 勇誠
 住所:愛知県名古屋市 所属:愛知県立●△●中学校2年生


 高橋勇誠は、勇気があり誠実で、努力をおしまない好青年だ。
 って、ぼくはよく言ってもらってた気がする。
 これから仕事をはじめる前に、ぼくの夏休みの1日目に起きたことを、きみに話したい。

「メェーンッ」
「勝負あり! 高橋!」
 ぼくは竹刀をおさめて、深く礼をした。
「ありがとうございました!」
 剣道の練習試合を終えて面をとれば、先輩や同期に、よくやったって背中をたたかれる。
 相手は、強豪校の主将。強い相手に勝てた。
 でも――ぼくの心は動かない。
 感情が、固まった心に入らないまま、すべり落ちていくみたいに。
「あー……高橋、あのOBになんか言われても、あんま気にすんなよ」
 そうぼそっと耳打ちした先輩たちと向かうのは。
 中学校の剣道場の渡り廊下にいる、OBのおじさんのもと。
 このOBは、夏休みの間だけ、顧問の先生に代わってぼくらを指導する。
 ぼくはこの人のことが苦手だし、相手もぼくのことを気に入ってないと思う。
「高橋くん。きみは器用だから今回はたまたま勝てたけどね、もっと努力しないとだめだよ」
 にたっとした笑いをふくんで、肩をたたかれた。
 その手の重みにも言葉にも、笑顔は崩さないで、ぼくはうなずいた。
「はい!」
「きみ、いつも返事はいいけどね。本当にわかってる? いまのままじゃ、きみのお父さんみたいになるから――」
「御指導ありがとうございます」
 会話を終わらせるために言葉を重ねて、笑みを深めた。
 このOBは、いつも主将だった父さんの話をする。
「きみのお父さんはすごかったよ。あいさつと努力ができる人だった。昔は尊敬してたんだよ」
 大丈夫、この話はもう何回も聞いてる。いつものことだから、大丈夫、聞き流せる。
 にたっと笑ったOBは、いまの変わっちゃった父さんの話もする。
「でも、人は、変わるからね。きみは、気を抜いたらだめだよ。お父さんみたいに、落ちこぼれるからね。人は、どう頑張ったって、過去には戻れないんだから」
 ああ、今日だけは、聞きたくなかった。
 ぼくは自分の性格をよく理解してる。
 このまま、この話を聞いてたら、だめだ。
「すみません、失礼します」
「まだ話は終わってないよ」
 OBに背を向けて、ぼくは竹刀と面を持った。
「高橋くん、きみは、自分のことから逃げちゃいけないよ」
 あ、だめだ。
 もう、むりだった。
 ぼくは振り返りざま、右足を大きく踏み込んで――
 竹刀を振り下ろした。
 スパァーンッ
 OBの真横を通りすぎた竹刀は、床との衝撃で大きな音をたてた。
「失礼します」
 荷物と竹刀を持ったまま、ぼくは剣道場をあとにした。
 先輩や同期の声にも、ぼくは振り返らない。
 肩にかかったバッグが、非難するみたいに、何度もぼくの背中にぶつかる。
 少しのことだったら、心は動かないのに。
 いつもだったら、きっと我慢できたのに。
 夏休みの1日目。5年前、父さんが変わったときと同じ日だったから。
 ぼくは我慢できなくて、ふつうに振る舞えなかった。
 セミの声が響く帰り道。
 首輪の銀プレートに彫られた文字に、ため息をつく。
【NO ESCAPE】(逃げられない)
 ざらざらで動かない心を、じわじわと殺してくる日常から。
 ぼくはうまく逃げられない。 

 その日、ぼくは【100億円求人】を見つけた。


【求職希望 2人目】
 氏名:心念 あざみ
 住所:福岡県福岡市 所属:福岡県立△●◇中学校2年生


 心念あざみは、周りが見れて、協調性のある、器用な少年だ。
 そんなあざみは、愛されることが得意だった。
 そして、家族の話をすることが、苦手だった。 

 明日からはじまる夏休みに、教室は浮ついている。
 カレーの香りのする教室で、給食の準備中、あざみはいつもどおりに振る舞っていた。
 ひと好きのする笑顔を絶やさず。
 男子からはノリが良く、女子からは話しやすいと親近感をもたれる、そんな人間を演じていた。
 … 大丈夫。またいつもどおり、友だちの家に数日ずつ泊まらせてもらって。それから、知り合いのところで住み込みの手伝いをして。それから …
 そんなあざみの頭の中では、夏休みの計画が何度もくり返されていた。
 そうでもしないと、あざみの心と身体はどこかでまちがいを犯してしまいそうだったから。
 … 絶対に、あいつらに会わないようにしないと。1年ぶりに会ったら何されるかわかんない …
 あざみを追いつめているのは、夏休みの間、全寮制の高校から帰ってくる兄たちだった。
「あーざみん! デザート多めにして」
「しししっ しょうがないなぁ」
 特別だかんね、と笑って、あざみは少しだけ多めにフルーツポンチをよそう。
 どうにか、その手がふるえているのがバレないように。
「なあなあ、夏休みどこ遊びに行く? とりあえず海とプールだろ? お前らいつ暇よ?」
「俺、夏期講習が終われば暇! あざみはいつ空いとる?」
 あざみは、いつもみたいにクラスメイトと机を合わせて、1学期最後の給食を食べはじめる。
 … 金はまだあるし、大丈夫。定期的に場所を変えれば、あいつらに見つかることもない …
「そーいや、あざみは兄ちゃんが3人帰ってくるんだっけ? あざみの家ってまじ仲良さそうだよな」
「えー、ああ、ううん。ふつーだよ」
 話半分で聞いていたあざみは、ぎこちなく笑って返す。
「あははー、ふつーってなんだよ。兄ちゃんと映画観に行ったりしねーの?」
「しししっ 行かない行かない。それよりさ――」
 あざみが話を変えようとしても。
「でもさ、なんかおごってくれたり、遊んでくれたりするだろ?」
 クラスメイトは、しつこかった。
 兄という言葉に、忘れたい記憶が、あざみの脳をじわじわと支配していく。
 … 冬休みは逃げきれたから大丈夫、今回もできる。絶対、殴られたり蹴られたりしない …
 いつも周りに気を配れて、どんなことも笑って流せるあざみは。
 いまだけは、いつもどおりでいられなかった。
「もういいよ、その話。おれ、夏休みは家に帰らないし」
 ぽろっと、言わなくてもいいことを口走ってしまって。あざみの鼓動が激しく打つ。
 口がひどくかわいて、あざみは牛乳パックをつかんだ。
「あはは、なにそれ、なんで? 兄ちゃんから逃げるん?」
 コンッとすねを蹴られた。痛くもない軽い衝撃だった。
 相手がテキトウに言ったって、冗談で蹴ったって、わかってる。頭では。
 でも――
 バシャッ 
 気づいたら、あざみは牛乳をクラスメイトの頭にかけていた。
 シーンと、音を忘れた教室で、あざみはむりやり笑った。
「ごめん、手がすべっちゃった」
 その首にかけられた首輪が、あざみの息をしづらくする。
 
 その日、あざみはあるツテから、ある求人情報を聞いた。


【求職希望 3人目】
 氏名:椋露路楓
 住所:京都府京都市 所属:私立○□中学校2年生


 椋露路楓は、きれい好きで、力が強くて、不器用な少年だ。
 そんな楓は、本日10回目の手洗いをしている。

 「また手ぇあらっとる」
 背後から、くすくすと笑われる楓。
 汚い。さかむけできとる。次は理科? 後ろのやつがうるさい。
 汚い。汚い。うるさい。
 楓は不器用だ。頭の中がいつも、まとまらない。
 だから、不快な気持ちや、憤りの感情を、うまく整理できないでいる。
「なあ椋露路、そんな手ぇ洗ってても、頭は良くならへんでー」
 楓は散らばる思考をどうにかしようとするだけで精一杯で。
 言い返すための言葉の選び方も、わからなかった。
 だから、楓は自分を笑う相手をずっと無視しつづけていた。
 けれど、周りはそれを、ゆるしてくれない。
 とくに最近は、男子からやっかみを受ける回数が増えている。
「男子やめーや、楓くん、なんもしてへんやん」
 女子たちがいつもたしなめることで解決する。
 でも、今日はちがった。
「なあ椋露路、これもむりなんか?」
 声の方向を振り返ったとき、目の前にあったのは、床掃除用の雑巾だった。
 汚い!
 思考がまとまらないから、言葉にする余裕もなく。
 怒り。拒絶。
 それだけが、身体の反応に出た。
 バンッ 軽く振り払ったつもりが、不器用な楓の力は、ふつうの中学生男子と比べて強く。
 相手は、盛大な音をたてて、掃除用具入れをへこますほど勢いよく倒れた。
「いったあ! 殴ることないやん!」
「ちが……わざとや、ない」
 楓自身もおどろきながら、首を横に振るけれど。
「椋露路、またか」
 かけつけた生活指導の先生の低い声に、肩を下げた。
「わたし、悪くないです」
 こぶしをにぎって、つぶやくように、ぼそっと言えば。
 深いため息が、頭上から聞こえた。
「明日から夏休みだからって、浮かれるんじゃない」
 倒れたクラスメイトと、楓にそう言って。
「もうその手を洗うのはやめて、生徒指導室に来なさい」
 先生は歩いていった。
 楓は、感情も、力も、うまくコントロールできない。
 その事実が、楓の胸をぐっと押しつぶす。
「おい、椋露路、逃げんなよ」
 殴った相手の言葉が、楓の背中につきささった。
 楓はくちびるをかみしめて。
 ウェットティッシュでふいた手に、黒い手袋をつけて。
 白いシャツの下にある首輪を、指先でなぞった。
 
 その日の帰り道。楓は、電信柱に貼られた求人情報を見つけた。


【求職希望 4人目】
 氏名:阿音モネ
 住所:北海道札幌市 所属:●△私立中学校2年生


  阿音モネは、パソコンが得意で、内気で、いつもひとりぼっちの少年だ。
 そんなモネの毎日は、苦痛の連続だった。 

 モネの1日は、地獄に行くような気分で学校に向かうところからはじまる。
 だれにあいさつをすることもなく教室に入り。
 背中を丸めて先生の話を聞いて。
「は、はい。え、えっと……」
 話すたびに、くすくす笑われる。だからよけいにうまく話せなくなる。
 休み時間は、電子辞書をいじったり、本を読んだり、トイレでこっそりスマートフォンをさわる。
 その間だけが、息をつけた。
 たまに、ひそひそと聞こえる悪口やくすくす笑いが、他人に向けたものなのか、自分に向けられたものなのか、わからないまま。
 勝手に傷つく。
「別に、1人なんてなれてるしさ、ぜんぜん気にならないし」
 その言葉は、もう何度言ったかわからない、モネのひとりごと。
「なあ聞いて! おれ、夏休み、家族で韓国に行くことになった!」
「へえいいじゃん、ちなみにうちは、ドバイ~」
 クラスメイトの聞きたくもない話が、モネの耳に入ってくる。
 モネにとって唯一の救いは、今日から夏休みがはじまって。
 明日から学校に行かなくていい、ということ。
 
 午前の終業式を終えて、だれにあいさつをすることもなく教室を出て。
 今日も、授業の回答でしか声をだしてないな、と思いながら帰り道を歩く。
「あ、新しい考察がのってる……ふへへ」
 信号待ちの間に、世界の陰謀がのったサイトを見て。
 独立国と巨大組織の間でくり広げられるスパイの暗躍や、世界一のAI開発者の失踪、月の希少資源である1グラム10億円のムーンジウムを巡る宇宙開発の競走など、どこか遠い世界で起こっていることが、もしかしたら、自分の生活に影響を与えているかもしれない、そんな刺激的な内容に。
 少しの間だけ、いやなことを忘れる。
「ど、どうせ家に帰っても、お父さんも、お母さんもいないよね……」
 朝、テーブルに置いてあった1000円札を思い出して。
 モネは、街のハンバーガーショップに向かった。
 観光客であふれる人通りの多い街を、モネは1人で歩く。
 そんなとき、街の向こう側に、クラスメイトを見つけた。
 気づかれたくない、と背中を丸める。
 でも、隠れはしない。
 モネは、頭の片すみでわかってる。
 どこかで、声をかけられることを期待している自分がいると。
 ドクドクドクと、身体がゆれてるんじゃないかと思うほど、心臓が鳴る。
 クラスメイトは、大きな口をあけてバカ笑いしながら。
 横を通り過ぎて行った。
 気づかれもしなかった。
 勝手に、期待して。
 勝手に、はずかしくなった。
 モネは、シャツの下の首枷をぎゅっとつかむ。
 どこでもいいから、ここから逃げたかった。 

 その日、モネはダークウェブで、求人情報を見つけた。

4.スパギャラ再び

  8月1日 午前9:00
「ついたぞ、起きろ」
 ぼくは目隠しを外しながら、バスを降りた。
 まぶしい陽に、ぐぅーっとのびをする。
「あははっ また来ちゃったな」
 ここは、伝説の武器商人と呼ばれる本郷武蔵の、別荘地だ。
「なつかしいなぁ」
 古レンガに囲まれた迷路みたいな道の先には、巨大な日本家屋がそびえたっている。
 その2階に案内されながら、ぼくは屋敷を観察した。
 監視用のカメラが無数に設置されているここは、4年前に忍び込んだときより、セキュリティが数倍強化されている。
「いまからボスが、リモコンでお前の首輪の爆破機能を、一時的に停止させる」
 黒いスーツの男がそう言ったとき。
 カチッ 首輪から、音がした。
 この男のボスが、遠隔で首輪の機能を変更したんだ。
 爆破機能を停止したということは、同じ首輪をしている人と100メートル以内に近づけるということ。
 それは、つまり、あの3人と会えるということ。
「楽しみだなぁ」
 この4年間。
 ぼくは毎朝、鏡で外せない首輪を見て、死んでるみたいに生きてた。
 でも、ぼくの心はいま、ちゃんと動いている。
「ここだ」
 男が開けた襖の先にいたのは――
「しししっ 9時14分。おれの勝ちだ」
 室内の時計と、ぼくを見比べて笑った赤髪の少年――心念 あざみ。
「チッ 負けた。なんでわかったんや?」
 テーブルに置いてある1000円札を、あざみに乱暴にスライドさせる、桜色の髪の少年――椋露路楓。
「イ、イカサマしたからに、決まってるさ」
 屋敷内のカメラの映像が映ったパソコンの画面を楓に向ける、青みがかった髪の少年――阿音モネ。
 そのモネに、500円玉をほうり投げるあざみ。
「うわ、あんたらグルやったんか! ふざけんな!」
 イスを倒した楓は、あざみにつめよった。
「おれとモネが先にこの部屋についてる時点で、組んでるって疑わないかなぁ? しかも、1番ノリ気だったのは楓じゃん」
 煽れるだけ煽ったあざみはべぇっと舌をだす。
「あっははは!」
 その3人を見て、ぼくは、破顔した。
 顔が破裂したわけじゃない、最高の笑顔になったって意味だ。
「3人とも4年ぶりだね」
「久しぶり。待ってたよ」
 楓に胸ぐらをつかまれたまま、あざみはニコッと笑ってくれた。
 笑顔なのは、ぼくに会えたから、というよりは賭けに勝ったからだろうな。
「ぼくが来る時間を賭けてたの?」
「う、うん。僕は不参加だったけどね」
 でも取り分はもらっていたモネは、素早くぼくのそばに来てくれる。
 これは、ぼくのことが大好きだからというよりは、楓とあざみのケンカに巻き込まれないように避難するためだ。
「高橋、つくんやったら9時ぴったりに来てほしかったわ」
 あざみから手を離した楓は、不満気に目を細める。
 あははって笑いながら、ぼくはバッグを床に置いて、室内をながめた。
 木製のテーブルに4脚のイス。壁際の棚には1000万円以上の高級な壺や置物が並んでる。
 いま見ただけでも、監視カメラを4つは見つけられた。
「『スーパーウルトラギャランティックソニックパーティー』のみんなで、また集まれて嬉しいよ」
「高橋、お願いやから、そのチーム名を呼ばんといて!」
 楓が、手で顔をおおう。
「略して『スパギャラ』だもんね。4年前、楓が知っている1番かっこいい言葉を選んで、頑張って考えた名前、おれは気に入ってるよ?」
 楓の肩にひじをおいて、その顔を面白がってのぞきこむあざみ。
「離れろ、アホ」
「いやだ」
 楓には潔癖なところがある。それをわかってるあざみは、本人の許容範囲を見極めて距離を守ってる。だから、楓もあざみを本気で嫌がらない。
「あざみはさ、楓をいじるのやめなよ」
 モネが、あきれ顔で言う。
 それでも絶対に、2人の間に入るようなことはしないのがモネだ。
『スーパーウルトラギャランティックソニックパーティー』のメンバーは4人。
 力が強い、腕力担当の、楓。
 手先と口先が器用な、計画立案担当の、あざみ。
 情報収集が得意な、ハッキング担当の、モネ。
 そして、そっくりな物を作るのが得意な、偽造師担当の、ぼく。
『スパギャラ』のメンバーを、ぼくは気に入ってる。
 3人に出会う前、ぼくは自分が世界で1番の変わり者だと思ってた。
 でも、この世にはまだまだ自分を超える、変わったやつらがいるって気づいたんだ。
 世界の広さを感じたとき、ちょっと悲しかったけど、その何倍も嬉しかった。
 ぼくは、“ちょっと変わってる”だけだって、わかったからね。
「みんなとまた会えるまで、4年もかかるとは想像してなかったなぁ」
 黒い首輪をなぞりながら、ぼくは3人をながめた。
「これをつけられてからずっと監視されてたから、あの人からいつかは接触があるとは予想してたけど」
「おれはわかってたよ。4年前からはじまってた “ある事業”がもうすぐスタートするからね」
 そう言ったあざみの手には、いつの間にか、楓の財布と、モネのパソコン用のUSBメモリがにぎられていた。その足元には、ぼくのエナメルバッグまである。
「まじか、わたしは一生会えへんと思っとった!」
 目を丸くする楓は、あざみを引きはがしながらも、モネとぼくとの間合いをしっかり把握してる。
「ぼ、僕も会えるとしても、ネット上だと思ってた」
 小刻みにうなずくモネのパソコンの画面には、あざみと楓、そして、ぼくのスマホの画面が映ってた。
 いつの間にか、ハッキングされてる。
 ぼくの口角は、自然に上がる。
 ほんと、この3人は、油断も隙もない。
 スパンッ
 突然、勢いよく襖が開いて。
「よお、クソガキども、久しぶりだな」
 鳳凰が刺繡された黒いスーツを身にまとった男が、部屋に入ってきた。

5.セカンドゲームの獲物

 ぼくにはいくつか特技がある。
 1つ目は、物の価値を見分けること。
 2つ目は、そっくりな物を作ること。
 3つ目は、人の年齢をあてること。ぼくらのもとにやってきたのは、35か、36歳の男性。
 その手にはスペードの印のついた黒い銃がにぎられてる。
「千手楼さん、こんにちは」
 ぼくは両手を上げながら、その名前を呼んだ。
「ぅげ」
 モネは思いっきり顔をしかめて、ぼくの後ろに隠れる。
 ここが、危険が迫ったときのモネの定位置だ。
 あざみも楓も表情を消して、両手を上げた。
 千手楼――伝説の武器商人である本郷武蔵の、一番の部下。
 そして、4年前に、ぼくらに首輪をはめた男だ。
 ぼくは、エナメルバッグに入れていたチラシを思い出す。
 千手楼こそ、今回の【100億円求人】の雇用主だ。
「あれ? あのいかつい本郷のおっさんは?」
 楓は両手を上げたまま、千手楼の後ろをきょろきょろと見る。
「本郷は死んだ」
「「え!」」
 楓と一緒に、ぼくは声を上げた。
 4年前に千手楼のとなりにいた、あのラスボスみたいな本郷武蔵が、死んだの?
 なにしても死ななそうな人だったのに。
 今回の求人に、本郷武蔵も関わってると思っていたぼくは、少しおどろいた。
「1年前くらいに、ちょっとヤバめの界隈で、けっこう話題になってたよ」
「う、うん、僕も知ってた」
 あざみとモネは平然としてる。2人の情報収集能力は、ぼくや楓とはレベルがちがう。
「本郷の死んだいま、この俺が、本郷グループの最高責任者だ」
 本郷グループは、世界一大きな武器の貿易会社だ。武器を生産している世界中の企業と、武器を欲しがっているお客さんを、つなぐ仕事をしているらしい。
 千手楼が、その本郷グループのトップだなんて大出世だ。
「本郷のことはいい」
 千手楼の表情は変わらない。異常なくらい。
「いまからお前らに、【100億円求人】の説明をはじめる」
 ぼくらは、互いに視線を交わした。
「これを見ろ」
 千手楼が、あごで示した先の壁から、大型のスクリーンが現れた。
「いまから話すことは、極秘情報だ」
 襖の向こうから、4人の黒スーツの男たちがやってきて、ぼくらを囲んだ。
 そのうちの1人は、バスでぼくを迎えにきた人だ。
「この情報を漏えいしたら、殺す。その覚悟で聞け」
 4人の男たちが、銃を構えた。
 ぼくらは大人しく、イスに座る。
 まさか、こんな危険な状況で説明を聞くことになるとは思ってなかった。
 厳重すぎる態勢に、これからはじまる仕事 が、本当にヤバいものなんだってわかった。
 口のはしが勝手に上がる。
 こんな状況なのに、ぼくはいま、すごくワクワクしてる。
 そういえば、最初にゲームをしたときも、こんな気持ちだった。
 スクリーンをながめながら、ぼくは4年前のことを思い出した。
 
   〇

 4年前の夏休み。
 ぼくら『スパギャラ』は、この本郷の別荘地へやってきて。
 ゲームをしたんだ。
 それは、世界一の武器商人、本郷武蔵の屋敷に隠された“宝”を盗むこと。
 ダークウェブでは、だれがそのゲームをやり遂げるか、という話題であふれていた。
 たくさんの事前準備をした小学4年生のぼくらは。
 屋敷に忍びこんだり、暴れまわったりして、見事に宝をゲットしたんだ。
 それが、ぼくらの最初(ファースト)ゲーム。
 でも、その後が問題だった。
 ぼくらは屋敷から出たあとに、ある2人組に宝を奪われたんだ。
 しかも、その後にぼくらは千手楼に捕まって。
 首輪をつけられて、バラバラに帰らされたんだ。
 それ以来、ぼくらは100メートル以上近づくことも、互いに連絡を取り合うこともできなくなった。
 つまり、ぼくらは、宝を盗むゲームには成功しかけたけれど。
 宝は知らない2人組に奪われて。
 最後は、失敗したんだ。

 そんな昔のことを思い出しながら。
 ぼくは、千手楼が説明をつづけるスクリーンを見上げた。
「今回、お前たちにはここに行ってもらう」
 そこは、ここから40キロメートル先の海に浮かぶ人工島。
 【トコヨノクニ】という海上のカジノシティだった。
「あ、これ、今度オープンするってニュースでやってたな」
 ぼくは、家の流しっぱなしだったテレビを思い出した。
「カジノシティ? 金を賭けたりする場所なんか?」
「こ、この島は、選ばれた人しか入れないんだ。表向きはただの会員制の高級カジノ。でも、その会員になれるのは、裏社会とつながりのある人だけ。つまり、悪の巣窟みたいな場所なんだ!」
 モネはこの数秒間で、【トコヨノクニ】の裏情報をつかんでいた。さすがだ。
 スクリーンには、カジノシティの全貌が映っている。
 丸い満月島と、その半分を囲むように位置する三日月型の三日月島が、3つの通路でつながっていた。
「子どもは入れないのが一般的だけどね」
 あざみはスクリーンに書かれた『未成年の立ち入り禁止』って赤文字を指さした。
「だまれ、クソガキども。話をつづけるぞ。この人工島は、本郷武蔵が主体となってつくりあげた」
「へぇ、あの本郷さんが?」
 ぼくは、4年前にこの屋敷に忍び込んだときに、本郷を見たことがある。
 60代とは思えないがっしりした体格をしてて、まったく隙がないのに、悪ガキが遊びを探してるような眼で豪快に笑ってたのが印象的だったんだ。
 ― 「本当の価値っていうのは、人がつまらんと思ったものにこそ、あったりするんだ」 ―
 ふいに、4年前の本郷の言葉が、頭に浮かんだ。
「ここで、約1ヶ月後の8月30日に、オープニングセレモニーが行われる」
 くわしい内容の書かれたスライドが、次々と流される。
「重要なのが、ここからだ。この【トコヨノクニ】には、2つの組織が関わっている」
 千手楼は、スライドをあごで指した。
 1つ目の組織は、『スペード印』。
 2つ目の組織は、バロイア国。
「へぇー?」
 楓は口を開けている。もう話についてこれていないみたいだ。
「楓、『スペード印』とバロイア国って知ってるか?」
 ぼくの質問に、楓は首をななめにしながら、うなずこうとして、やめた。
「知らへん」
「しょうがないなぁ、おれが教えてあげる。2つとも、武器をつくってるんだ」
 右手を上げたあざみの指には、スペードのAのトランプがはさまれてる。
「『スペード印』っていうのは、世界を支える四大グループ企業の1つで、世界で1番、多くの武器をつくってる。小型ナイフから、大型戦闘機まであらゆる武器をね。AIを使ったセキュリティシステムの開発も得意としてる。昔からあるから、世界中の軍事機関が、『スペード印』の武器を使ってるくらいだ」
「世界中……それは、すごいな」
 左手で、金色のコインをはじくあざみ。
「で、バロイア国っていうのは、最近、力をつけてきた自称独立国だ。こっちは、最先端技術を活用して、新素材を開発しながら特殊兵器をつくってるんだ。最近は、宇宙開発にも力を入れてるって聞いたよ」
 スライドには、金色で〈Baroia〉と書かれた、ロゴマークが映ってる。
「ほぼ同じことしてるんか。じゃあ、仲ええんか?」
「その逆。新参者のバロイア国が、『スペード印』のお客さんにも武器を売ったりするから、『スペード印』はムカついてるんだよね。つまり、商売敵だから、仲が超悪いってわけ」
「あ、それはあかんな」
 モネが、パソコンに映った円グラフを、ぼくたちに向けた。
「こ、これは世界の武器の輸出の割合だよ。規模的にはさ、『スペード印』が世界の70%の武器を生産してる。最強の存在なんだよ」
 モネは少し前のめりになって話す。
「そ、それでもここ数年で、バロイア国は20%ものシェアをのばしてるんだよ。これはすごいことなんだ」
「へぇ、武器の生産の割合なんて、気にしたこともなかったな」
「でも、何かきっかけがあれば、まだ規模の小さいバロイア国は、か、簡単に『スペード印』に潰されちゃうだろうね」
 モネがニヤニヤ笑って見上げたスクリーンには、こう書かれている。
『スペード印とバロイア国の同盟式典』
「そ、そんな2つの組織が、【トコヨノクニ】で同盟を結ぶなんてさ、すごい陰謀がありそうだよね! しかも、同盟の目的は、月に軍事施設をつくること! これから激化していく宇宙開発競争で1歩リードする一大計画だ! ふへへっ」
 そういえば、モネは陰謀論が好きだった。
「だまれ、ガキども。説明中だ」
 カチャッ 千手楼はイライラすると、すぐに銃口を向ける癖があるみたいだ。セーフティーレバーまで下ろしている。
 それにならって、周りの4人の男も同時に構えたから。
 ぼくたちは大人しく口を閉じて、スライドに向き直った。
「今回のオープニングセレモニーで、バロイア国と『スペード印』の同盟の式典と、それを記念した特別展示が行われる」
 千手楼がスライドを切りかえる。
「そこでバロイア国が展示するのが、『玉枝(じゅえ)』だ」
「「「「え!」」」」
 次に映ったスライドに、ぼくらはバッと立ち上がった。
「なんでバロイア国が、『玉枝』を持ってるの?」
 バロイア国の特別展示に飾られる『玉枝』。
 それは、金と銀が交わる枝に、4つの真珠がついた、美しい装飾品だ。
 15センチほどの『玉枝』の実寸の写真が、スライドにのっている。
 座れ、とまた銃を向けられるけど、ぼくらは突っ立ったまま。スライドから目がはなせない。
 だって――
「わたしたちのファーストゲームのお宝や!」
 この『玉枝』こそ。
 4年前に、一度、ぼくらが盗みだした宝だった。
「つまり、4年前におれたちから『玉枝』を奪ったのは、バロイア国だったんだね」
 あざみの言葉に、ぼくらは静かに視線を交わした。
 敵が明確になってきた。
「お前らのじゃねえ、俺の上司だった本郷武蔵のもんだ」
 千手楼はそう言って、立ち上がったぼくらを見下ろした。
「本郷のものは全て俺が引き継いだ。つまり、『玉枝』も、俺のものだ。俺は、『玉枝』を取り返したい。4年前に本郷から盗めたお前たちなら、今回も盗めるだろ」
 そう語る、依頼主の千手楼。
「千手楼のもんなら、バロイア国に盗まれた! って言えばええやん」
 たしかに。楓の言うとおりだ。
「む、難しいんだろうね。バロイア国はいま、力を持ってるからさ。さっきも言ったように、世界の武器生産のシェアを20%も占める実力をもってる」
「この業界は、実績と信頼で成り立ってるから、どれだけ大きな企業の最高責任者でも、新参者で両方をもっていない人間は、相手にされないんだ」
 モネの説明につづいて、あざみが首を横に振る。
「つまり、本郷グループのトップとはいえ、まだ実績も信頼もない千手楼が声を上げても、もみ消される可能性が高いってわけ」
「わははっ なるほど、かわいそうやな」
 パァンッ
 あざみと楓の間を、銃弾が横切った。
「だまれ」
 楓は千手楼をにらむ。
 あざみが、その背中をぽんっとたたいて、落ちつけ、って小声で言った。
 それにしても、ぼくは不思議だった。
「でも、千手楼さん。なんでぼくらに頼むんですか? ぼくらはただの中学2年生ですよ?」
 裏社会の千手楼の周りには、ぼくらよりもずっとヤバい人たちがいると思う。
 だって本郷グループは世界一大きな武器の貿易会社で、莫大な資産だって持ってるはずだ。
 だから、映画に出てくるような大人のスパイとか、殺し屋なんかを雇えると思う。
 なのに、なんでぼくらを呼んだんだろう。
 千手楼はぼくを見て、ハッと鼻で笑った。
「ただの、だって? この世のどこに、この屋敷のシステムをハッキングして、書類を偽造して、変装して忍び込んで、大人どもを蹴散らす小学4年がいる?」
 たしかに、あんまりいないかも。
「あれから4年間、お前らをずっと見張っていた。そしてわかった。やっぱりお前らは、絶対に野ばなしにしちゃあならねえくらい、ヤバいクソガキどもだってな」
 この4年間は、ぼくは大人しく生活してたけどな。
「4年前。お前たちを殺さず、首輪をつけて生かしておいたのは、お前たちに利用価値があると思ったからだ。俺の勘はあたってた」
 なるほど。ぼくらの価値を確かめるために、わざわざ軍事用デバイスの首輪をつけて、24時間、位置や音声、ネットワークまで全てを監視してたんだ。
「お前らを生かした、用意周到で用心深いこの俺に感謝するんだな」
 千手楼の言葉に、ぼくの後ろにいるモネは、バレないようにくすっと笑ってた。
 たしかに、4年前、あれだけのことをしたら、その場で葬られていてもおかしくなかった。
「つまり、どういうことや?」
 簡単に結論を言ってくれ、と楓が顔をしかめてる。
「千手楼さんは、4年前におれたちのすごさに感動して、いつかおれたちが必要になったときのために首輪をつけて見張ってたんだ。で、今日、千手楼さんはおれたちに頼みごとをするために、100億円を用意したってわけ」
 あざみの説明に、見る目あるやん! と楓は笑った。
「お前たちの業務は、『玉枝』を盗んで、俺のところに持ってくること」
 ぼくらを見下ろしながら、千手楼はつづける。
「この業務が達成できたら、100億円の報酬をわたす」
 その言葉に、ぼくは目を細めた。
 うすい膜のような緊張が、部屋に満ちる。
「質問してもいいですか?」
 あざみが手を上げた。
「あ?」
「報酬は、4人で100億円? それとも、1人ひとりに、100億円?」
 千手楼は、あざみを見てニヤッと笑った。
「4人で100億円って言ったら、お前ら殴り合いだけじゃすまないだろ」
 ぼくは、ただにこりと笑う。
 言っておくけど、ぼくは平和主義だ。
「1人ひとりに、100億円だ」
「よかった」
 ぼくらの緊張がふわりとゆるむ。
 もしここで、4人で100億円って言われてたら――この先は、言わないでおこう。
 もう一度言うけど、ぼくは平和主義だから。
 でも、ぼくには、あざみがにぎってたスタンガンをポケットに入れるのも。
 楓が近くの壺に手をのばすのをやめたのも。
 モネがキーボードから手を離したのも、しっかり見えた。
 ほんと、油断も隙もないやつらだ。
 ぼくも、鈍器になりそうな重たいエナメルバッグから手を離した。
「その100億円で首輪を外すなり何なり、すきにしろ」
 千手楼の言葉に、あざみがくちびるをとがらせた。
「でもさぁ、100億円の報酬で、首輪を外すなんてまどろっこしいことしないで、業務を成功したら外してくれればいいのに」
 たしかにそうだ。
「うるせえ、がたがた言うな」
 千手楼が部下にあごで指せば。
 黒スーツの男が、ぼくらのテーブルに4枚の紙を置く。
「これが、今回の【100億円求人】の契約書だ」
 契約書を読んでサインをしたぼくらに。
 千手楼は、胸ポケットから取り出したリモコンをかかげた。
「忘れるなよ、クソガキども。お前たちの命は、この俺がにぎってるってことをな」
 そこには『開始』と『一時停止』の他に、『爆破』のボタンもある。
 つまり、ぼくらが100メートル以上離れていたとしても、千手楼は、いつでも首輪を爆発させることができるんだ。
「せいぜい、死ぬ気で働くんだな」
 ぼくらは互いに目を合わせた。
 3人とも、最高に悪い表情をしてる。
 きっと、それはぼくも同じ。

 こうして、ぼくらの【100億円求人】がはじまった。

6.業務開始!

 8月1日 午前10:45 in別館
 千手楼と契約を交わしたぼくらは、これから約1ヶ月間、この敷地内で生活をする。
 そこで、別館を与えられたんだ。
 ここに来る前に、ぼくらは夏休みの間、家に帰らないことを親や部活にうまくごまかしてあるから、これから仕事だけに集中できる。
「作戦会議だ」
 別館のロビーで、あざみが言った。
「おれたちは、『玉枝』を手に入れて千手楼に渡せば、100億円をゲットできる」
 ソファに座ったぼくたちは、あざみの言葉にニヤリと笑った。
「【トコヨノクニ】のオープニングセレモニーまで、準備期間は約1ヶ月」
 時間は限られてる。
「まずは、ハッカーのモネ」
 モネはパソコンをいじる手を止めた。
「お前に【トコヨノクニ】のシステムをハッキングしてもらう」
 モネは目をキラッとさせた。
「ふ、ふへへ、【トコヨノクニ】は、島全体に最強のAIセキュリティシステムを使ってるんだ。ケースを開けるには、まず島のセキュリティを突破して、AIをのっとらなくちゃいけないんだ」
『スペード印』の開発したAIセキュリティは、鉄壁の存在って言われているらしい。
 だれ1人として、そのセキュリティを突破できた者はいないんだって。
 あざみは挑戦的な眼をモネに向ける。
「1ヶ月で、できるね?」
「ふへへ、そんなにかからないよ」
 モネは肩をゆらして笑った。
「4年前、この敷地内の全部のシステムをハッキングしたのが、ぼ、僕だよ。システムの主導権だって、簡単に奪えるさ。1ヶ月後には、ぼ、僕が【トコヨノクニ】のAIのオーナーさ」
「言ったな? いまの、録音してるから、失敗したらいまのセリフ聞かせるからな?」
「あざみ、そういうところあるよな」
 レコーダーを振るあざみに、楓は半目になる。
「暴力って選択肢がとれない人間は、地道な準備が必要なんだよ」
 ハッと鼻で笑いながら自己弁護したあざみは、ぼくを見る。
「つぎに、高橋」
 ぼくは手を上げてほほ笑む。
「4年前、おれたちの偽造身分証から変装道具まで、あらゆるものを作った高橋。お前には、今回もたーくさん作ってもらうよ。まずは、3日で、ニセモノの『玉枝』をつくってほしい」
「ああ、まかせて、すぐにできるよ」
「この4年間で、お前の手が鈍ってないことを願ってるよ」
「あざみ、ぼくは大丈夫だよ」
 エナメルバッグから、無数のドライバーや小型印刷機などを取り出せば。
 あざみは気持ち良さそうに笑った。
「そして、楓」
 背筋をのばして、楓はあざみを見る。
「お前がするのは、筋トレだ」
「……筋トレ? それだけか?」
 楓の肩にひじをおいたあざみは、大真面目な顔をする。
「楓はリーダーだろ? 優秀な楓には、当日までに最高のコンディションでいてほしいんだ。前回もそうだったろ?」
「たしかに。リーダーのわたしは、当日がんばらなあかんもんな!」
「あざみはさ、なにするの?」
 モネが首をかしげて聞く。お前も働けよ?ってその顔にかいてある。
「おれも当日までに、いーっぱい働くよ。それはまたあとでくわしく説明する」
 ごほんっとせきばらいして、あざみは言った。
「今回の作戦のおおまかな流れは、だいたい4年前と同じ」
 そう言ったあざみの言葉に、ぼくらは視線を交わしてうなずいた。
 ぼくがアイテムをつくって、モネがハッキングして、あざみが変装して宝を盗んで、最後は楓の腕力で勝つんだ。
「おれたちはこれから、遊ぶんじゃない、働くんだ。気をひきしめろよ」
【100億円求人】。
 その響きが、ぼくの心をゆり動かす。
「ファーストゲームは失敗したけど、おれたちは、この【100億円求人】を成功させる」
 あざみの眼が、ギラリと光る。
「セカンドゲームのはじまりだ」

  ◯

 さっそく、別館のロビーで作業を開始したぼくは、テーブルや床に広げた金属部品やドライバーをながめて、また、昔を思い出した。
「なあ、4年前、はじめて会ったときのこと覚えてるか?」
「会った、って言っても、ネット上だけどね」
 ダークウェブっていう、特別な方法をとらないとアクセスできないウェブサイト。
 そのなかの、とあるトークルームで、小学4年生のぼくらは出会った。
「ちょ、ちょうどあのころさ、どんな夢も叶えてくれるすごいものがあるってうわさが、ダークウェブで広がりはじめたんだよね」
「そのうわさが流れてから少し経ったあと、それが【蓬莱郷】っていう理想郷で、それをつくったのが世界一の武器商人、本郷武蔵だって情報を見つけたとき、現実味が一気に増して、ワクワクしたんだ!」
 あざみの声は高くなってる。
 そのころ、【蓬莱郷】に入るためには『玉枝』という鍵が必要といううわさまで流れはじめた。
 ちょうどそのときに、『蓬莱郷に行きたい』というタイトルの、トークルームをつくったのがモネだった。
「僕のつくったルームに急に入ってきてさ、ノンストップでチャットが進んだんだもん。さ、最初は怖かったよ」
 そう。だれでも入れるそのトークルームに偶然入ったのが。
 ぼくとあざみと楓だったんだ。
「とくに楓は、ひらがなと打ちまちがいが多くて読むのが大変だったね」
 横目で見るあざみに、うるさい、と楓は顔を赤くする。
 そこで、ぼくらは意気投合したんだ。
「こ、この別荘地で【蓬莱郷】を探しても見つからなかったけどさ、僕、4年前は楽しかった」
「あのファーストゲームのあと、少しは、生活もマシになったしね」
 あざみが遠くを見るような眼で、つぶやいた。
 ぼくらは、ゲームの準備の間、互いの人生をマシにするためにそれぞれに協力し合ったんだ。
 口にはしないけど、お互いに助けられたところがある。
「わたしも、あれからクソ親と離れて暮らせとる」
 4年前、初めて会ったときのぼくらは、それぞれにボロボロだった。
 とくに、楓とあざみはひどくて、2人とも目立つところにあざがたくさんあった。
 どう生活したら、あんなに傷だらけになるのか、あのときのぼくには想像もできなかった。
 ヴヴヴッ
 突然、あざみのスマートフォンがふるえた。
「うわ、千手楼に呼び出された!」
「ふ、ふへへ、骨は拾うよ」
 笑って部屋に戻っていくモネと、モネに中指を立てて別館を去るあざみを見ながら。
 ぼくも、テーブルに置いてた資料と貴金属をいくつか持って、2階の作業部屋に向かう。
 階段に足をかけたとき、ふいに視線を感じた。
 振り返れば、近くに楓が立っていて、ちょっとびっくりした。
「え、楓、どうした?」
「……あー、その、高橋。ちょっと、話聞いてくれへん?」
 楓が、首輪をなぞりながら、気まずそうに言った。
「ん? いいよ?」
「これは、べつにわたしの話やなくて、知り合いのことなんやけど……」
 たぶん、楓のことなんだろうな。
 となりで階段を上りながら、楓は中学校でやっかみを受けている男子のことを話してくれた。
「そっか、そいつは大変だったな。……楓、もしお前が、そういう嫌なことをされたらさ」
 ぼくは少しかがんで、正面から楓のひとみを見つめた。
「そういうときは、まず、“やめて”って言うんだ」
「……それでも、やめてもらえんかったら?」
「そしたら、周りの人に、“助けて”って言うんだ」
 楓の桜色の目が、丸くなった。
「言えそうか?」
「……それなら、言えるかもしれへん」
「えらいな、楓ならできるよ」
 それでも、楓は不安そうな顔をする。
「もし、それでも、うまくいかへんかったら……」
「そのときは、正当防衛だ」
 肩をすくめたぼくに。
 そっか、と楓は晴れたような顔で笑った。
 たぶん、楓は、最初に自分のことじゃないって言ったのを忘れてるんだろうな。
「ありがとうな」
「なんてことないよ」
7.ファーストゲームとぼくらの首輪
 準備期間も、すでに半分が過ぎたころ。
「ね、ねえ、知ってた? ファーストゲームの状況って、けっこうヤバかったんだよ!」
 別館の縁側で、となりに寝転んだモネは、高速でキーボードを打ちながら楽しそうに言った。
 ぼくはいま、あざみとモネと自分用の変装道具を作っているところだ。
「4年前、実は、『玉枝』を狙って、超危ない犯罪組織や世界の諜報機関、極悪非道の詐欺集団なんかが、こ、この敷地に侵入をもくろんでたんだ!」
「まじか、知らんかった!」
「で、でも、結果的に『玉枝』までたどりつけたのは、僕たちだけだったんだ!」
「しししっ 本郷グループが、厳戒態勢をとってたのに、それを全部突破してきたのは、小学4年生って、かなり笑える! あのときすでに、大人をなぎ倒せた楓って、いま考えると本当に規格外だよね」
 あざみは千手楼に提出する計画報告書を書きながら、となりで筋トレをする楓を見て笑った。
「改めて考えると、ぼくたち、かなりとんでもないことをしたんだな」
 この敷地内の、おびただしい数のセキュリティ装置に加えて、別館にあるカメラでぼくらが監視されてたりするのも、納得だ。
「こ、この首輪も、24時間、僕たちのアクセスしたネットワークとか居場所とか、周囲の音まで録音してるしね」
 モネは銀のプレートをつまんだ。
「まあ、ちょっといじれば、い、一時的に機能を止めたり、音声を別のものに変えたりすることはできるけどさ。軍事用の本格的なやつだから、外すことは、僕にもできなかった」
 そう言ったモネは、ふへへって笑ってつづけた。
「た、たまにこっそり機能を停止して、ダークウェブで情報収集してたんだ」
 モネは、やっぱりすごい。
 ぼくも何度か機能を止めたり、外そうとしてみたりしたけど、お手上げだった。
 しばらく首をひねって何かを考えていたモネが、突然、パッと顔を上げて、ぼくらを見た。
「改めて思ったんだけどさ! 本郷グループがつくった【トコヨノクニ】で、バロイア国と『スペード印』が同盟を組むって、す、すごいことだよね!」
 確かに、千手楼はバロイア国に『玉枝』を奪われてるし、バロイア国と『スペード印』もライバル関係だ。
「みんな腹に一物を抱えてる、大人の世界なんだね。おれは将来、絶対にこの業界にだけは入らない」
 あざみはそう言って、肩をすくめた。
「ふへへへ、これぞ、陰謀うずまく【100億円求人】だね」
 モネは何かをひらめいたように、パソコンで文章を打ちはじめた。チラッとのぞけば、ファイルのタイトルには『世界の陰謀まとめ』って書いてあった。
「変なサイトに書き込みとかするなよ。情報漏えいしたら、千手楼に殺されるからな」
 楽しそうにキーボードを打つモネに、あざみがぴしゃりと言った。
 大人しく作業を再開したモネのとなりで、ぼくは寝転がって今回の変装相手の情報資料を読み込んだ。
「報告書、書くの疲れたぁ」
 と言って、ごろごろ転がってきたあざみが、ぼくの上にのっかる。
「モネ。これ、本郷グループの情報と、千手楼のプロフィール?」
 ぼくの頭にあごをのせたあざみが、モネのパソコン画面に表示された内容を指さしたから、ぼくも一緒にのぞいた。
 世界中の武器をどこから仕入れ、どこに売るかを見極める武器専門の貿易企業――本郷グループ。
 それは、世界一多くの死に関わり、戦争の勝敗を左右するとまで言われる、戦争の支配者。
 大胆で独創的な本郷武蔵が、一代で築いた会社だ。
「改めて、世界を牛耳る本郷グループの最高責任者って字面を見ると、ぼくたちの雇用主が本当に危険な存在だってわかるな」
 あざみの首輪についた冷たいプレートが、ぼくの背中をぞわりとさせる。
「ふーん。千手楼はいま36歳なんだ? その若さでも、武器商人としての腕はかなり良くて、武器を見極める目は確か」
 あざみの口が開くたびに、ぼくの頭がしずむ。
「で、性格は、神経質で野心家。でも、部下にはあんまり慕われてないんだ?」
「わはは、部下に好かれてへんのは、かわいそうやな」
「昔はただの不良グループの一員だったけど、18歳のときに本郷武蔵に偶然出会って、気に入られて、武器商人の弟子になったらしいね。ふぅん」
「モネ、よくこんな情報が見つけられたな」
「ふ、ふへへ、まあね。個人情報を盗むのは、得意なんだ」
「本郷は50代で、千手楼を拾ったってことでしょ? もう、孫みたいな気分だったろうな」
 苦々しい声をだすあざみ。
「絶対、昔の千手楼もかわいくないよ。おれの方が絶対かわいい。ね、楓?」
 ぼくの上からごろりと下りて。
 ウェットティッシュで手をふきながら、無視をきめる楓にあざみはもたれた。
 あざみは疲れると、からみが多くなるタイプだ。
 基本的にあざみがからむのは楓だから気にならないけど。
 ぼくは、チラッと周りの監視カメラを横目に見て、声をひそめて聞いた。
「そういえば、あざみも、千手楼が本郷を殺したと思う?」
「うん。【蓬莱郷】をめぐって、争ったと思う」
 楓に引きはがされながら、あざみも小さな声で返してくる。
「え! そうなんか!?」
「ふへへへへ、なんだか、陰謀がありそう! 面白くなってきたね」
「まだ憶測だけどね」
 そう言ったあざみは、またぼくの背中にのっかる。
 そして、モネのデータを指さした。
「千手楼は、かなりの人間不信らしいね。近くにいる部下はいつも1人。最高でも4人まで。この敷地内にも、最低限の使用人しかいない」
「なるほどなぁ。だから、監視役は少ししかいないんだな」
「こ、ここに隠しカメラとか盗聴器とか、感知センサーとかが大量にあるのは、人間よりも、機械のデータを信じてるってことだね」
 にやっと笑って、じゃあ仕事してくる、とモネはパソコンを持って部屋に戻っていく。
「わたしも、ちょっと走ってくるわ」
 そう言って黒手袋をはめなおして縁側を去った楓を、ぼくは寝転がったまま見送った。
 温かい日ざしに、あくびがでて、大きく口を開けたぼくは。
 ふいに息苦しさを感じて、首輪と首の隙間に指を入れた。
 首輪は、常にまとわりついて、その存在を忘れさせてくれない。
 そのプレートに書かれた、逃げられないって言葉みたいに。
「ねえ、高橋って、『バッド・フライデー・ナイト』って映画、観たことある?」
 いまだにぼくの上に乗ってるあざみは、ぼくの肩口から顔をのぞかせて言った。
「ああ、あれか、観たよ。キャラクターの容赦のなさが良かったよな」
 かなり過激な、殺し屋のミステリーアクション映画だった。
「めちゃくちゃ最高だった! おれ、あの主人公のヤマトを尊敬してるんだ!」
 あざみはいまみたいに、頬を赤らめて、目をかがやかせる顔をよくする。
 子どもっぽくてかまいたくなる顔なんだけど、こういうときは、だいたいどす黒い感情のこもったヤバいことを考えてるって、ぼくは知ってる。
「へえ、なんで尊敬してるんだ?」
「実のおにーちゃんをヤったから」
 ここでのヤるっていうのは、葬るって意味だ。
 ぼくは、ボロボロだったあざみを知ってる。
 あざみをそうしたのが、兄たちだってことも。
 なんとなく話を変えたくて、ぼくの上でくつろいでるあざみに言った。
「あざみ、きみって、たまにどうしようもなく甘えん坊になるね」
「気を引きたいんだ」
 上目づかいで、かわいこぶるあざみ。
「気を引いてどうするの?」
 あざみはごろんとぼくから下りると、上体を起こして言った。
「こうするの」
 その手にはぼくの財布がにぎられていた。
 パンツの後ろのポケットに入れてたやつだ。
「すごい、ぜんぜん気づかなかった。あざみは本当に器用だな」
「高橋の意識は、おれの顔と、おれの体重の乗った背中あたりに集中してるからね」
 肩をすくめたあざみ。
「気を引くのは得意なんだ」
「すごいなぁ」
 これからは、あざみが目をきゅるんとさせたら、気をつけようと思う。
「よし、休憩終わり。働くかぁ」
 立ち上がってのびをしたあざみは報告書を持って、楽しそうに歩き出した。
「財布は返せよ?」

8.最終準備

  8月29日 午前10:00 in別館
 オープニングセレモニーは明日。
 別館の庭で、書き込みだらけの資料の山を整理して、小型の無線機や変装道具のチェックをし終えたとき。
「ねえ、【蓬莱郷】には何があると思う?」
 庭でテーブルセットの練習を終えたあざみが、手持ちぶさたに庭の花をぶちっと引き抜いて言った。
「わたしは、キラキラのお金がつまってるんやと思う!」
「ぼくは、そうだな、数年前の日常を取り戻せるような、何かがあると良いなって思う」
「僕、すごいスピリチュアルなものがあると思う! だ、だって蓬莱ってさ、不老不死の薬を持った仙人が住んでる伝説の場所なんだよ!」
 モネの言葉に、ぼくはカジノシティの【トコヨノクニ】って名前を思い出した。
 これは、古事記とかに出てくる常世の国っていう、不老不死になれる理想郷からとってるんだろうな。
「き、気づいたんだけど、『玉枝』っていう名前はさ、竹取物語で、かぐや姫が求婚者の1人に要求した“蓬莱の玉の枝”からつけたと思うんだ。そんな名前を使うなんて、考察がはかどるよね! ふへへ」
 その話は国語でやった気ぃする、ってつぶやいた楓は内容を思い出そうとして、あきらめてた。
「あははっ もしかしたら【蓬莱郷】は、月に住む天上人がいるような不思議な場所かもしれないな」
「しししっ そうだよね。世界中の悪い大人がほしがる代物だし、人生を変えるくらいのものがあるに決まってるよね!」
 そう言ったあざみは、手に持った赤紫色の花を見つめて笑った。
 4年前。
 多くの裏社会に生きる大人たちが、【蓬莱郷】を求めて探し回った。
 けれど、だれも、その理想郷を見つけることはできなかった。
 ネット上では、半年も経てば、うわさはうそと片づけられて。
 人々はまたちがううわさに夢中になった。
 でも、ぼくらはちがった。
 正確には、ぼくらと、バロイア国と、千手楼は。
「よし、こっちに集まって。作戦の最終確認だよ」
 あざみの声に、ぼくらはあい色のクロスのかかったテーブルに集まった。
 そこには、ナイフとコインと、一輪の花だけが、三角を描くように置いてある。
「まずは、4年前の振り返りから。あのときのゲームのメインプレイヤーは、3チームだった」
 ナイフが、千手楼のいる本郷グループ。
 コインが、バロイア国。
 赤紫の花が、ぼくら『スパギャラ』。
「4年前の、おれたちの目標は2つ。1つ目が、『玉枝』を盗むこと。2つ目が、【蓬莱郷】を見つけて入ること」
 いつの間にか、テーブルの中央に『玉枝』を示す花瓶が置かれてた。
「1つ目の『玉枝』を盗むのには成功。2つ目の【蓬莱郷】を見つけることはできなかった」
 花瓶をつかんだあざみ。
「しかも、最後におれたちは、『玉枝』を奪われた」
 花瓶は、バロイア国のコインのとなりに移動する。
「これが、4年前のこと」
 ぼくらはうなずいた。
「『玉枝』は実在した……ところで、なんで千手楼は『玉枝』をほしがってると思う?」
「え、それは、本郷の持ってたものは、いまは千手楼のもんやから、取り返したいんやろ?」
 楓の言葉に、あざみはしししっと笑った。
「千手楼は、【蓬莱郷】に行きたいからだよ、きっと」
 なるほど。あざみの言いたいことがわかったぼくは、にこっと笑った。
「おれは気づいたんだ。千手楼は【蓬莱郷】のありかを知ってるから、『玉枝』をほしがってるんだって。だから、このタイミングでおれたちが集められて、仕事を依頼されたんだ」
 あざみの推理に、ぼくの鼓動は速くなる。
「【蓬莱郷】は、今回の求人内容にはふくまれてないけど、この理想郷は、どこにあると思う?」
「どこやろ、この別荘地にはなかったもんな……」
 楓が首をひねる。
 ニヤッと笑ったあざみが、バッとテーブルクロスを引き抜けば。
 真っ白のテーブルに、竹筒状のナプキンが美しくのっていた。
「カジノシティ【トコヨノクニ】だ」
「え! そこにあるんか!?」
「きっとね。4年前に【蓬莱郷】がうわさされはじめたときから、本郷は【トコヨノクニ】をつくりはじめてたから、可能性は大だ」
【トコヨノクニ】を示すテーブルの上の配置は変わっている。
 中心に、【蓬莱郷】のナプキン。
 右に、本郷グループのナイフと、ぼくらの花。
 左に、バロイア国のコインと、『玉枝』の花瓶。
「作戦はシンプルだよ。カジノシティに、バロイア国が『玉枝』を展示する。その『玉枝』とニセモノを、おれがすり替える」
 花瓶をパッと背中に隠したあざみは、ニヤッと笑う。
「そして、『玉枝』を千手楼に渡して、おれたちは100億円を手に入れて、首輪を外してもらうんだ!」
「ふへへ、本番はまかせてよ」
「ついでに、【蓬莱郷】も、行けたら行きたいな」
「ついでに、あのムカつくバロイアのやつらに、仕返しもできたらええな!」
 ぼくらは、互いに目を合わせた。
 これから、【100億円求人】っていうセカンドゲームがはじまる。
 100億円を手に入れて、首輪からも、千手楼からも。
 この最低な日常からも。
 逃げきるために。
「絶対に、成功させるよ!」
 あざみのつきだしたこぶしに。
 ぼくらはこぶしをぶつけた。
「ゲームスタートだ」

9.ぼくの理想郷

 5年前。
 夏休みの1日目に、ぼくの人生が変わった。
「じゃあね、勇誠」
 そう言った母さんは妹をつれて、出ていった。
 きっかけは、父さんがクビになったから。
 お金がなくなっていって、心も貧しくなっていって。
 父さんは、変わった。
 それからぼくは、ボロアパートに父さんと2人で住むことになったんだ。
 全部が最悪だった。
「元どおりにしないと」
 家も、家具も。前みたいにしないと。
 母さんと妹が返って来られるように。
 元に戻すためには、同じものが必要だった。
 でも、そっくりな家を買ったり、似たような家具を集めたりするのには、大金が必要だった。
 小学生のぼくに集められる金額なんて、ほとんどなくて。
 それ以前に、剣道場に通うお金すら、家にはなかった。
 ずっと努力してきた剣道もつづけられなくなって、優勝を目指してた大会にも参加できなかった。
 ぼくのいままでの努力が、全部崩れた。
「もういやだ。……逃げたい」
 この現実から、逃げたかった。
 布団にうずくまったとき、ふと気づいた。
 いままで、恵まれていたんだって。
 恵まれた環境で、「努力」って言葉を使ってきたんだって。
 いま、この環境じゃ、努力したって、周りの人とはスタート地点がちがう。
 はじめる場所がちがえば、到達したい場所への過程も、そこまでかかる時間もちがう。
 ゾッとした。
 いままでの自分のおごりにも。
 いまの自分の現実にも。
「うわ……しんど」
 そんなとき、ぼくはダークウェブで【蓬莱郷】について知った。
 夢を叶えてくれる理想郷。
 母さんと妹が出ていく前と、同じ生活が取り戻せるかもしれない。
 ぼくの望む場所が、逃げられる場所が、そこにあるかもしれないって、本気で思った。
 そんなとき、ぼくは3人と出会った。
 4年前、現実から逃げられると思って、逃げきれなかったファーストゲーム。
 そこで手に入れたもので、人生は少しだけマシになった。
 でも、日常は変わらなくて、ぼくの首には枷がついている。
 逃げられないって思い知らされるたびに、少しずつヘドロみたいなものが積もっていって。
 ぼくの心を殺していくんだ。
 これから、セカンドゲームがはじまる。
 このゲームが終わるころ。
 きっと、ぼくはいまの壊れた日常から逃げきれる。
 きっと、全部を元どおりにできる。
 だからぼくは、絶対にゲームを成功させるんだ。


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