"好きを見つけろ"の呪縛から解放されよう
プロローグ:三つの世代、共通の悩み
東京のオフィス街。夕暮れ時のビル群の中を、疲れた表情で歩く3人の男性がいた。
28歳の佐藤は、新卒で入社して3年目の若手社員だ。スマートフォンでSNSを眺めながら、ため息をつく。「みんな自分のやりたいことを見つけて、イキイキと働いているのに...」
45歳の田中は中堅管理職として会社を支える存在だ。肩の力が抜けない表情で歩きながら、心の中でつぶやく。「このまま定年まで、本当にこの仕事でいいのだろうか...」
58歳の鈴木は、会社での長いキャリアを積んできたベテラン社員だ。定年後の人生を考えながら、複雑な表情を浮かべる。「定年後、何をしよう...やりたいことも特にないし、このまま雇用延長が無難かな...」
社会の中の「好きを見つけろ」圧力
3人とも、それぞれの立場で同じ悩みを抱えていた。「自分の好きなこと、本当にやりたいことが見つからない」という悩みだ。
メディアや自己啓発本には、「好きを仕事にしろ」「やりたいことを見つけて人生を変えろ」というメッセージが溢れている。それらは、まるで誰もが明確な「好き」や「やりたいこと」を持っているかのように語る。しかし現実は違う。多くの人が、自分の本当の「好き」がわからず、ただ周りに取り残されたような気分を味わっていた。
偶然の出会い
その日の夜、偶然にも3人は同じバーに足を踏み入れた。
カウンター席に座った佐藤は、ふと隣に座る人物に気づいた。
「山田さん?」
「おお、佐藤じゃないか!」
学生時代の先輩・山田(35歳)との思わぬ再会に、佐藤は少し心が軽くなった気がした。
多彩な経験を持つ先輩
会話が進むうちに、佐藤は山田の近況に驚かされた。山田は大手企業に勤めながら、休日や平日の夜を使って様々な活動に手を出していたのだ。
「今は会社の仕事以外に、地元の地域創生プロジェクトにボランティアで関わってるんだ。それと、面白いベンチャー企業を見つけてそこでも週末だけバイトしてる。あ、それから最近はバーテンダーの資格も取ったんだ」
「へえ、すごいですね。でも、そんなに色々できるんですか?山田さんはどこに向かっているんですか?」佐藤が不思議そうな顔で尋ねた。
山田は少し照れくさそうに答えた。「正直、最初は自分でもよくわからなかったんだ。ただ、何か新しいことをしたいという気持ちだけで始めたんだよ。でもね、面白いことに気づいたんだ」
「好き」を育てるという考え方
山田は続けた。「これらの経験を通じて、自分が本当に興味を持てることが少しずつ見えてきたんだ。最初は漠然としていた興味が、徐々にはっきりしてきた感じかな。全部が上手くいってるわけじゃないよ。地域創生の方は思うように進まなくて悩んでるし、ベンチャーの方も給料なんてほとんどない。バーテンダーも、まだ全然うまくできなくてね。でも、それぞれの経験が、少しずつ自分の『好き』を形作っていってるんだ」
佐藤は感心しつつも、少し羨ましさを感じた。「そうなんですか...僕には、そんな風に色々挑戦する勇気がなくて...」
山田は佐藤の表情を見て、「君も何か悩んでるみたいだね」と声をかけた。
佐藤は思わず本音を吐露した。「実は...自分のやりたいこと、好きなことがわからなくて。みんな自分の好きなことを見つけて仕事にしてるのに、僕だけ...」
山田はにっこりと笑って言った。「大丈夫、そんなの誰にもわからないよ。僕だって、今でも完全にはわかってない。でもね、重要なのは、"好き"を見つけることじゃなくて、育てることなんだ」
三世代の共感
その言葉を聞いていたのは佐藤だけではなかった。隣のテーブルにいた田中と鈴木も、思わず耳を傾けていた。
「若い頃から、"本当にやりたいこと"を見つけなきゃって焦ってたけど...」鈴木が静かに言った。
「ああ、わかります」田中も同意した。「でも、今の仕事にも、実は好きな部分があるんですよね。ただ、それを"好き"だと認識してこなかっただけかも...」
「好き」を育てる具体的な方法
山田は3人に向かって熱心に説明を続けた。
「育てる最高の方法は、とにかくいろんなものに足を突っ込んでみること。でも、ただやみくもにやるんじゃなくて、ちょっとしたコツがあるんだ」
「最初は、勉強会やセミナー、それに異業種交流会みたいな場所に顔を出してみるんだ。そこで知り合った人たちと飲みに行ったり、雑談したりする。そうすると、自然と自分の興味がある話題で盛り上がるはずなんだ」
「そこが大事なところさ」山田は微笑んだ。「その中で特に意気投合した人がいたら、その人の活動を手伝わせてもらうんだ。ボランティアでも、副業でも、趣味の延長線でも何でもいい。とにかく、その人の世界に少しだけ足を踏み入れてみるんだ」
失敗も大切な経験
「でも、すべてがうまくいくわけじゃないんですよね?」佐藤が確認するように尋ねた。
「もちろん」山田は笑った。「むしろ、ほとんどはうまくいかないかもしれない。でも、それでいいんだ。うまくいかなかった経験も、自分の"好き"を明確にする上で大切な情報になる。何が自分に合わなかったのか、どんな部分が楽しくなかったのか。それを知ることで、逆に自分が本当に求めているものが見えてくるんだ」
エピローグ:新たな一歩
「要するに」山田は締めくくった。「"好き"は待っていても見つからない。自分から動いて、触れて、経験して、はじめて見えてくるものなんだ。年齢なんて関係ない。いつからでも始められる。大切なのは、その一歩を踏み出す勇気さ」
バーを出る頃には、3人の心には新しい希望と共に、具体的な行動プランが芽生えていた。それぞれが、次の勉強会や交流会に参加してみようと密かに決意していた。
翌日、オフィスに向かう3人の足取りは、昨日よりもずっと軽やかだった。今日から、自分の中にある小さな"好き"を見つけ、育てていこう。そして、新しい世界に一歩踏み出そう。そんな決意が、それぞれの心の中で静かに、しかし力強く芽吹いていた。