緩やかに春を待つ
周辺の冬、季節の音色
所かしこからほころび始める寒椿が鮮やかに冷えた空気の中で紅を発する。空気を割る音がするのは、あの存在があるからだろう。昔の人はその音を聞き、それを「凛」と表現したんだろうけど、寒椿にぴったりな擬音だと思う。あれは「しん」としていて、でもそこに棘のあるような「つん」とした横顔は持たず、内側の強く発する色の残像を冷えた空気中に漂わせ、その先で柔らかく放出する。美しく、優しいからこその厳しさを内側に湛えたような紅梅色は、まさに『凛』そのものである。
角のお宅の生垣に大輪がほころび始めたのを遠くから見ていると、目が悪くなったからだろうか、その周囲までぼんやりと空気が桃とも朱色とも言い難い紅の色に滲んで私の目に映る。冬は冬らしく、しっかりと寒い。
寒椿が花開くその音に気付いたのは私だけではなかったようで、雨の降らない宅前の、花の時期外れたヤマブキの藪に隠れ、スズメとメジロが合同会議の集会を始めた。彼らは本当によく喋る。あまりの話声に我が家の犬が、なんだなんだどうした事だ、と様子を伺うためにベランダを出ていく始末。
「春が、来るんだって」
と教えてやると、たれた耳の先が床を擦りそうな程に首をひねり、はてそれはなんだろう?という顔をするのが少し弱くて情けない顔をしていて可愛くて笑ってしまう。
夏があれだけ暑くとも、新宿にはちゃんと冬が来る。
朝から昼にかけて行われたスズメとメジロの合同会議では、きっと
「ねぇ。今ってもう冬なの?」
「冬でしょーよ!寒いもん!」
「え、秋終わったの!?いつぅ?聞いてないんだけど!」
「だって、ほら!みて!あそこの家、寒い時に咲く赤い花がもう赤いですよー!って言いだしたから。メジロちゃん、あの花、好きでしょ?」
「あーー!!ほんとだー!!気づかなかったよ!!スズメちゃんってさすがだよね、伊達にウロウロしてないねぇ~」
「何それ、聞き捨てならない言い方ぁー」
あははは!!と談笑していたらあまりの騒々しさにヒヨドリが来て、一段と大きな声で歌うものだからヒヨドリコンサートをお気持ち程度で楽しみその後に解散となった、そんなところだろう。
スズメに教えて貰ったであろうメジロは帰り道で寒椿に寄り添って、冬が来た事を楽しむ姿を買い物途中にたびたび遠目から見せるようになった。
寒椿は毎年、会いに来てくれるメジロに少し頬を染めたように見えたけど、周辺の花々はそれを見守り、静かに祝福をして、メジロが飛び立つその時に幹を揺らして挨拶をする。
夏は驚くほどに長く、ぎりぎりの滑り込みで秋を迎えたけれど、冬はちゃんと寒く、春待ちの小鳥が戯れる。日本の四季は失われていくのではないかと不安になった私の懸念は命の前ではどこ吹く風なのかもしれないと思うと、少し、あの賑やかさにも安堵をもたらす。
愛犬のお友達の飼い主さんたちはよく働く方たちばかりなので、集まるのがいつも夜になる。時間が近づくと、早く会いに行こう!と愛犬が私たちを急かす。鳥たちが集まるように、動物の体内時計は狂いがない。いつもの時間の10分前、うちの愛犬もソワソワと行ったり来たりをし始める。
「外は寒いから服を着ましょう!私も準備するから待ってね!」
の声を待つ。あなたの名前の花が咲くのは、もうしばらく先のこと。鉢植えの沈丁花(ダフネ)は寒くて葉をしまう。たれ耳のあなたのようだ。
散歩道では、栴檀が実をつけて月影に揺れる。
「"栴檀は双葉より芳し"って言葉があるのを知ってる?」
と私の手を包む主人に聞く。どういう意味だと聞くので
「栴檀と白檀は別の木なんだけどね。どっかの学者さんが間違えちゃったんだって。だから栴檀は白檀と同じ香木で、芽生えた時から芳しいらしいよ?ほんとは別物だから全然匂わないし、これは家具に使われる木なんだけど、言葉の意味は、大物になる奴は生まれた時点で既に決まってるみたいな意味。生まれた時に既に決まった素質があるなんて、物にはなんでも、素質があるわ。生かすも殺すも、その後なのにね。」
と笑うと
『今年は自分に向いた仕事して、あなたの良さを活かせるといいよね。焦らず、しばらくはのんびりして、探しながら、俺の世話でもしててよ』
と言ってくれた。冬の散歩は悪くない。返事は返さず、私はニコリとほほ笑んだだけだったけれど、垣根の寒椿は私の代わりに凛々しさを湛え、その場で紅く静かに色づいた。
もうすぐ、春が来る。日々を繰り返す事の幸せ。冬はちゃんと寒く、そのうちに春へ踏み出す。