【短編小説】 夏の思い出。
夏も終わりかけている。
久しぶりの休みなのでドライブ。
ラジオを点ける。
「・・ですね~、夏も終わりかけて、きょうは最後の悪あがきかな。
昨日と比べて気温が10度も上がってる!
暑いはずだよねぇ~
夏の終わりにちょうどいい、リクエストが届きました!
みんなも思い出作ったかな?
ケツメイシで夏の思い出!」
イントロから頭が勝手に揺れ出すリズムが流れる。
エアコンを効かせているけど、窓を少し開けてみる。
「夏の思い出、手をつないで歩いた海岸線♪
車へ乗り込んで向かったあの夏の日~♪」
・・・無い。
そんな思い出は無い。
クソ暑い中、同級生が海だ川だ部活だと、青春を謳歌している時、
オレはひたすらバイトに明け暮れて、親の看病して妹の面倒を見ていた。
ずーーっと、そう。
中学3年の夏の新聞配達を皮切りに、
定時制高校卒業するまで、ずーーーっと、そう。
大学行きたかったけど、就職。
職人気質な工場で、完全ゼロの知識から先輩に付いて、
ひたすら同じ作業を朝から晩まで。
1日12時間労働、週休取れたら1日、ダメなら半日。
あ、昼休憩10分ね。
「窓を開け切るクーラー・・・ ダラダラ汗流し笑いながら過ごした日♪」
笑いは無い。
窓は閉め切ってクーラーは点けられなかった。
工場の中は風が吹くとヤバイから。
車の窓を少し開ける、外の景色は少しずつ空が広くなってくる。
進めば進むほど、空が広くなって、眩しい青さが増えて来る。
空の青さと、海の青さ。
潮の香りが車内に入り込んで来る。
視界を妨げるものが無くなって、視界が空と海。
「あ、凄い良い景色、風、気持ちいい~!」
助手席の彼女が全開の窓から海に向かって手を振るように風を感じている。
「夏の思い出、手をつないで歩いた海岸線
車へ乗り込んで向かったあの夏の日」
あれから、12年。
親はぼちぼち、ひとりで歩けるとこまで回復。
妹は去年、お嫁さん。
オレ、今年独立。
これから、手をつないで海岸線を歩くつもり。
夏の思い出を今から作ります。
ポケットに入れた小さい箱を左手でギュっと握り締める。
来年、お婿さんになれますように。
それと・・・
歌詞の通りになりませんように!!!
たのんます!
「着いた~!」
バタンッ
「海、久しぶり~~~!!」
ギュッ
彼女の手を握った。
逆光の中、彼女の笑った口元で白い歯が光った。