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お盆期間に読んだ本 感想まとめ【ネタバレあり】

残穢/小野不由美

★★★★★(5/5)
読者から寄せられた怪談を掲載しているホラー小説家の女性が、 とあるマンションで起きる怪異の謎を探っていくという話。

『十二国記』シリーズや『屍鬼』で知られる小野不由美氏の長編ホラー小説で、第二十六回山本周五郎賞を受賞。選考委員の選評で「この本を手元に置いておくことすら怖い」と語られたことが話題となった。

タイトルの『残穢』とは、文字通り「残余の穢れ」のこと。過去に起きた“何か”が穢れとなってその土地に染み付き、ウイルスのように人伝てで感染し、怪異として現代へじわじわ侵食していく。穢れの元凶を辿ってみると、過去に起きた様々な事件へと繋がっていた。

その度に更に謎が謎を呼び、次第に触れてはいけない真実に足を踏み入れていく様がリアルでゾッとする。ページをめくるたびに厭な空気が滲んでくるし、この本を読んでしまっている時点で自分も穢れに感染してしまっているのでは…と気が気でなかった。

というのも、本作は小野不由美氏本人の視点かのように描かれる所謂ドキュメンタリー形式で進行していく。最後までフィクションなのか、ノンフィクションなのか分からない。それが明かされることもない。最後まで真実と虚構の間で右左に揺さぶられ続ける。

良く言えば未解決事件の記録を読んでいるかのようなリアリティがあった。怪談としてもよく出来ている。しかし悪く言えば、怪異を広めている可能性すらある本とも言える。作中でも穢れは呪いとなり、人々に取り憑き、怪談話となって人伝てで呪いが広がっていくと考察されている。読み終えると、選考委員が「手元に置いておくことすら怖い」と語った理由もよく分かった。

ただ面白くて怖いだけではないのが『残穢』の魅力。ホラーとしてもミステリーとしてもよく出来ていたと思う。久々にページをめくる手が止まらなくなる作品だった。


夏と花火と私の死体/乙一


★★★★☆(4/5)
同級生を突き落としてしまった少女とその兄が、死体を隠蔽するために画策する話。を、死体目線で語られる。

良かった!読みやすくて、しっかり怖かった。その「怖い」というのも心霊的な怖さではなくて、倫理観の外れた子供に対してゾッとしてしまう怖さ。「はやく見つかってしまえ!」という気持ちと、「絶対に見つかるなよ…」という気持ちが揺らぎ、スパイものを読んでいるかのようにハラハラドキドキしていた。絶妙に自首しづらい状況を作るのも巧い。オチは概ね予想通りだったけど、その予想通りにぞわっとさせられた。これがデビュー作なのすごい。


殺戮にいたる病/我孫子武丸

★★★★★(5/5)
ここ最近読んだ小説の中で一番面白かった。

自らの性欲のために猟奇的殺人を繰り返す男・蒲生稔。息子が殺人鬼なのではないかと疑いを持つ母親・蒲生雅子。愛する人を蒲生稔に殺された元刑事・樋口武雄。三人の視点から描かれるミステリー群像劇。

1ページ目。プロローグではなく、エピローグから始まり、見開き早々に犯人の正体が明かされるという衝撃。それからすぐ物語は過去に遡り、蒲生稔が殺人に目覚めてから逮捕されるまでを十章に分けて綴られる。犯人も分かっているし、なんなら犯人視点だし、一体これのどこがミステリーなんだ?と疑いそうにもなるが、最後まで読むとしっかり骨太なミステリーなのが分かる。

また、このミステリー要素を抜きにしても面白いのがすごい。蒲生稔のパートは一切妥協のないエロとグロで構成されており、その残虐性と生々しさから目を離すことができない。雅子のパートも家庭崩壊に対する恐怖や、息子を愛する気持ちが凄まじく、息子の部屋のゴミ箱を漁って使用済みティッシュを確認するなどの執着っぷり。やり過ぎな狂気がもはや心地よくて、他の小説では満足できなくなるのではないかと怖くなるほどだった。

元刑事・樋口のパートが一番淡々としていて、真面目な話になっている。ひたすら犯人を追いかけているだけなので、他の二人に比べると微妙に温度差があるが、終盤になる(犯人に近付いていく)につれてハラハラ感が増していくのが素晴らしかった。まるで韓国ノワールを観ている気分だった。

肝心なオチの部分は書けないが、ここまで大胆な叙述トリック、ミスリードを使われるといくら慎重に読み進めてても流石に気付けない。まさかたった一単語にここまでの秘密が隠されているとは思わなかった。最後の文章を読んだ瞬間はまず唖然として、放心状態になった。少しづつ点と点が線となっていき、全てを理解できたときに「物凄い本を読んでしまったのだ」という実感が沸いてきて、ぶわーっと全身に鳥肌が立った。

ラストとエピローグが絶妙に繋がっているから、すんなり2週目に入れるのも良い。描写が上手いから映像が頭に浮かぶし、テンポ良く物語が展開されていくからさくっと読めた。もうしばらく『殺戮にいたる病』の余韻に浸っていられそうだ。


方舟/夕木春央

★★★★★(5/5)
とある10人の男女が、山奥の地下建築「方舟」に訪れた。その際に地震が発生し、バリケードとして置かれていた大岩が出入り口を塞いでしまう。大岩は鎖で繋がれており、脱出するには地下二階にある巻き上げ機を回さなければならない。しかし、大岩を巻き上げると、その部屋の鉄扉を塞いでしまうため誰か一人が犠牲になる必要があった。地震の影響で地下水が流水してきており、一週間ほどで地下建築「方舟」は水没してしまう。そこで殺人事件が起きる。一人の死によって、その場にいる全員が「犯人が生贄になるべきだ」と思った。

まんまと騙された。想像以上の面白さ。『そして誰もいなくなった』や『十角館の殺人』と並ぶクローズドサークルミステリーの傑作だった。なにより各所でスマホが重要なアイテムとして登場しており、しっかりと現代版ミステリになっていて、差別化も図られている(今となっては珍しいことではないけれど、この手のミステリで電話が使えない以外にはスマホがスマホとして機能しているのはとても良かった)。


描かれているのは何も難しいことはない、非常によく出来た話。流れるように問題が起き、予定調和のようにスムーズに謎が解かれていく。少し緊張感には欠けるけど、非現実的すぎる題材ゆえに特に気にもならない。むしろ、それすらもミスリードになっているという巧妙さ。普通のミステリ作品が全てフリになっていた。

終盤「まぁこんなものか」と一度落としておいて、ラストにあの展開を持ってくる構成力には感心した。騙されたモヤモヤ感と、全ての謎が解けた瞬間の晴れ晴れしい気持ちが凄まじい余韻を呼び起こされた。圧巻。


祝山/加門七海

★★☆☆☆(2/5)
ホラー作家・鹿角南のもとに、旧友の矢口からメールが届く。そこには「肝試しをしてから変なことが立て続けに起こっている」と書かれていた。 著者・加門七海の実体験を基にしたモキュメンタリー・ホラー。

そんなに分厚いわけでもないのに、読み終わるのになかなか手こずった。実話を基にしているから仕方ないとはいえ、常に淡々としていて派手なことが何も起こらない。スピリチュアル的な話ではあるけれど、決して幽霊でも、怪異でもない。何か分からない不気味なことだけが続く。民俗学的な話題が出てきたりもするのが妙にリアルだったけど、他のモキュメンタリーホラー小説に比べると(特に『残穢』を先に読んでしまったので)少し落ちる印象だった。


水たまりで息をする/高瀬隼子

★★★★☆(4/5)
なぜか風呂に入らなくなってしまった夫と、それを傍で見守る妻。夫は水道水がカルキ臭いとか、肌に触れるとかゆい感じがするとかとにかく難癖を付けて水を避ける。しかし、ミネラルウォーターは飲めるし、浴びることもできる。雨や川の水で体を洗ったりもする。カルキが苦手ってまるで魚みたいだな、と思っていたら実際にそんな話も出てきたりして、痒いところに手が届く。

なぜ水がダメになったのかは最後まで結局明かされない。捉え方によってはホラーのような不気味さもあるけれど、自分はどうしても夫婦愛と人間らしさ、そして都会に疲れた人間の物語として捉えてしまった。夫は匂いのせいで街を歩けば避けられて、雨に濡れれば奇妙な視線を送られる。そんな夫を突き放すことなくむしろ理解してあげることを厭わないで主人公も、また都会の息苦しさにもがいている一人だった。

都会にいるとどんよりと薄暗いエピソードばかりが並べられるのに、主人公の故郷でもある田舎へ訪れた際には、文字の中からキラキラとした太陽の光や、それを反射させる川の情景が浮かび上がってくる。実際に見えているわけでもないのにそれがやけに美しくて、見とれてしまう。

夫も夫で全裸になって無邪気にはしゃぐし、目を輝かせて楽しんでいるのが分かる。途端に人間らしくなったように感じる。主人公は成り行きで仕方なく結婚したという風に語っていたけれど、彼女の視界を通して見せられる景色と夫の姿は決してそうは思えなかった。とにかくこの二人が愛おしくてたまらなかった。

ラストの解釈はかなり別れると思う。それぞれの章のタイトルがそのエピソードの中で危険なものとして扱われているのを察するに(「風呂」=「入れなくなる」、「雨」=「周りの視線が痛い」、「川」=「洪水が起こる」)、夫は洪水で亡くなってしまったのだと思う。最後に現れた魚は、大切にしてあげられなかった台風ちゃんや夫のメタファーだと受け取っている。


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