![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/153119834/rectangle_large_type_2_fb4c16da2532863618af62b888eb2228.png?width=1200)
Photo by
truthpenguin
【歴史20】カナダ史備忘録48(日系カナダ人・本間留吉・ジョイコガワ・ヒョウドウシミズ・バンクーバー朝日・レイモンドモリヤマ・デービッドスズキ)
カナダ史の学習内容を深めていきます。
①長い間にカナダにおける日系人の立場は弱かった。第2次世界大戦中は多くの日系人がブリティッシュコロンビア州山間部の収容所に隔離されたり財産を没収されたりした。
②日系人以外でも戦時中の差別的な政策を批判する声が広がった。結果として1988年にカナダ政府と全カナダ日系人協会(NAJC)との間で戦時中の措置に関する損害賠償協定が成立した。
③戦後の1948年6月には連邦で、1949年3月にはブリティッシュコロンビア州で日系カナダ人に対して参政権が認められた。背景には本間留吉という人物があった。
千葉県出身の留吉は1887年(or1882年)にカナダへ渡ると漁業に従事して日系人の漁業団体をつくった。
④日系人に参政権がない事に憤り私財を投げ打って法廷闘争に身を投じた。留吉は日系カナダ移民の父と呼ばれるほかにブリティッシュコロンビア州にはその栄誉を称え、彼の名を冠した公立学校があった。
⑤1970年代以降に多文化主義が定着していくとともにカナダ社会で活躍する日系人が増えていった。日系二世の作家ジョイ・コガワは戦時中の収容所体験をもとにした小説『Obasan』(『失われた祖国』)を発表した。
⑥戦時中に収容所での教育に尽力したヒデ・ヒョウドウ・シミズは教会での奉仕活動が高く評価され1982年にカナダ勲章を授与された。
⑦2003年には戦前のカナダで日系人が結成した野球チームのバンクーバー朝日がカナダ野球殿堂博物館に殿堂入りした。バンクーバーは朝日はカナダのみならずアメリカでも活躍したが開戦の影響で1941年に解散された。2014年にはこのチームを題材した『バンクーバーの朝日』は日本公開された。
⑧トロントのバータ靴博物館、オタワのカナダ戦争博物館、日本のカナダ大使館などの設計を手がけた日系二世の建築家レイモンド・モリヤマは英米の建築家協会の名誉会員に選ばれた。1985年にカナダ勲章を受章した。
⑨日系三世の生物学者で環境活動家のデービッドスズキはブリティッシュコロンビア大学名誉教授でカナダ放送協会(CBC)の科学テレビ番組『ザ・ネイチャー・オブ・シングス』でキャスターを長年務め1986年にユネスコが主宰するカリンガ科学省を受賞した。
■参考文献 『1冊でわかるカナダ史』細川 道久 河出書房新社
いいなと思ったら応援しよう!
![真のペンギン@意識低い系](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/165850134/profile_3b7ef28ebc2bb76da56cf7b17a6e1d06.jpg?width=600&crop=1:1,smart)