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【歴史21】スイス史備忘録25(防衛軍事協定・三十年戦争終結・農民同盟・第1次フィルメルゲン戦争・ルイ14世体制・傭兵契約同盟更新・武装中立宣言)

スイス史の学習内容を深めていきます。

①三十年戦争ではグラウビュンデン以外のスイス諸邦は中立政策をとっていた。中立であったがスイス領土には度々外国の軍隊が侵入してきた。1646年と1647年にはスウェーデン軍がボーデン湖岬に侵入してスイスの境界地帯を脅かした。

②盟約者団はスイス東部の町であるヴィールで会議を開いた。十三邦の同意を得た防衛軍事協定を締結した。十三邦、従属邦、共同支配地による共通の軍事組織の編成が可能になった。

③三十年戦争は1648年に終結した。講和条約であるウェストファリア条約でスイスは神聖ローマ帝国からの分離が承認された。これは事実上の独立であった。三十年戦争中のスイス経済は農産物輸出や傭兵契約で好景気だったが戦後は不況だった。

④1652年にベルンやルツェルンが貨幣の価値を切り下げて新しい税金の導入をはかった。農民たちは団結して1653年4月に宗派を超えた集会を開いて農民同盟を結成した。

⑤貨幣価値の切り下げに対する補償や臣従地でもランツゲマインデ(家長たちの住民集会)を開催する権利を求めたがこの反乱は6月に鎮圧された。多くの農民が処罰された。

⑥1655年にシュヴィーツ領アルトに潜んでいた改革派の処刑と追放が行われると情勢は変わった。チューリヒはカトリック諸邦を攻撃して共同支配地トゥールガウを占領した。

⑦ベルン軍がフィルメルゲンでカトリック側に敗北して戦争続行が困難となった。これが第1次フィルメルゲン戦争である。

⑧フランス国王ルイ14世は盟約者団との傭兵契約同盟を1663年に更新した。傭兵を提供する諸邦にはフランスから多額の契約金が支給された。盟約者団の各邦はフランスから穀物や塩などの必需品を低関税で自由に輸入する権利を得た。

⑨ルイ14世体制ではフランスの勢力圏の拡大のために北アメリカ大陸やアジアに領土を求めてスペインやオランダやイギリスなどの戦争をくり返していた。ルイ14世の在位期間に12万人以上のスイス人傭兵が動員されたと云われている。

⑩1674年にはフランスはスペイン・ハプスブルク領のフランシュ・コンテを占領した。スイス諸邦は武装中立の宣言をした。外国の軍隊がスイス領内を通過する事を認めない方針をとった。

⑪フランスは1681年にチューリヒ、ベルンと同盟関係にあった帝国都市ストラスブールを占領した。ライン川を通じて外部から穀物や塩を輸入するルートはフランスが抑えていた。こうして盟約者団は結束強化をはかった。

■参考文献 『1冊でわかるスイス史』踊 共二 河出書房新社

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