#045.日常生活の範囲でトランペットを演奏しよう
トランペットとスポーツ
経験則ですがトランペットを演奏することとスポーツをすることが同じカテゴリーと思っている人が多い気がします。
結論から言えばこれらはまったく違うフィールドにあります。スポーツは人間が日常的に使う身体能力を超越したところで行うため、例えばトレーニングをしていない人が100kgのバーベルをいきなり持ち上げることはできませんし、初めてスケートリンクに来た人がトリプルアクセルを披露することは不可能です。
そうした人間の身体能力の限界と求めるところにスポーツの面白さがあるわけで、一方トランペットは、僕がレッスンで「その辺を歩いている人に声をかけ、数分もあれば(ある程度健康な身体的条件が整っていれば)誰でも音を出すことができる」とお話しすることからも、トランペットから音を出すために必要最低限の条件が日常生活の動きの範囲で十分であることがおわかりいただけるかと思います。
では具体例を2つ挙げてみましょう。
呼吸
呼吸に関しては吹奏楽部を筆頭に、本当至るところでたくさんの話題が出てきています。「呼吸法」などと仰々しい言葉を使うこともあり、まるで修行を重ねて体得せねばならない必殺拳法のよう僕には聞こえてしまいます。「〇〇法」という言葉は、まるで独自に編み出したもののように聞こえるため、それを商品化している方が音楽業界に限らず存在している現実があります。
呼吸は生命維持活動です。管楽器を演奏する際、その生命維持活動とどのように向き合うのか。それを考えることが演奏時の呼吸には絶対に必要です。
また、管楽器を演奏するための呼気の解説でよく使われる「ロウソクの火」ですが、誰の話を聞いても、どの本を読んでも「火を吹き消す」ことを前提としているのですが、私は「目の前にあるロウソクの火を消さない程度のアパチュアから出る空気の流れ」でトランペットから音が出せる(アパチュア部分の唇を振動させられる)セッティングバランスで演奏するべきだと考えています。
舌
舌はタンギング、音色、音域変化などトランペットを演奏する上で重要な役割を持っています。しかし過剰に力をかけ、ガチガチに固まってしまい、演奏に影響が出ている方が多くいらっしゃいます。
しかも舌はアゴや喉、表情筋や鎖骨などと関係が深いため、舌の過剰な力は呼吸を不自由にさせたり、音色やフィンガリング、音域変化などを不利な方向へ持っていき、本来起こることのないバテまでも誘発してしまいます。
ですから、舌に関しても日常の最も普通の状態(人間の舌が正しくリラックスした状態)からスタートして考え、求めていることを実現するための最低限の動きや変形に留めることが大切です。口の中はとても狭いですから、丁寧に繊細に動かさなければ良い結果になりません。
大切なのは強い筋力ではありません
このように体の全ての部分において、スポーツで求められるような限界を突破するための筋力は原則必要がありません。大切なことは、理想を実現するために必要な要素が何であるかを理解する理論的知識と、それらの分量バランスです。
人間は何かできないことがあると「不足している」と考えがちです。テストの点数が低ければ学力が足りないと考えるし、重いものが持てなければ筋力が足りないと考えます。確かにそれらは間違ってはいないこともありますが、トランペットに関してはおよそ不足していることよりも足し算のしすぎでバランスを崩してしまっていることのほうが多いのです。特にハイノートを出そうとして失敗した時の足し算がしすぎな場合が多いです。
中でも最も顕著なのが先ほど話題に出ました「腹筋」です。特に吹奏楽の世界では腹筋というワードがたくさん出てきますが、たくさんある腹筋の中から、腹直筋を6つに割るためのトレーニングを管楽器の演奏時に必要な筋肉であると勘違いして、空気の流れを喉でせき止めた状態で楽器を演奏している人が非常に多いです。喉で空気の流れを遮断するために、肺から口の奥までの空間の空気圧を高めることができず、思ったように演奏コントロールができません。また、喉で締めているためにとても苦しくなるので、感想として「トランペットって苦しいね、体力いるんだね」と勘違いしてしまっている場合があります。
理論優先にしない
体の知識は必要ではありますが、そうした知識や理論を最優先・最前面で考えてしまうのも問題です。理論というのはいわば地図のようなもの。地図だけを凝視していても知識は増えますがそれだけです。大切なのはまず目的地を定めること。何をするために楽器を吹こうとしているのか。要するに「音楽的」でなければ意味がないのです。
レッスンをしていて、今回のお話をした直後に演奏してもらうと、とても良い状態で演奏できる方がいらっしゃる一方で、体を使うバランスに一時的に混乱してしまい、不安定になる方もいらっしゃいます。後者は「これからトランペットで何をどのように演奏するのか」というプランがない状態で音を出してしまっています。
トランペットは音楽をするための道具ですから、絶対に「音楽的」であることを忘れないでください。
僕がレッスンでいくら理論的なお話をしたからと言っても、その背景(頭の中)には必ず明確な「音楽の完成図」が描かれていることが前提です。
それではまた次回です!
荻原明(おぎわらあきら)