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掌編小説『秒で恋に落ちた』 一話完結
教室では
ある時から
自分の席は必ず
校庭が見下ろせる
窓側の席になるようにした
担任にはチョークの粉に
アレルギーがあるようなので
風通しの良い窓側にしてほしいと
ダメもとで頼んでみた
拍子抜けするくらい
あっさりと認められて
窓側の黒板から遠い
一番後ろの席が
私の指定席になった
本当の理由は
誰にも明かしていない
この手の話は誰かに話したら最後
クラス全員に広まると分かってたから
誰にも内緒だよ
絶対に私から聞いたって言わないでね
信じてるから教えるんだから
そんな枕詞をつけて
実に色んな情報が入って来る
本当の理由は
校庭にいる一学年上のあの人の姿を
一目でも見たいから
晴れた日のお昼休みや
覚えてしまった体育の授業時間に
校庭を駆け回る姿を
ずっと目で追いかけていた
アイドルなどには全く興味はなくて
自分は無性愛者と信じてた
あの人に出会うまでは
明日から夏休みが始まる学期末の日
図書室で借りられる限度の本を
厳選していた
悩み抜いて決めてたら時間が遅くなった
天気予報は夜から雨だったのに
夕刻前には空が暗くなり
上靴を履き替えて校舎を出ようとしたら
土砂降りになっていた
立ち尽くす私の右肩の後ろから
音もなく傘が出てきた
肩越しに振り返るとあの人が立っていて
たくさん借りた本
濡らしちゃだめだよって言いながら
私の手を傘の取っ手に繋いでくれた
一連の流れがあまりにも自然だったから
気付いたら私は傘をさして立っていた
あの人は土砂降りの雨の中を
頭にスポーツタオルを巻いて
すごいスピードで駆け出していった
その姿を目で追いかけてたら
私は秒で恋に落ちた