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スポメニック巡礼(下)
前回の続き
「旧ユーゴ僻地の巨像スポメニックをこの眼で見たい」という衝動に駆られ、私の旅は始まった。2022年11月のことである。拠点であるドイツからスロベニアまで夜行バスで向かい、そこから先はレンタカーを使ってクロアチアへ入国。ポポヴァチャという小さな村で一泊した翌朝、深い霧に包まれながら、赤い小さなマニュアル車で村を北上。10 kmほど走って山を二つ越えると、ポドガリッチ(Podgarić)という集落にたどり着いた。
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ポドガリッチのスポメニック
その巨像は、集落の高台にある祭壇に鎮座していた。
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こんなにも美しいものが、世界の片隅にひっそりと存在しているという事実に敬服する。そして、かつてスクリーン越しに見たものと、約10年の時を経て対面できたことに喜びを噛み締める。私はここまで来たのだ。
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ここはクロアチア辺境の集落。周囲は見事な静寂に包まれており、荘厳な雰囲気さえ感じられた。ひんやりと湿った空気の中、ひとしきり眺めてその光景を目に焼き付けた私は、ふたたび車へと戻った。
ヤセノヴァッツのスポメニック
スポメニックというのは旧ユーゴの巨像群の総称であり、このほかにも多くのものが(押し並べて僻地に)ある。車で行けそうな範囲にもう3つほどあったため、それらもちゃんと見て回ることにした。すなわち巡礼である。その日はまだ午前中だったため、少し遠いが、ヤセノヴァッツ(Jasenovac)という場所へ向かうことにした。ここはかつて強制収容所があった場所で、第二次大戦の暗い歴史を後世に伝える資料館がある。その資料館の隣には、巨大な花の形をしたスポメニックがそびえたっているらしい。
相変わらずの曇天の下、しばらく車を走らせる。クロアチアの田舎道は信号が殆どなく、車もあまり走っていなかったため、ヤセノヴァッツには案外早く辿り着けた。まずは資料館へ足を運ぶ。入館料はいくらだろうかと逡巡していると、外を掃除していたおじさんが「Free!」と声を掛けてくれた。
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資料館を見学した後、隣接する芝生広場に向かった。花のスポメニックはすぐに見つかった。
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こちらもやはり巨大で、どっしりと等方的に広がる花弁には、しなやかさと力強さが共存している。
同じくここに来ていたセルビア人の男性と、少し言葉を交わす。
「こんにちは、どちらから来たんですか?」
「日本から。あなたは?」
「セルビアから。あなたもこれを見に?」
「ええ。」
「ちょっと写真を撮ってくれますか?…OK、ありがとう。ではお元気で。」
広大な敷地をぶらぶらしていると、遠くから大きな犬がこちらへ歩いてきた。舌を出してニコニコしながら近づいてくる。ついしゃがんで出迎える体勢を取ったけれど、犬は視線をこちらへ向けることもなく、ニコニコ顔のまま私の真横をのんびりと通り過ぎて行った。呑気なものだ。
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ボスニア・ヘルツェゴヴィナ
休暇はあと一日だけ残っていたので、近くでもう一泊していくことにした。ボスニアとの国境が近かったため、折角だからボスニアに入国してみた。
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ドライブスルー式の検問所で、クロアチアの出国審査を受ける。クロアチア側の審査を終えると、すぐにボスニアの入国審査がある。さすがにこんな辺境にアジア人が一人で運転しているのは怪しいらしく、変なものを密輸していないか車内をチェックさせられた。
ボスニアでは、ボサンスカ・ドゥビツァ(Bosanska Dubica)という町で一泊した。ここは、どうしようもなくさびれた町だった。EU圏から遠ざかるにつれ、次第にかつての社会主義的な雰囲気が色濃くなっていく。老朽化した建物やガレキの山が町の至る所にあり、石壁にはちょび髭をはやした軍服の偉人が描かれている。その時代に生きていたわけではないのに、ノスタルジーを感じてしまうのはなぜだろう。
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全く縁もゆかりもない土地を放浪すると、何者でもない存在になれる。自分はいま、何の束縛も受けていないという事実を認識する。
小さなスポメニックたち
翌朝、ボスニアの国境を出て、再びクロアチアへ入国する。相変わらず晴れ間はなく、雨がしとしと降っていた。出発地点であるスロベニアへの帰路を走りつつ、二つのスポメニックに寄り道した。
どちらも何の変哲もない場所に、打ち捨てられたようにひっそりと存在していた。一つは、小さな児童公園の敷地内に佇む、針のようなスポメニック。
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もう一つは、国道沿いの茂みの中に鎮座する、星型のスポメニック。
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雨に濡れながら、それらをぼんやりと数分間眺める。満足したら車に戻ってエンジンをかける。ただそれだけ。その時なにを思っていたのかはもうよく覚えていない。まるで墓参りをしているような陰鬱さだが、私はこの感傷を求めてここまで来たのだと思う。
その後、長時間の運転を経て、スロベニアへ再入国する。マニュアル車・左ハンドル・右車線の三拍子にもすっかり慣れ、軽やかに帰り道を走り抜ける。
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レンタカーを返却し、拠点ドイツへ戻るための夜行バスを待つ。しばらく時間があったので、リュブリャナの街を見て回った。観光地の活気に包まれる。緑色にライトアップされた川が印象的だった。
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ひとしきりあたりを見て回って、ドイツ行きの夜行バスへ乗り込んだ。私のスポメニック巡礼の旅はここで終わりである。翌朝、私は淡々と研究所での仕事へと戻っていった。
決してドラマチックな旅ではなかったし、随分とマニアックなので、その思い出を他者と分かち合うこともない。それでも私は心の底から満たされたし、あの不思議な時間を忘れることは無いだろう。