読書の記録:『くもをさがす』読了
読了 『くもをさがす』 西加奈子著 河出書房新社刊
1540円(税込み)
作家の西加奈子氏が居住先のカナダはバンクーバーで乳がんを患い、慣れない異国の医療事情やコロナ禍と闘った日々を綴ったノンフィクション。
こう書くと、ひたすら辛い内容だと思われそうだけど、けしてそうではない。彼女がバンクーバーで出会った、優しく頼もしい友人たちの心強い支援や、患者の名前をまちがえたりとやや雑ではあるけれど温かい言葉と行動で彼女を励ましてくれる医師や看護師たちの様子が明るく軽快な筆致で描かれていて、読んでいるあいだ何度も心がほぐれ、そして大いに笑わせてもらった。なにしろ、ほぼすべての登場人物たちが、関西弁でしゃべっているのだ。もちろん、カナダの人々は本当は英語で話しているはずだけれど、関西弁になると、どんな深刻な内容も漫才にきこえてくる。私もむかしワーキングホリデーで1年間バンクーバーで暮らした経験があり、神戸から来た女子学生さんがいつも関西弁でホストファミリーの様子を話すのをきいて爆笑したものだ。
ちなみに著者が暮らしているキツラノ地区は、私もしばしばバスに乗って出かけていき、海岸でのんびりとくつろいだり、マットを敷いて読書をしたりして過ごしていた。
本書には闘病の記録とともに、カナダでのコロナ禍の様子、薬物依存者へのオープンかつ温かい視線、LGBTQコミュニティとの共生への考察が語られていて、彼我の違いを痛感させられる。そして数ページおきに、そのときどきの著者の思いを昇華したかのような、様々な文学作品からの引用が散りばめられ、著者への共感がぐっと高まる。
私自身は今現在、更年期やらめまいやら胃もたれやらに悩まされながらも、とりあえず五体満足に生きている。でも周囲には闘病中、あるいは病を乗り越えて、病気になる前よりいっそう溌溂と生きている友人知人がいる。彼ら彼女らも、西加奈子氏と同じように過酷な時間を過ごしてきたのかと思うと、頭が下がる。私はそうした人たちのために何もできなかった。本書では、闘病中の著者とその家族の食事を交代で作って届けるMeal trainなる習慣が紹介されている。なんて素敵な応援だろう。料理に自信はないけれど、これなら私にもできそうだ。
読んでよかった。心からそう思える一冊だ。人というのは逆境にあってもここまで強く、優しく、たくましく、前向きに生きていけるのだと教えてもらった。そしてカナダという国の魅力を再発見した。この投稿の冒頭に本の値段を書いたのは、たったこれだけのお金で、これほど多くの知見を得て、それまで知らなかった世界を垣間見て、それまで考えもしなかった思考を広げることができるからだ。
本はいいよ、やっぱり。