【気まぐれエッセイ】イケていなくてはならない
イケていなくてはならない。
この、言葉にしてしまうとクソダサい強迫観念に、私は随分と長い間囚われていた。少し早めの第二反抗期を迎えた小3の二学期くらいからわりと最近までだから、かれこれ20年以上もの間……。
イケているということの意味は漠然としていて、理想のイケてる女像は、年齢と共に少しずつ変わってはいったけど、とにかく私にとって「ダサい」とか「イタイ」とかって言葉は、最も贈られたくないものだった。「嫌い」って言われるより、ずっとずっと嫌だった。
それなのに自分の容姿や経験、センスに自信が持てなかった私は、とにかくダサくなっていないか、イタくなっていないかを異常に気にして、自分よりカッコイイと思う人たちを基準に、自分を修正してきたのだ。その生き様こそがダサくてイタいのにね(笑)。
31歳の今も私は、やっぱりイケていたい、と思う(笑)。
でもイケているの定義が、昔とは少し変わった。というより、確立されたと言ったほうがいいかもしれない。月並みだけど、中身がギュッと詰まっていて、それが最も自分らしい形で自然と表に溢れ出しているような人が、男女共にイケていると今私は感じているし、それを目指すことは、昔よりずっと楽しく満ち足りた気持ちにさせてくれる。
もう自分を、イケてる誰かに合わせて修正する必要なんてない。ダサささもイタさも、こっそり抱きしめてあげよう。
そんな風に思える今の私は、自分史上最高にイケていると思っている(←苦情は受け付けません (笑)。あくまでも自分との比較だから許してね(笑))。いくつになっても「今が1番」そう思っていたい。
うん、私はやっぱり、死ぬまでずっとイケていたい。
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