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ドストエフスキー「賭博者」感想文


自分で働いて得たお金だったら決してルーレットの台にはのせないだろう。

労働の伴わない降って湧いたようなお金であれば、何も考えず大金をのせる。しかもそれが倍になってしまったら、一瞬の幸運が興奮に変わり、更に欲望へと繋がり、そして全てを失う。

その怖さと滑稽さが細部に克明に描かれていた。

「賭博」という字も初めて書いたくらいだから、私には縁がなくて良かった。

人間の欲と弱さはいつ飛び出すかわからない。

登場人物ほとんどが金欲にまみれ謎だらけで、 誰が債権者だか債務者だかが混み入っていてわからず、さらに皆狡猾で策略家に見えて、企みばかりが先行しているようで、だんだん引いていってしまう自分がいた。

それぞれの事情があまりはっきりと書かれていないので、頭の中で整理しなくてはいけないし、さらに恋愛が絡みますます複雑になる。

はっきりして来たのはラスト近くのアレクセイとミスター・アストリーとの会話であった。

ドストエフスキーが口述筆記で素早く完成させたといわれているこの作品の凄さがラストでわかった。

ポリーナの奴隷になるアレクセイ。
彼女の為に勝負をするが「自分のためにルーレットをやりたい」と思っているのに、この関係からは抜けられなかった。
彼はポリーナの前ではなぜか自信が持てないのだ。
それは彼女を崇拝するように愛いしていたからなのか。

その最中、ルーレットの勝負で見出したものがある。

引用はじめ

「わたしは観察し、心に留めておいた。もともと確率の計算なぞかなり小さな意味しかなく、多くの賭博王が付している重要さをまったく持っていないような気がした。━  中略 ━
おそらく確実と思われる一つの結論をひきだした。実際、偶然のチャンスの流れの中に一つの体系とこそ言わぬまでも、何か一種の順序の様なものがあるのだ」 新潮文庫 p.47

引用おわり

アレクセイは、計算づくで勝負に臨んでも、計算なしに勝負している凡人と負け方は同じことを発見したのだ。
そして観察し続けた。その規則性を知ってしまった。

そしてあの大勝負の「恐ろしい快感」を味わってしまう。このような発見が真実であると思い込み「勝てる」という意識を植え付けてしまう。そして本当に勝った。
すべてはポリーナのための勝負だった。

最後のアレクセイとミスター・アストリーの会話の中で、ポリーナはアレクセイを愛していた事実はあったとは思うのだが、アレクセイの思う通り、「デ・グリューがかつては洗練された侯爵として、失意のリベラリストとして、また彼女の家族と軽薄な将軍を援助したために破産した人間として後光に包まれて彼女に前に現れた」p.305 と、もしそれが事実だったら、やはりポリーナはアレクセイを愛する前に、デ・グリューを愛していた。そうか、将軍を救ったデ・グリューの背に黄金を見るほどに、心酔していたポリーナがいたのだ。彼はその時ひとりの救済者だったのだ。そこで納得した。
途中感じられれる部分が何ヶ所かあったがミスター・アストリーへの彼女の愛と憎しみは表裏一体であり、それが彼女を苦しめたのだ。アレクセイに入るすきはない。

考えられないほど、男性に媚びを売り続けるブランシュ、何かに頑なに抵抗しているようなポリーナは対照的である。しかし共に男性を奴隷のようにかしづかせるのは似ている。
ポリーナは何を恐れ何を成し遂げたかったのかがはっきりしない。ただ大勝負で勝って大金を持ち帰ったアレクセイのお金を彼になげつけた姿は、最後の彼女の意地とプライドだったのだろう。

男性を騙しながら、計算高くお金を巻き上げていくブランシュも、都合よくアレクセイがルーレットで勝ち得たのお金も全て使い果たしてしまう。彼女には信念はない。

しかしアレクセイの良さも認めたり、一文なしでたどり着いた将軍も最後まで面倒看るようなブランシュの普通の姿が見え隠れして、彼女を僅かに理解できるような気がした。
彼女は、いつか自立する基盤を狡猾さも混じえつくり出そうとしていた。これが彼女の信念なんだ。
愚かにも見えるが、自分の思い通りに思い切り生きている。

ポリーナがデ・グリューとの関係に、また金銭面と家族との関係に繊細に悩み病んでいく姿と、およそ善意や慈悲とは縁遠い小麦色の肌に象徴されるような、力強く生き残って行くしたたかさを持つブランシュの生き方が、二人を補色のようにくっきりさせた。 
ポリーナが誰を愛していたか。
「賭博者」という題名から来るイメージとはちがい、人の心の機微がこちらの想像力をかき立てた作品であった。

ミスター・アストリーが、「労働が何であるかを理解しないのは、別にあなたが初めてじゃないんです」とアレクセイに言う。全編に関わる大事な言葉である。
イギリス人が見つめるロシア人像であり批判めいている。

やはりは働いて稼いだお金が尊いのだと思う。そしてそれをどう生かすか。

ミスター・アストリーは「砂糖工場ローヴァー株式会社」の経営に参加している。 彼こそ自ら稼いだ資金で人を助けている。愛しているポリーナからは愛されずに。

イギリス人気質が伺える頼もしさ。最後まで全体を冷静に見ている唯一の人物だった。

「賭博者」の題名から一致するものは、アレクセイとアントニーダのルーレットの白熱の勝負シーンてで、それらの面白さもさることながら、人間の内面の部分が多く描かれていて圧巻だった。

「カラマーゾフの兄弟」も読んでみたい。

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