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「うらおもて人生録」 色川武大 感想文
今日も仕事を終えて、何とも言えぬ「満足感」に浸り、清々しい気持ちて帰る、という日は、1年間の内、指3本で足りるほどしかない。
どちらかというと「敗北感」でため息をつきながら、それではいけないとまた胸を張り前を向く。
「明日また頑張ろう」と繰り返し思う。
この胸を張るということが、色川先生の「しのぐ」ということなのだと感じた。
そうでないと、とうに潰れてしまっていたと思う。
引用はじめ
「昨日と同じ今日がすごせるということは、もうそれだけで、昨日の自分を維持するだけの力を使っているんだな」新潮文庫 p.287
「お互いに無意識にでもそうやって昨日の自分を持ちこたえていきたい。出来れば一昨日や昨日よりも、ペースを上げて他の人より半歩も前に出たい。
これがしのぐってことだな」p.288
引用おわり
落ち込んでも翌日は、会社に行っているということは、無意識にしのいでいるということ。「持ちこたえている」というこの言葉が胸にズシンと響いた。
そして確固たるものではないが、少しでも昨日よりは良い仕事をしたいと、姿勢を正しているような自分がいるのだ。
これが、知らないうちに「にらみあっあって一線を維持している恰好」になっているという。
どちらかに偏らない自分の維持と意地が我が身を支えていた。
「後退しないで皆と一緒に歩いて行く。これが実に大切なんだね」 p.288
私の日常は、ささやかであるけれどこの「しのぐ」ことを繰り返してきたのだと、これまでの長い毎日を思い顧みて、胸のつかえが下りた気がした。
後退しないことがより一歩前へ進むこつなのだ。
そして「皆と一緒」という言葉に作者のあたたかい体温を感じた。
私の好きな向田邦子先生が、
「ここぞという時に頑張れない。力が発揮出来ない」とエッセイでよく言われていた。
「大事な時にチャランポランになれる能力。チャランポランというよりリラックスかな」p.292
そのリラックスがゆとりとなり威力を発揮する。さらにそれが自然にスケールに見えて来る。
「しのぎ勝つ」それが出来ればチャンスは来るのだ。
向田先生は、そそっかしそうな弱点として捉えていたと思うが、実はしのぎ切っていた人だったから、人生に勢いがあったのではないかと、その生涯を思った。
この作品を読んで、いつも感じるのは、裏社会を知って、その中で生きて来た人が、なぜ素直で優しくて、そして人生の達人なのであろうかと。
そして狡さがなく、可愛いような、幼いような、正しい目線は、なぜずっと変わらなかったのだろう。
幼児期の両親をはじめ、多くの人々の愛情をしっかり自分に浸透させることの出来た作者であり、その心の発達過程を見るような作品であった。
永久保存版として、生涯大切にしたい一冊である。
また、折折に読んで発見したい。