「ヒロシマ・ノート」 大江健三郎 感想文
「平和運動」に参加し演説している大江健三郎の姿は、その運動の真の意味を知らない私のような者にとって政治的な偏りを感じさせるものだった。
今回「ヒロシマ・ノート」を読み、その偏りが払拭された。広島、原爆、被爆者について、最も根源的なものを追求しいるその姿を、このルポルタージュで読みとった。
彼は被曝された一人ひとりを根気よく見つめ、深く心の内を考え、被爆してない人間に何が出来るのかを必死に踠きながら探し続けているようだった。
引用はじめ
「自分が他人の自殺を静止する資格を持つ人間であるかどうかを、つねに疑わないではいられない。僕は無力感のカビに腐蝕される。そしてそのような僕は、広島の、それでもなお自殺しない人々の存在に深く根源的で、徹底して人間的なモラルの感覚を見出しては勇気を恢復するのである」(岩波新書 p.76
引用終わり
苛酷な状況な中に、屈伏しない人々がいる、そこから逃げない人がいる。「威厳」を持つ人々に、作者は支えられているのだと思われた。
死を賭してまで屈伏しない、また死に至るまで抵抗する人間に自分はいつなれるだろう、とも書いている。
「絶望しすぎず、虚しい希望に酔いすぎることもないという人間」(p.123)、そんな人々がいることを発見して、広島の生きる希望が存在したと語られていた。
自ら被曝して、体の一部を失っても、尚、治療する医師たち、援護できる人々がいることに希望を持たずにはいられない。
四歳で被曝した青年が、二十歳で白血病にかかり、二年間就職し、本当に生きようとしてそれを全うし、苦しみの果てに死亡した。そして恋人は後を追い睡眠薬による自殺体として見つかったという悲惨な事実。
「彼女はみずからの意志において、この被曝した青年の運命に参加し青年の死後まさに彼女が青年にたいしてとりうる全責任をはたしたのである」(p.153)。
四歳で被曝した、その幼児が、「みずからの肉体において国家の責任をひきうけたのであった」(p.153)
という恐ろしい言葉に凍りついた。
屈伏しなかった「正統的な人間」、重藤文男原爆病院院長も、激昂した金井中国新聞論説委員も、被爆者にとって、何が一番重要かを考え抜き実行してきたのだと思う。
「人類すべてのかわりに自分たちが体験した、原爆の悲惨を逆手にとり、自分の恥あるいは屈辱に、そのままみずからの武器としての価値を与えようとする人々」(p.100)
「恥、屈辱」、この言葉の重みをあらためて考え直さなければならない。
政治に対する目線、広島の人々の悲惨な状況、どんな些細な真実をも見逃さないように接し寄り添う姿勢、大江健三郎という作家の想像以上の真の姿を「ヒロシマ・ノート」で見つけた。
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