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『吹けよ春風』(1953年1月15日・東宝・谷口千吉)

 みんな大好き、谷口千吉&三船敏郎コンビのハートウォーミングな快作『吹けよ春風』(1953年1月15日・東宝)が、2025年1月22日に東宝からDVDリリースされる。これは本当に楽しく、ウキウキする作品。脚本は黒澤明と谷口千吉。リーダースダイジェスト日本語版に掲載された「バックミラーに映る人間性」。三船敏郎のタクシー運転手が、バックミラー越しに観た、乗客たちの様々な人間模様。芥川也寸志の音楽が軽快で楽しく、越路吹雪と三船敏郎が歌う劇中歌「黄色いリボン」の替え歌「黄色いタクシー」がつい口をついて歌ってしまう。

 昭和28(1953)年、タクシーの初乗りが100円だった時代。佃の渡しから、たくさんの子どもたちが「みんなで集めた100円」で、「100円分載せて欲しい」と頼んでくるエピソードが実にいい。十人以上の子供たちが押し合いへし合い。銀座四丁目から中央区界隈を流していく。自動車に乗ったことがない下町の子供達。石川島播磨造船所で働く人々の足として、築地の対岸の佃島まで、江戸時代から続いてきた「佃の渡し」が機能していた時代。

定員オーバー^_^

 この映画は車窓からの風景が何よりのご馳走。トップシーン。小泉博と岡田茉莉子の婚約カップルが車内で喧嘩をしている。岡田茉莉子は大変な剣幕で婚約破棄のクライシス、しかし・・・というオチは、4コマまんがみたいで楽しい。彼らが降りるのは新橋の烏森口の飲食街のあたり。

小泉博、岡田茉莉子

 そぼ降る夜の雨。トランクを下げて思い詰めた少女(青山京子)を載せて東京駅へ向かう。夜の東京ロケーション。東京駅丸の内北口にタクシーが停まり、人混みの中に少女が消えていく。松村運転手(三船)は、彼女が悪い男に騙されてパンパンに売り飛ばされないかと心配でならない。案の定、声をかけてくるのがいかにもスケベそうな男(谷晃)。観客もドキドキする瞬間である。正義漢の松村は、心配になって東京駅へ戻ってくる。まだあどけなさが残る少女を演じた青山京子は、玉川聖学院在学中、丸山誠治監督『思春期』(1952年)のオーディションに合格、東宝入りした。最初は中西みどりの本名でデビューしたが、ほどなく青山京子となる。

 松村が、寒いしお腹が空いているだろうと行きつけの蕎麦屋で、少女のかけそばを奢る。三船敏郎が実に美味しそうに蕎麦をすする。いかにも労働者という感じがいい。このエピソードの最後に少女がタクシーに忘れていった手袋が、ラストのクリスマスの銀座のシーンで生きてくる。フランク・キャプラの映画のような多幸感。この映画を繰り返し観たくなるあと口の良さである。

青山京子

 モノクロ映画なので、松村のタクシーの色には、最初はあまり意識していないが、越路吹雪が登場する、本作のハイライトとなるエピソードで、それが「黄色」だとわかる。有楽町日本劇場で出番を終えたレビュー・スター、淡路ひかる(越路吹雪)が、相当な数のファンの「黄色い」歓声に包まれて、なんとか松村のタクシーに乗り込む。次の出番まで、静かにクルマで過ごしたいという彼女は「黄色い」服を着ている。松村は彼女のために「黄色い」銀杏並木のある神宮外苑まで「黄色い」タクシーを飛ばす。松村には妻子があって、奥さんが淡路ひかるの大ファン。手帳にサインを求められた彼女が、松村が作詞した「黄色いタクシー」の替え歌を歌い出す。

渡辺仁設計による日本劇場
越路吹雪

 このあたり、パラマウントの音楽映画みたいで楽しい。モノクロ画面がいつしか総天然色に見えてくるのがいい。谷口千吉の盟友で共同脚本の黒澤明は『素晴らしき日曜日』(1947年・東宝)のクライマックス、日比谷の音楽堂で、沼崎勲と中北千枝子の貧しい恋人たちが無人の音楽堂で「未完成交響楽」の演奏が聞こえてくるシーンでは音がないのに音楽が聞こえてきたが、ここではモノクロ画面で色を感じさせてくれる。

 といった感じで、次々と東宝スターが登場して、微苦笑と共に心温まるエピソードが展開される。なかでもおかしいのが、藤原釜足と小林桂樹の酔っ払い二人。六大学野球で早稲田が勝利をして上機嫌の小林桂樹が、酔って早稲田の校歌をがなり立て、しまいには走行中のクルマの窓から屋根に上がり反対側の窓から戻ってくるという危険なことを始める。「どんなもんだい!」と特異顔の小林桂樹。のちに『サラリーマン清水港』(1962年・松林宗恵)での酔っ払いサラリーマンのプロトタイプというか、とにかく悪ノリがおかしい。

藤原釜足、小林桂樹

 このタクシーの窓から出て、また戻ってくるというのは、喜劇王・エノケンこと榎本健一が酔っ払って、走行中のタクシーから降りて、走りながらぐるりと一回りして、反対側のドアから入ってきたという伝説の芸のビジュアル化でもある。車内では、藤原釜足が子供土産の玩具で、三船敏郎をしつこくからかう。戦前、P.C.L.で元祖サラリーマン映画に主演していた藤原釜足と、戦後、東宝サラリーマン映画を担っていく小林桂樹の共演は、いかにも東宝娯楽映画の伝統を感じて楽しい。

 この他、築地市場から伊勢海老を買い込んできた、小川虎之助と三好栄子の老夫婦のエピソード。横浜から帰途、シスターボーイのような口調の強盗(三國連太郎)が乗ってきて、拳銃を突きつけられる活劇篇。そして新橋銀座口から、最後の引き揚げ船で中京から復員してきたらしい山村聰と、彼の不在中、三人の子どもを育ててきた山根寿子夫婦のエピソードがクライマックスとなる。銀座から皇居、丸の内を周って千住の自宅へ。銀座から下町へ、車窓の風景は、時層探検者としては何よりのヴィジュアル。千住大橋を渡るシーン、スクリーンプロセスでの車窓風景が素晴らしい。この山村聰のエピソードが実に感動的。そうした「ちょっと良い話」が、観客をワクワクさせる。

山根寿子、山村聰

 谷口千吉&三船敏郎のコンビ作は、数あれど。最高の一本である。2025年1月22日に東宝からDVDリリースされる。2025年1月22日に東宝からDVDリリースされるが、ジャケットの三船敏郎と越路吹雪のツーショットにこの映画の楽しさが溢れている。


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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