佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所

娯楽映画のあれこれを綴ってまいります。近刊「クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル」(シンコーミュージック)、「石原裕次郎 昭和太陽伝」「みんなの寅さんfrom 1969」(アルファベータブックス)、「寅さんのことば 生きてる?そら結構だ」(幻冬舎)

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「P.C.L.映画の時代 ニッポン娯楽映画の源流 1932-1937」(フィルムアート社) 10月26日刊行!

 子供の頃から「明るく楽しい東宝映画」が好きでした。「ゴジラ」映画などの東宝特撮映画、加山雄三さんの「若大将シリーズ」、植木等さんの「クレージー映画」、森繁久彌さんの「社長シリーズ」。幼き日、映画館や週末夕方のテレビ放映で観た東宝娯楽映画が、僕の映画ファン人生の始まりとなりました。  その「東宝カラー」の原点は、1933(昭和8)年の『音楽喜劇 ほろよひ人生』(木村荘十二)に始まるP.C.L.寫眞化学研究所が生み出したモダンな音楽映画、コメディ、都会派ドラマの数々。戦前の東

    • 「愛と死の谷間」1954年9月21日・日活・五所平之助

       津島恵子目当てに、1954年日活、五所平之助「愛と死の谷間」を27インチディスプレイで鑑賞。舞台は横浜の貧しい人々が住む地域の病院。貨物線操車場の跨線橋を渡っていく高台にあるが、ロケーションは、荒川区南千住と新鶴見駅操車場。当時の国鉄の操車場が活写されているのが嬉しい。脚本は「煙突の見える場所」の椎名麟三で、シチュエーションコメディになりそうな設定を、重たい人間ドラマに仕立ている。 ヒロインの津島恵子も、同僚医師の伊藤雄之助も、復員兵で身も心も傷ついた木村功も、あらたな戦

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        新刊「PCL映画の時代 ニッポン娯楽映画の源流 1932-1937」フィルムアート社)佐藤利明著、いよいよ刊行!#PCL映画の時代

        • エノケン生誕120年を記念して9月29日、CD「エノケンの浮かれ音楽 榎本健一コレクション 1936-1950」リリース!

          エノケンの浮かれ音楽 榎本健一コレクション 1936-1950 ぐらもくらぶ エノケン生誕120年記念!最新デジタル・リマスタリング盤!昭和を代表する喜劇王・エノケンこと榎本健一のSPレコード音源が再びよみがえる!浅草の舞台から東京の歓楽街・有楽町や映画へ飛び出したエノケンが全国で人気を馳せた時代、コミック・ソングを歌うレコード歌手としてもまた覇者となった。外国曲やリズムをユニークな歌詞と歌い方で日本に親しみやすく紹介する役割を果たした人物としての視点も重要であり、歌舞伎や

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        • 日活映画の素晴らしき世界
          89本
        • 成瀬巳喜男の世界
          43本
        • 娯楽映画研究所通信
          687本
        • 素晴らしき哉、戦前喜劇映画の世界!
          86本
        • エノケン映画
          33本
        • 松竹映画アラカルト
          49本

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          ホテルニューグランド「ダイニングシアター」大盛況、ありがとうございました!

          横浜のホテルニューグランドが開業したのは、1927(昭和2)年。その威容がスクリーンに登場したのは、ぼくの知る限りでは小津安二郎監督「淑女と髭」(1931年)が最初。そして、石原裕次郎さんの「赤いハンカチ」(1964年)、「帰らざる波止場」(1966年)では、裕次郎さん、浅丘ルリ子さんがこのホテルへ。 昨日、ニューグランドのレインボールームで、「栄光への5000キロ」上映、五代高之さん、佐藤利明のスペシャルトークライブを開催。沢山のお客様にご参加頂き、石原裕次郎さんの生誕9

          ホテルニューグランド「ダイニングシアター」大盛況、ありがとうございました!

          『脅迫の影』(1959年4月22日・日活・若杉光夫)

          若杉光夫監督『脅迫の影』(1959年4月22日・日活)。61分のSP映画で、ワンアイデア、全員悪人のピカレスク・ノワール。原作の門雪男「劉は生きている」のタイトル通りの展開。  横浜。野毛あたりの連れ込みホテルの工事現場に、闇ドルブローカーのフランク・劉(清水将夫)を、彼の手先だったバーテン・島(青山恭二)が案内してくる。そこには、ドル買いの下回りに嫌気が差していた、仙田(山内明)、中村(大町文夫)、工藤(黒野信男)が待ち構えていて、劉を襲ってキャッシュの入ったカバンを奪う

          娯楽映画研究家「ブギウギ日記」大全

          2023年10月、ぼくは音楽評伝「笠置シヅ子ブギウギ伝説」(興陽館)を上梓しました。もちろん連ドラ「ブギウギ」に合わせての企画です。十年前、笠置シヅ子さんの生誕100周年を記念してCD「ブギウギ伝説〜笠置シヅ子の世界」(コロムビア)を企画・監修、その時のライナーノーツで執筆した「笠置シヅ子さんの音楽史」を一冊の本にしたいと思っていたこともあり、出版社の依頼に即座に乗ったわけです。単行本では、出版社の依頼で執筆したのは、実はこれが初めてでした。 そして「ブギウギ」がスタートし

          娯楽映画研究家「ブギウギ日記」PART10

          最終週「世紀のうた 心のうた」3月25日〜30日 「世紀のうた 心のうた」#1 「男女オールスター歌合戦」で「ヘイヘイブギー」を圧倒的なパフォーマンスで熱唱。楽屋を訪ねてきた水城アユミが頭を下げる。「自分の持ち歌一つで、瞬時にお客様を虜にしてしまう歌手になれるよう頑張ります」グッとくるね。これぞ芸道もの! 新聞もスズ子の「完全復活!」と絶賛。愛子「マミー、決闘は勝ちやったな」「決闘やないけど楽しかったわ」しかしスズ子は燃え尽き放心状態のまま。梅吉、ツヤ、六郎、愛助…少女時

          娯楽映画研究家「ブギウギ日記」 PART9

          第24週「ものごっついええ子や」3月11日〜15日 「ものごっついええ子や」#1 1951年11月。「羽鳥善一2000曲記念ビッグパーティ」のサプライズ。実際には日劇でオールスターによる「服部良一2000曲記念ヒット・パレード」公演が行われた。ドラマはパーティ・スタイル。今日はバラエティ番組のような雰囲気。それもまた楽し。 善一ははしゃぎまくり、ポスターのデザイン選びをスズ子とりつ子に相談するも結局自分で決める。「こういうことからセルフプロデュースしないと」「先生があんな

          「笠置シヅ子ブギウギ伝説」テレビ番組に! 【連続企画】ブギの女王・笠置シヅ子特集 4月からCSホームドラマチャンネルでスタート!

          笠置シヅ子が出演した お宝映画を特集放送! パワフルなパフォーマンスの 貴重映像は必見! CSホームドラマチャンネルでは、2024年4月より数ヶ月にわたり、“【連続企画】ブギの女王・笠置シヅ子特集”と題して、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」の主人公・福来スズ子のモデルとなった“ブギの女王”笠置シヅ子の出演映画を特集します。放送するのは「春の饗宴」「舞台は廻る」「脱線情熱娘」「ペ子ちゃんとデン助」「ザクザク娘」の5本の映画で、それぞれ劇中で「東京ブギウギ」をはじめ、「ラッパと

          「笠置シヅ子ブギウギ伝説」テレビ番組に! 【連続企画】ブギの女王・笠置シヅ子特集 4月からCSホームドラマチャンネルでスタート!

          娯楽映画研究家「ブギウギ日記」PART8

          第22週「あ〜しんど♪」 2月26日〜3月1日 「あ〜しんど♪」 #1 今週も櫻井剛脚本。「東京ブギウギ」から二年、コロンコロン・レコードの佐原(凪川アトム)は「ジャングルブギー」「ヘイヘイブギー」が「東京ブギウギ」を超えるヒットになっていないと、新曲での巻き直しを図る。この世界線では昭和25年になっている。 史実ではこの二年が笠置シヅ子の「ブギウギ旋風」が吹き荒れ、次々と「ご当地ブギ」をリリース。映画も続々と作られていた。レコードの売り上げというと、敗戦後間もなくの昭和

          『花籠の歌』(1937年1月14日・松竹大船・五所平之助)

          五所平之助監督『花籠の歌』(1937年1月14日・松竹大船)は、銀座映画でもある。田中絹代、佐野周二、笠智衆、そして徳大寺伸たちの青春群像(笑)昭和12年のおっとりとした空気のなか、微苦笑のコメディが展開される。 田中絹代の妹・浜役に高峰秀子。横浜で生まれたから「浜子」。出番は少ないので、ひょっとしたら欠落部分で活躍シーンがあるのかもしれない。原作は岩崎文隆「豚と看板娘」。成瀬巳喜男の『禍福』(1937年・PCL)の原作者である。脚色は野田高梧と五所亭。監督クレジットは《平

          『死の街を脱れて』(1952年5月22日・大映・小石栄一)

          若尾文子のスクリーン・デビュー作。小石栄一監督『死の街を脱れて』(1952年5月22日)。未見の時は、データベースや映画本であるように「長崎の歌は忘れじ」の久我美子が出演と思っていたのだけど、この役を若尾文子が演じているのです。 敗戦の混乱で中国大陸に残された庶民の妻や子供たち。軍人とその家族はいち早く脱出してしまい、満蒙開拓団などで大陸に渡った彼女たちは、国民軍に襲われ、何もかも失ってしまう。この女性たちを、水戸光子、細川ちか子、千石規子、岡村文子たちが熱演。なんとか日本

          『心の日月』(1954年1月15日・大映東京・木村恵吾、吉村廉)

          1954年の若尾文子研究。木村恵吾&吉村廉『心の日月』(1954年1月15日・大映東京)をDVDで。この菊池寛原作は、1931(昭和6)年にも日活で田坂具隆によって映画化されており、入江たか子と島耕二が主演している。 待ち合わせ場所を間違えたために、行き違いになったカップルの生々流転と再会までの紆余曲折を描いた、現在では成立し得ない「すれ違いメロドラマ」。前年の『君の名は』(1953年・松竹・大庭秀雄)による「メロドラマ」ブームのなかリメイクされた。 親が決めた結婚(相手

          『心の日月』(1954年1月15日・大映東京・木村恵吾、吉村廉)

          島津保次郎『婚約三羽烏』(1937年7月14日・松竹大船)

          松竹モダン喜劇研究。島津保次郎『婚約三羽烏』(1937年7月14日・松竹大船)を久しぶりにスクリーン投影。佐野周二・上原謙・佐分利信の「三羽烏」が女性ファッションメーカーの就職試験で出会い、意気投合。それぞれ恋人や許嫁がいながらも、社長令嬢・高峰三枝子に恋をして、あれこれ鞘当てを繰り広げる。 1937(昭和12)年、日中戦争が始まる年だが、まだ世の中はおっとりしていて、都会ではモダンライフを満喫する若者たちがたくさんいた。その時代の空気が、映画のウキウキした気分となっている

          『お傳地獄』(1960年11月30日・大映・木村恵吾)

          『お傳地獄』(1960年11月30日・大映・木村恵吾)モノクロ、大映スコープで、京マチ子が毒婦・高橋お伝を演じた「明治ヴァンプ一代女」もの。 高橋お伝は、芝居や映画、歌謡曲の題材としてお馴染み。僕らが知っているエピソードは、ほとんど後年、メディアが興味本位に脚色したスキャンダラスなストーリー。その捏造に加担したのが当時の「東京日日新聞」。日本のメディアのゴシップ好きは明治の御世からの伝統芸。 邦枝完二の原作「お伝地獄」も、戯作として「高橋お伝」の生涯と女心をエロティシズム