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映画感想 ライトハウス
本日はロバート・エガーズ監督2本目。『ウィッチ』で華々しく映画界デビューしたロバート・エガーズが監督第2作目として選んだのが2019年の映画『ライトハウス』。原題は『The Lighthouse』……そのまんま「灯台」という意味。
脚本は兄のマックス・エガーズと共同執筆。もともとはエドガー・アラン・ポーの未完の短編小説を映画化しよう……というところから脚本制作を始めたが、うまくいかず。脚本が迷走している最中に『ウィッチ』の売り込みがうまくいき、世界的大ヒット。映画会社の幹部と相談し、『ライトマン』の脚本を進めることにした。エドガー・アラン・ポーの映像化から離れて実際の海難事故や神話、象徴主義芸術などを採り入れてようやく脱稿。
撮影は2018年9月に始まった。実際の灯台を視察してまわったが理想的なロケーションを見付けることができず、すべていちから作ることになった。場所はノバスコシア州ヤーマス郡のフォーチュ岬。ここに高さ20メートルの灯台を建造した。撮影はわずか16日で完了した。
画面サイズは一見すると「3:4」に見えるが「1.17:1.22」というほぼ正方形のフォーマットを採用した。このサイズ感は映画業界が無声映画からサウンド有に移行していた時期にのみ使用されていたらしい。物語中の時代観の表現とともに、登場人物達が画面内に閉じ込められた雰囲気を作り出すためのものだった。
制作費は11万ドルと決して高くないが、これに対して世界興収が18万ドル。アメリカの興行ランキング最高位で46位。制作費が安いから一見すると黒字っぽく見えるが、宣伝費と分配があるからたぶん赤字のはず。普通にいって「コケた映画」だ。
ただし批評家受けは非常に良く、映画批評集積サイトRotten Tomatoesでは98%の肯定評価。平均評価は10点満点中9.13点と圧倒的高評価。それにいくつかのアワードを獲得している。つまり商業作品としてはウケの悪い作品だが、批評家受けしやすい玄人好みの作品ということになる。実際に見た印象として、確かに癖が強い。一般の人には気軽にオススメできない。見る人を選ぶし、見るといろいろ考えすぎてしんどくなる……そういうタイプの作品だ。視聴に当たって注意が必要な一本だ。
映画のあらすじ
では本編ストーリーを見ていこう。まず前半部分。
2人の男が孤島へやってきた。孤島の灯台を整備・管理するためだ。
島の周囲に他の島影はなく、建物は灯台と管理人のための小屋のような家だけ。人間は派遣されてきた2人の男……若者と老人の2人だけだった。
その日の仕事を終えて、若者と老人は食卓に着く。
「蒼白き死がいや増す恐怖で我らを大海の洞(ほら)に眠らせるとき、神は荒れ狂う波間で哀願する魂を救いたもう」
老人は新入りの若者に酒を勧めようとする。しかし「規則に反するから」と断り、水を飲む……が水のあまりにの不味さに噴き出してしまう。
「面倒を避けたいならわしに従え。規則書にも書いてあるぞ」
そんな若者に老人は嘲るように笑うのだった。
翌日も若者は働く。作業場の掃除をして、石炭を運んで炉に放り込む。
夜になって若者は島の周囲をぶらぶらと歩く。すると波際になにか流れ込んできていた。切り出した材木……若者はなにか惹きつけられるような気がして波の中に踏み込んでいく。すると材木に交じってなにかが姿を現した。あれは……はっと海の中に体が沈んだ。真っ暗闇の向こうから、なにかが……人魚?
若者ははっと目を醒ます。夢? 若者の顔にポタポタと雨漏りがしたたり落ちてくる。
「屋根板だ。貯水槽の次にやれ」
目覚めたばかりの若者に老人が指示するのだった。
若者が屋根上に登り、板の張り替えをやっていると寝室の様子が見えた。老人がベッドでうつ伏せに眠っている。いや、あれは……老人の腰が怪しげに動いてシーツに押しつけられている。老人の自慰だった。
次に若者は油を入れた大きな缶を引きずって灯台を登っていた。ようやく昇ったところで老人が現れ、
「次からはそれを使え。はるかに楽だからな」
と小さな油差しを投げ渡すのだった。
若者は「灯室」の様子が気になるように見上げる。しかし老人は「お前はのろまなのか」と若者を嘲り、灯室へのハッチを閉じるのだった。
ここまでが起承転結の「起」。
いつもはここで解説を始めるのだけど、今回はこのまま続きのお話しを載せよう。
夕食の時がやってきて、若者と老人は語り合う。老人が昔船乗りだったこと。前任者が発狂してやめてしまったこと。それから――
「カモメを威嚇していたな。手出しするな。海鳥殺しは不吉だ」
と警告するのだった。
その後、ベッドに横になり規則書を読むが眠れない。そうしていると海鳥が窓の外にやってきて、コンコンと叩くのだった。
若者はなんとなく外に出て、小屋の中に入り、自慰を始める。
一時の満足を得て外に出て見上げると、灯台の灯室の様子が見えた。灯台が放つ光の中に、老人が――裸で立っていた。
やがて老人が出てきた。取り繕うように服を着て展望台に出ると、下で見ている若者をじっと見下ろした。見ていたことがバレた。気まずく若者は去って行く。
翌日、石炭を運んでいる若者に老人がいきなり怒鳴りつけてきた。
「仕事をさぼったな若造!」
部屋の床にシミが残っている! シミを一つ残すなピカピカにしろ! と高圧的に怒鳴るのだった。
老人の指示は急に厳しくなった。些細なことで怒鳴るし、無茶を言う。若者はその無茶に耐えて仕事を続けた。
ある日、老人の命令で灯台の壁のペンキ塗りを始めた。ただし若者を支えているロープを持っているのは老人。しかも老人の操作は荒っぽい。
「そっと、そっと!」と若者は言うが老人は聞いてくれない。あるとき、ロープがぷっつり切れて、若者は転落するのだった。
その日の夜、若者は「名前で呼んで欲しい」と言う。名前は「イーフレイム・ウィンズロー」。以前はカナダで木こりをやっていた。でももっと稼げる仕事を求めて、こちらにやってきた。より遠い島の灯台守をすれば年に1000ドルももらえると聞いて……。
食事を終えた後、若者――イーフレイムは灯台を昇っていく。灯室へのハッチは閉じられている。老人が1人でそこにいるのが見える。老人は何をしているのだろう……。間もなく呻き声と粘液が落ちてくる。もう一度見上げると、タコの足のようなものがニョロッと横切るのが見えた。
翌日の朝、起きて台所へ行き、蛇口を捻ると水に血が混じっていた。
貯水槽を覗き込むと、カモメの死骸が沈んでいた。
そこにもう一匹のカモメが舞い降りてくる。カモメはイーフレイムを威嚇してくる。逆上したイーフレイムは、カモメを掴み、叩きつけ、殺すのだった。
その直後、不穏な風がビュウウと音を立てて吹くのだった。
解説1 それぞれのモチーフの意味と殺された男の謎
ここまでが起承転結の「承」。カモメを殺した直後、穏やかな島の様子が一変して嵐が吹き荒れ、イーフレイムと老人(トーマス)は酒浸りになり、物語は狂乱の展開を見せていく。
お話しの前半、「起・承」までを見てわかるように、この映画は「一見さんお断り」。相当に癖が強く、普通に視聴しても何が描かれているのかよくわからない。映画のジャンル分けとして「ホラー」あるいは「サイコスリラー」と説明されるけど、実際に見ると明らかにそれとも違う。いったいなんの映画なのかすらわからない。
というわけで今回は最初から最後まで、すべて“ネタバレ”で説明していくこととする。それくらい説明しないと本当によくわからない作品だ……ということでご了解して頂きたい。
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まず「舞台」について。舞台は絶海の孤島、そこにぽつんと建っている灯台である。物語創作において、こういった孤立した世界観が選ばれる場合、どんな意図が考えられるだろうか。
① 密室スリラー。制限された舞台で展開される謎解きもの。
② 誰かの精神世界を描いた物語。
本作の場合、②「誰かの精神世界」が正解。この灯台は「現実に存在している場所」ではなく、誰かの精神世界。では誰の、どういった場所であるのか?
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次に映画中何度か繰り返されるモチーフを見てみよう。「螺旋」のモチーフである。主人公イーフレイムが貯水槽に塩素を入れてかき混ぜるとき、水面を見せて「ドォーン」とやけに大袈裟なSEが入る場面がある。一見するとなにを意図している画面なのかわからないが、ここは水面にできた「螺旋」を見せている。
螺旋のモチーフには「繰り返し」の意味がある。螺旋はぐるぐる回転しても元通りに戻ってしまう。指でなぞっても元の場所に戻ってしまう。
そんな螺旋がモチーフで描かれている……ということはこの世界観における物語は「何度も繰り返されている」というだ。
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映画の冒頭、前任者と入れ替わって主人公の2人組が灯台に赴任してくる。前任者の顔は見えない。顔が見えないのは余計な情報量を増やさないため……でもあるが、私はこの前任者も実はイーフレイム&トーマスなのではないか……と見ている。
お話しの後半になって、トーマスはイーフレイムに言う。
「この島に来てどれくらいか? 5週間か? 2日か? ここはどこだ? もう一度聞こう。お前は誰だ、トミー。ワシはお前の想像の産物かも。この島も想像かも。たぶんお前は、まだカナダの森の中を彷徨っているんだ」
灯台に赴任してきて、果たして何日が過ぎているのか。数日か、それとも数週か……。いや、そもそもこの「灯台」などという場所はあるのか? ではここはいったいどこなのか?
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ではイーフレイムのいるこの場所は「どこ」なのか?
それは映画の前半のほう、起承転結の「起」の部分で答えが示されている。
イーフレイムが夜の海を見ていると、波が材木を運んでくる。この材木の中へすーっと入っていくと、1人の死体が現れてくる。
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この死体は誰なのか?
答えはイーフレイム・ウィンズロー。おや、イーフレイム・ウィンズローはロバート・パティンソンが演じている若者の名前では?
お話しの中盤辺りで明かされる話だが、ロバート・パティンソンが演じている若者の本当の名前は「トーマス・ハワード」。
経緯を話すと、トーマス・ハワードがカナダで木こりをやっていたとき、どうしても気に入らない上司がいた。その上司がイーフレイム・ウィンズロー。あるとき、事故があったがトーマス・ハワードは助けず見捨てた。イーフレイム・ウィンズローは波の飲み込まれていき、やがて死体となって浮かび上がってきた。
それ以来、トーマス・ハワードはイーフレイム・ウィンズローを名乗って別の仕事――この灯台の仕事に就いた。
と、本人はそう語るが……。
(トーマス・ハワードという名前だが、この名前だと混乱するので、この後も「イーフレイム」と表記することにする)
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次にこの老人について掘り下げていこう。この老人の名前はトーマス・ウェイク。おや? イーフレイムの本名も「トーマス」だ。はて、これはどういうことなのか……? たまたま同じ名前なのだろうか。
ある場面でイーフレイムは自分の前任者について老人に尋ねている。彼はどこへ行ったのか?
トーマスは「彼は気が狂って死んだ」と答える。
「ワシの助手か? 死んだんだ。気が狂って、人魚について話し始めた。悪い前兆だ。最後はニワトリの歯ほどの理性も残っちゃいなかった。灯りの中に魔法が宿ると信じてやがった。“守護聖人、聖人エルモが火を放ったんだ”ってな。“救済だ”とやつは言った」
だいぶ後になって、イーフレイムがロブスターの罠を引き上げたとき、死体が引っ掛かってくる。この死体は片目が潰れていた。それを見たイーフレイムは、トーマスが前任者を殺した……と思い込む。
しかし本編中、トーマスが前任者を殺したとは言っていないし、その前任者が片目が潰れていた……とも言っていない。
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物語の中で何度か登場してくる意味深なカモメ。よく見ると片目が潰れている。このカモメはなんなのか? どうして執拗にイーフレイムの前に現れるのか。
トーマスはカモメについてこう語っている。
「カモメを威嚇していたな。手出しするな。海鳥殺しは不吉だ」
「なぜカモメを殺すと不吉なんだ?」
「死んだ船乗りの魂が乗り移っているからだ」
カモメは死んだ人間の魂が乗り移っている。このカモメは片目が潰れている。さらにカモメはイーフレイムの前に執拗に現れる。
そろそろ答えがわかってきたと思うが、ちょっと遠回りしよう。
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若者イーフレイムと、老人トーマスはどちらも名前を「トーマス」という。
酒を飲んで泥酔し、イーフレイムが殺人告白をしたとき、イーフレイムは老人に向かって「俺の頭から言葉をもぎ取るな!」と言う。
映画の後半、老人が斧を持ってイーフレイムを殺しにやってきたその後、老人がイーフレイムに対して「お前がワシを斧で殺そうとした」と発言する。
この辺りからわかるように、若者と老人は「役割」と「存在」が部分的に“重なり合っている”存在である。若者は老人であり、老人が若者である。でも一方で別人でもある。
イーフレイムはロブスターの罠に引っ掛かっていた死体を見て、老人が殺した前任者だと思い込む。それは片目が潰れた死体だった。その殺された死者の魂が乗り移っていたカモメは、執拗にイーフレイムに絡もうとした。
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イーフレイムが殺した……という男は作中、後頭部しか描かれていない。
もしも正面から描かれていたとしたら、この男は片目が潰れていたのではないか。いや、イーフレイムがこの男を殺そうとしたとき、持っていた棒で片目を突いたのではないか。
解説2 老人と灯台の謎
イーフレイムの殺人について解き明かしたところで、次に「灯台」と「老人」の謎について掘り下げていこう。
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まず灯台。
本作のWikipediaを見ると、この灯台は「男根」の象徴なのだそうだ。作中に自慰の場面が何度かあるが、ロバート・パティンソンの勃起したペニスも撮影されていたらしく、その勃起ペニスと灯台の映像を編集で繋げるつもりだったらしい。
とはいえ、映画スターの勃起ペニスを公開するわけにはいかず……なのかどうかしらないが、この案は没になっている。
とにかくも灯台は男根、ペニス、男性器を示している。そしてその男根の主はイーフレイム自身である……と。ここから灯台の謎が見えてくる。
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映画の前半、イーフレイムは波間に死体が流れてくるのを見付けるが、その直後、海の中へ引きずり込まれる。真っ暗闇の海のなか、「人魚」が泳いでいるのが見える。
これは「マーメイド」というより「セイレーン」と呼んだ方が近いかも知れない。セイレーンとはもともとは上半身が人間の女で、下半身は鳥という怪物だったが、次第に半人半魚と表現されるようになった。セイレーンは美しい歌声で人を惑わし、誘い込んで海の中に引きずり込み、そのうえで殺してしまうのだという。
どうして本作における人魚がセイレーンのほうに近いかというと、理由は単純、海に引きずり込んだとき、「キャー!」と悲鳴のような声が響く。これが「サイレン」に聞こえる。「サイレン」の語源は「セイレーン」。
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イーフレイムは灯台に赴任してきた初日、ベッドのクッションの中に人魚の人形が隠されているのを見付ける。イーフレイムはこの人魚を手に持って自慰に励むようになる。
どうして人形で自慰をするのか……そもそもこの島に女がいないからだけど、この島自体が幻想、嘘の世界だから、人形という現実を象った“偽物”で満足しなければならなかった。
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間もなく、“本物”の人魚が岩場に流れ着いてくる。
死んでいるのか生きているのか……。女は触れても反応がまったくない。全体が水で濡れて、異様に生々しい。イーフレイムはたまらなくなって女の体を上から順番に触れていくが、股間までやってきたところで女が半人半魚の怪物だと気付く。
ここでイーフレイムは慌てて人魚から逃げ出している。半人半魚の存在が怖かったから……ともいえるのだが、まずいってこの場面における人魚が「死」の象徴であるから。
最初の材木が流れてくるシーンを思い出そう。材木が流れてきて、その材木に交じって死体も流れてきて……その直後、海の中に引きずり込まれて人魚が姿を現す。人魚は「死」をもたらし、告げにやってくる存在であることがわかる。
そういえば「オーガズム」も「小さな死」という意味。そこまでの意味があるのかわからないが、死をもたらす存在とのセックスはタブー。しかし実はこのお話、少しずつ「死」に向かっていくお話でもある。自慰というセックスの予備行動的な行為を繰り返しているが、やがて偽りではなく本当の「死」へと向かって行くお話でもある。
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ではこの老人トーマスは何者なのか?
すでにトーマスはイーフレイムと部分的に重なり合った存在であることが示された。トーマスはイーフレイムの残像である、と。しかしそれは“部分的”であって、もう一つの部分では“別の存在”ということでもある。
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トーマスの不思議なシーンといえばここ。トーマスはずっと酔っ払い老人の風体だったけど、ここで急に舞台演劇っぽい調子になって叫び始める。
「海神にたたき殺されるがいい! 聞け! 聞けトリトン! 聞くが良い! 吠えろ! 父なる海神に告げよう! 貪欲なハルピュイアや死んだ船乗りの魂がついばむものさえ残らん。果てしない深淵へと飲み込まれて消える。おぞましい帝王のもとへ。人々に忘れられ、時の流れにも、神にも悪魔にも海にさえも忘れさられる。ウィンズローと呼ばれたものはわずかな魂のかけらさえ、もはやウィンズローではない。今や海そのものとなる」
ここの台詞、不自然でしょ? 普通の老人がこんな台詞を朗々と叫んだりしない。明らかに普通の老人ではない。
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老人の正体が示される場面はここ。
このシーン、灯台の展望台までやってきたイーフレイムが、そこに男が倒れていることに気付く。その男をゆすって起こそうとする。その男はイーフレイム自身だった。
さらにイーフレイムがはっと振り向くと、全裸の老人がこんな姿で立っていた。
比較として提示されている画像はサシャ・シュナイダーの「Hypnosis」という作品。サシャ・シュナイダーはドイツの画家で同性愛者だったが、1900年代初期は同性愛は犯罪だったため、イタリアへ逃亡するように移住している。同性愛作家だったので、男性の肉体美をエロティックに捉えたような絵を何枚も描いている。
サシャ・シュナイダーがイタリアへ移住したのは、当時同棲していた画家ヘルムート・ヤーンに「ゲイであることをバラすぞ」と脅迫されたから。この絵がその時の体験を象徴しているのかどうかわからないが、この映画的にどういう意味があると考えられるかというと、「お前の秘密を知っているぞ」と迫っている瞬間。男が隠そうとしている秘密を、光を当てて暴き出そうとしている姿と読み取れる。
そして映画中の老人トーマスとイーフレイムのポジションは……サシャ・シュナイダーの絵画では2人の男が立っているが、イーフレイムは跪いている。この関係性を示すのは、「灯台とイーフレイム」の関係性。
そこでなぜ舞台が灯台なのか……ということにも引っ掛かってくる。灯台はイーフレイムの隠している秘密を光を当てて暴こうとしている。
すると老人は「灯台」そのものだということがわかってくる。灯台のシンボル的な存在……とでも言えばいいのだろうか。
舞台となっている島はイーフレイム自身。そしてトーマスはその島を天から見下ろす存在――「神」である。
こういうところを踏まえて、物語をもう一度見直そう。
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まずはじめのシーン。島に赴任してきたイーフレイムは、なにげなく老人の日誌と鍵を収めている机を開けようとしている。何気なく……という行動かも知れないが、もしかするとあの机の中に鍵と日誌が収められていることを知っていたかもしれない。
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初日の仕事を終えて、夕食時に、老人はこう言う。
「蒼白き死がいや増す恐怖で我らを大海の洞(ほら)に眠らせるとき、神は荒れ狂う波間で哀願する魂を救いたもう」
この台詞は作中4回も繰り返される。言っている内容をよくよく確かめると、これは死者に対して言う追悼の言葉だ。
さらに老人はイーフレイムに酒を飲むことを勧める。なぜ酒なのか? 酒を飲むと理性が失われるからだ。現在のイーフレイムは理性がしっかりして、「灯台守」という自分の立場を理路整然と組み上げている。老人はそのイーフレイムの理性を崩したい。崩して本性を暴き出したい。だから酒を勧めている。
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夜になってイーフレイムが砂浜へ行くと、材木がゆったりと押し寄せてきて、そこに死体が紛れ込んでいるのを見る。
その死体を見た後、イーフレイムの体が海中に飲み込まれ、真っ暗闇のなか、“死”のシンボル的な存在であるセイレーンが出現する。
ここで目を醒まして、翌日の朝になっている。
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雨漏りを直そうと屋根に登って板を外すと、老人の腰が布団に押しつけているようにモゾモゾと動いている。まるで自慰のように見える。
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この後、片目が潰れたカモメが登場する。
また老人がイーフレイムを冷淡に扱い始めるのはここから。老人が隠している秘密に近付いたら老人が冷淡になっていく……という展開になっている。
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その夜の対話シーン、ちょっと奇妙な構図が挿入されている。似たような構図はもう一度使われている。
ここの絵。なにかヘンな感じがする。イーフレイムの影がやたらと大きい。まるでイーフレイムの背後にもう一人別の誰かがいるような……。
もちろんこれはイーフレイムには秘密が隠されていますよ、という示唆。さらにイーフレイムがより大きな何者かに操られている……という示唆もある。
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その夜、片目が潰れたカモメが窓を叩いた後、イーフレイムは小屋へ行き、自慰をしている。まるでカモメに誘われるように見える。カモメはカナダで死んだ片目の男の魂が宿っている。ここでカモメに誘われるように外に出て自慰をしている……ということは片目の男はイーフレイムの同性愛相手だった、と考えられる。
自慰を終えて小屋を出たところで、灯室に老人が裸でいるところを目撃する。
その後、あからさまに老人がイーフレイムに対して冷淡になる。理不尽に怒鳴って無茶な仕事を要求するようになっていく。老人の秘密に迫れば迫るほど、老人が冷淡になっていく。
これは自分自身の秘密にも迫っていて、その秘密をイーフレイム自身恐れているものだから。またその秘密が明かされることで世間から攻撃される恐怖を現している。あるいは片目の潰れた男にもこんなふうに迫られていたのかも知れない。
老人はイーフレイムの部分的な残像であるから、イーフレイム自身の記憶や感覚が表れている。
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灯台のペンキを塗り直せ……という理不尽な仕事を押しつけられた後、転落し、転落したところをカモメについばまれる。これは結末への伏線。こういう未来が待ってますよ……という予告。
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話は飛んで、夜、灯室に昇ったイーフレイムはタコの触手のようなものをがニョロッと動いている様子を目撃する。
その翌日、蛇口を捻ると血が溢れ出てくる。老人の秘密に迫れば迫るほど異変が起きる。この法則通り展開している。
貯水槽を覗き込むと、そこにカモメの死体。さらに片目の潰れたカモメが下りてきて、イーフレイムを威嚇する。イーフレイムが逆上してカモメを掴み、叩きつけて殺す。
カモメに挑発されてイーフレイムが逆上して殺す……というのは木こりをやっていた頃、片目の男を殺したときの様子を再現したものだろう。
(では貯水槽の中のカモメはなんだったのだろうか? たぶんこっちのカモメも片目が潰れていたのではないか……? 灯台で過ごしている日々は何度も繰り返しているのだから、過去の自分が一度カモメを殺しているのかも知れない)
で、その後、突如嵐がやってくる。それは再び殺人を犯したから。その“呪い”でもあるのだが、イーフレイムの内面に起きた精神的事態も示している。
解説3 嵐 理性の崩壊
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嵐がやって来て、イーフレイムもようやく酒を飲むようになる。そして一度飲むようになると、コントロールが崩壊していく。理性が崩壊していく。
これは「嵐が来るぞ」という最初の夜の後。この前のシーンはきっちり服を着ていたのに、翌日の朝になると半脱ぎ状態。夜の間に老人と性的な関係があった……ということをぼんやりと暗示している。
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この後、人魚が姿を現している。「キャー!」とサイレンのような音を立てて、イーフレイムは慌てて逃げ出している。「警戒しろ! 警戒しろ!」ということだが……。
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嵐はいよいよ激しさを増してくる。視察団が来るはずだったが来ない。
しかも食料が泥を被ってぜんぶダメになった。
たしか灯台の裏にこういう時のための食料が保管されていたはず……。それを掘り起こしてみるが、入っていたのは酒。
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ここから気が触れたように酒を飲みまくるようになる。
理性が崩壊し、バカみたいに歌ったり踊ったりして、ふとすると老人と性的な空気になり、性的になりかけたと思ったら殴り合いを始める……ということを繰り返し始める。
おそらく片目の男との関係もこんな感じだったのだろう。性的な空気になりかけたら殴り合う。殴り合った後はまた抱き合って性的な空気になっていく……を繰り返す。
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この辺りから映画は条理的な進行が崩壊していく。老人が斧を持っていきなり襲いかかってきたと思ったら、「襲いかかってきたのはお前だ」とか言い始める。救命ボートを壊したのもイーフレイムということになっている。
さらに「この島に来てどれくらいか?」と問いかけられる。老人だと思っていたものがイーフレイム自身だった。イーフレイム自身でやっていると思っていたことが老人だった。そういうのが繰り返される一方、若者と老人ははっきりと別の存在……というわけがわからない展開になっていく。
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イーフレイムはようやく老人を制圧して、生き埋めにしようとする。この時の老人の台詞。
「真鍮をよく磨け。プロテウスの形をしたものが我らの心からあふれ、プロメテウスの熱き火と溶け合う。神の恥辱と恐怖で我らは目を漕がされ、デイヴィ・ジョーンズの監獄の底へと沈められる。だが盲目ながらもその目で見た者達、すべての神による恵みを彼ら船乗りの楽園へ。そこには苦しみもない。貧しさや苦労も全ては古のもの。変幻自在でなおかつ不変。この世界を取り巻く、存在のようにそれは真実。お前は罰せられる」
ここで灯台の秘密が語られている。「プロテウス」というのはギリシャ神話の海や川の神。「海の老人」と表現されることもある。ここでは老人自身のことを指している。プロテウスの形をしたものが「我らの」心からあふれ……「我ら」、つまりイーフレイムと老人の双方を指している。
次に「プロメテウスの熱き火」という言葉が出てくるが、プロメテウスは神々から「火」を盗み出し、人類にもたらした神のこと。このプロメテウスがもたらした火で溶け合う……これは神秘の力によって二つの存在が溶け合っている……という状態が示されている。
さらに「プロメテウス」という名前が出てきたことで、灯室の中に何があるのか、さらにイーフレイムのこの後の運命を予告している。プロメテウスは火を盗み出した罰として、ワシに肝臓をついばまれ続けるという罰を受ける。
ディヴィ・ジョーンズの監獄は『パイレーツ・オブ・カリビアン』でお馴染み。18世紀の船乗りが海底にある死の世界のことを「ディヴィ・ジョーンズの監獄」と表現していた。この灯台のある島がそういう監獄のような場所という意味。
「盲目ながらもその目で見た者達、すべての神による……」……「盲目」は自分たちがどういう居場所にいるかわかっていない者。もしかすると『オイディプス・コンプレックス』という意味かも知れない。でも海底の監獄にいて、しかも盲目だけど、そういう場所にこそ「楽園」はありますよ……と続いている。
その「楽園」に何があるのかというと、苦しみもなく、貧しさや苦労は全て古のものになり、さらに変幻自在でなおかつ不変。さらに真実である――そういうものが灯室にありますよ。でも「お前は罰せられる」と最後には落とす。罪なき者がその光を見ると、ウットリとするような恍惚をもたらすけれど、罪ある者には罰が下る。
灯室には「真実」があるけど、でもお前は罰せられるからな……老人はそう言っている。
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この後、イーフレイムは一人灯台へ昇っていき、灯室のハッチの中を覗き込む……。
そこで一度微笑み、次に大きな歓喜が浮かび、最後には叫ぶ。その叫びが映画の冒頭から聞こえていた「霧笛」のように聞こえる。いや、実際あの霧笛のように聞こえていたのは、この若者の叫びだったのかも知れない。
最初に戻ってみよう。イーフレイムは波間に片目の男の死体を目撃した後、海の中に引きずり込まれて、そこで「死」のシンボル的な人魚と遭遇する。
さらに老人は「お前がここい来て何日だ? わしはお前の想像の産物かも知れんぞ。この島も。多分お前は、まだカナダの森を彷徨っているんだ」と言う。
つまり、イーフレイムは片目の男を殺した後、自分も死んだ。あの世への端境であるこの灯台で、神の監視下で罰を受けていた。「煉獄」の話だった。
映画の感想
ここまでが『ライトハウス』の全解説。
こういう話だが、映画だけをパッと見て理解できるようなお話しではない……ということだけはわかってくれたはず。しかも映画の中でわかりやすい“判じ解き”がなく、相当に回りくどくお話しが作り込まれている。一般観客は映画館でポカーンとしちゃうような作品。玄人だけは知的ゲームを楽しめる。完全なる「一見さんお断り」の映画。
(でも実はアニメファンが見ると「ああ、ハイハイ」とピンと来る作品でもあるんだ。なぜならたいていのアニメファンは、この作品に良く似た構造の作品を見ているはずだから。アニメファンならこの一言でだいたい了解してくれるはず――「これ、押井守だよ」)
普通に見るとまずわからないような映画だけど、わかってくるとなんともいえない味が出てくる……というのも確か。こういう映画を監督デビュー2作目で作ってしまう……ロバート・エガーズがいかに無謀で、勇気のある監督であるかがこの1作でわかる。そういう無謀さに付き合いたい人だけがこの映画に挑戦してみよう。
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