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前回のつづき

この記事はノートから書き起こされたものです。詳しい事情は→この8か月間に起きたこと。

前回

 前回、『誰も語らなかったジブリを語ろう』の読書感想文を書いたが、書き始めると脱線に次ぐ脱線で……。リドリー・スコットの下りとか必要だったか? でも書き始めると止まらなくて、結局のところ、ほとんど本の紹介もしていなければ、感想文としても成立していない、妙なものになってしまった。
 実際、読んでみると面白い本なんだ。ジブリ創設の経緯や、『風の谷のナウシカ』がもともとは『トルメキア戦記』というタイトルだったという裏話とか、『天空の城ラピュタ』にはカットされたシーンがあるとか……。紹介するつもりで付箋一杯貼ってなのに、書いてたら結構な長さになっていて……。
 『誰も語らなかったジブリを語ろう』は本当に面白いし、前回書いたけど、これでジブリ嫌いになることはまずないく、むしろ作品がより楽しく見られるようになる裏ガイド本なので、おススメの一冊。あと宮崎駿と押井守のツンデレっぷりもわかってくるので面白い。やっぱり仲いいんじゃないか。

 まずインナーサークルの話。
 鈴木敏夫が主導して、ジブリへの批判を30年間封じ込めてきた。なんでそんなことが可能だったのかというと、誰も損をしないインナーサークルだったから。損をしないどころか、全員にうま味があったからこの状態が維持されてきた。うま味は私たちにもあった。
 メディアを支配し、国民の嗜好をコントロールしていたわけだからトンデモない、と思われるかもしれないが、考えてみれば誰も損をしていない。みんなも『カリオストロの城』や『天空の城ラピュタ』のような名作をしょっちゅうテレビで見られるわけだし。どちらも劇場公開時はたいして売れてない映画で、下手すると「幻の作品」として姿を消していたかも知れなかったわけだし。
 インナーサークルを作った鈴木敏夫は正しかったなぁ。偉いなぁ、とつくづく思った。
 なぜそう思ったかというと、基本的に、メディア……いやテレビに限定しようかな。テレビ局に勤めている人たちって全員アホだから。いやいや学歴だけを見ると私より立派だと思うよ。でもそれだけのアホぞろい。だって随分前からテレビが「視聴率が伸びない」なんて喚ているが、その原因は自分たちだもの。ゲームのせいでもなければ、ネットのせいでもなく、視聴者のせいでもない。面白いコンテンツを作れる人がいなくなったことが原因。
 ここでテレビ視聴率回復の秘策を書こう。それはゴールデンタイムでアニメを放送すること。昔みたいにね。『鬼滅の刃』みたいな傑作が視聴者の限られる深夜に放送されてるなんて、損失でしかないと考えなきゃ駄目だよ。『進撃の巨人』や『鬼滅の刃』みたいな作品に投資して儲けてやろうと思わなくちゃ駄目だろ。
 ただテレビ局の人間に作品の中身を噛ませると『けものフレンズ2』になるから要注意だ。テレビはアホだから「コンテンツの良し悪し」の発想がない。だから『けものフレンズ2』になる。

 でも、テレビはそれができない。できなくなった。そういう空気を誰が作ったかというと、テレビ自身。
 テレビは何十年もの間、アニメやゲームを紹介するとき、「作品」それ自体やそれを作った「クリエイター」には一切触れず、「頭のおかしなファン」ばかりを取り上げた。時には劇団員を動員してでもイメージ作りに必死になった。
 そういう放送は、どうやら一時的には売れたらしいんだ。ネットもなく、みんなテレビを信じていた時代がずっとあったから、そういう放送しても視聴率が取れたし、放送する側の意識を疑うってことを誰もやらなかった。でも、じわじわとテレビに対する悪感情が広がる原因になっていたが、テレビ局の人々はアホだから全く気付かなかった。もしかしたら、今も気付いてない。

 よくよく考えてみよう。例えば山田洋次の映画を紹介するときは、「作品」それ自体を説明するし、監督や出演者にインタビューする。これが普通だ。「頭のおかしい寅さんファン」なんて探せば絶対にいるはずだけど、山田洋次映画を紹介するときに「頭のおかしい寅さんファン」は出てこない。なぜかというと、山田洋次にも「巨匠」の冠が載っているから。テレビは「巨匠」の冠が載っている人に対してはへりくだるんだ。

 テレビはアホだから、鈴木敏夫が統制をかけなかったら、「ジブリアニメを見ると将来犯罪者になる」っていう放送をやったはずだよ。「ジブリアニメを見ると将来変態になる」って有識者ってやつに言わせたはずだよ。絶対。アニメやゲームでそういう放送をずっとやってきたから。テレビはそういうものが面白いと思っているし、自分たちのライバルになるかもしれないやつはそうやって悪印象を作って蹴落としてきたんだ。
 こういう状況が変わり始めたのはインターネットが出始めてからのことだけど、この時もテレビは「ネットにはデマばかりが書かれている。正しいのは自分たちだ」と攻撃し続けた。でもテレビのウソが次々と明らかになって、それどころか国民の意見を都合よくコントロールしていたこともバレちゃった(今もコントロールされっぱなしの人はわりといるけど)。
 テレビはいまだに「視聴率がのびないのはネットで悪口を書く奴がいるからだ」と理由を外部に求めている。いやいや、全部身から出たものだよ。コンテンツが面白くないから。面白かったらみんな見るはずでしょ。でも面白いものを作れないし、作ろうという意欲もないから、ネガキャンで周りを落とすしかできない。それが全部自分たちに返ってくる。
 この状態を元に戻せるかというと、もう駄目だろう。取り戻せないくらい、テレビに対する悪感情は強いものになっている。テレビはそれでも自分たちに対する悪感情が自分たちによるものだという自覚が全くできない。反省できない組織だからもう駄目だろう。
 だからいっそ、テレビは誰かに統制を受けて、インナーサークルを作ったほうがいいかもしれない。放っておくと、バカしかやらないから。

 ああ、また脱線しちゃった。
 前回、冒頭に掲げた鈴木敏夫氏の言葉「テーマのない人間がテーマのある人間に使われるのは当たり前」この言葉、実は宮崎駿にも当てはまる。宮崎駿は我が国最高のアニメーターにして演出家だが、テーマを持っていない。これは本人も自覚するところで、「テーマを持ってないってバレちゃった」といつだったか話していた。
 だからテーマを持っている鈴木敏夫に使われる。
 プロデューサーには2種類あり、他人にモノを作らせて自己実現するタイプと、徹底して裏方に回るタイプ。鈴木敏夫は前者のタイプだ。『魔女の宅急便』がまさにそれで、あれは鈴木敏夫が自分の娘のために宮崎駿に作らせた映画だ――と押井守は語る。
 ところが『もののけ姫』を経て、宮崎駿は作家としての自意識に目覚める。『もののけ姫』以前の宮崎駿は、悪く言えば「商業的な映画監督」でしかなかった。しかし『もののけ姫』を経て、宮崎駿はようやく作家としての自意識を持つことになる。『もののけ姫』は「宮崎駿総決算映画」ではなく、「作家デビュー映画」だ……とこれも押井氏の話。

 テーマを持つようになってから宮崎駿と鈴木敏夫の関係ははっきり変わる。その後の宮崎駿は完全にアンコトローラブル状態になる。鈴木敏夫はプロデューサーとしての仕事を放棄し、宮崎駿は自身の妄想垂れ流しで流しっぱなしで一切回収しない映画を作り始めるが、しかしカネになる。
 アンコトローラブルの宮崎駿は決して悪いわけではない。むしろ『もののけ姫』以後の作品のほうが尖がっている。私は『もののけ姫』以後の作品のほうが面白いとすら思っている。確かにまとまりは全くないが、刺激的だ。
 ちょっとした問題といえば、世の中の人が持っているパブリックイメージとの齟齬が生まれてしまっていること。宮崎駿映画だからとりあえず子供連れて行こうとする親が後を絶たない。『もののけ姫』以降はもうそういう映画じゃないんだってば。
 完全にアンコントローラブルになった駿だが、そこで鈴木敏夫が目を付けたのが宮崎吾郎。『ゲド戦記』で原作にないアレンが父親を刺すシーンが冒頭に描かれるが、このシーン、いったい誰の入れ知恵か?
 スタッフが集まっての試写会の時、宮崎駿は『ゲド戦記』を鑑賞するが、アレンが「父を刺してしまったんだ」と告白するシーンで、父である宮崎駿はガタっと席を立ってしまう。広報をやている人たちにしてみれば「しめしめ」とほくそ笑む場面だ。
 このシーン、「父親を刺した理由」がしっかり明示されていれば作品の評価は変わったかもしれないが。しかし「なぜ刺したかわからない」と曖昧なまま。なぜなら吾郎自身に父親を刺すつもりがないからだ。今にしてみれば、こここそ吾郎君が乗り越えなければならない壁だったんだろうな……(ただしこの壁はウォールマリアくらいの高さがあるが)。
 『ゲド戦記』の評判はまあさんざんだったわけだが、かわいそうな吾郎だ。宮崎駿は我が国最高のアニメ作家だ。吾郎はどんな作品を作っても「あの父親ほどじゃないね」と言われてしまう。「二代目は大したことないね」と言われる。「初めての映画だからこんなもんだろう」とは言われない。我が国で最高のものと比較され続けてしまう。巨匠の息子なんぞに生まれるものではない。最高の音楽家とか、最高の芸人とか……そういうものの子供に生まれると、一生親と比較され続けてしまう。これが吾郎君が生まれながらにして背負った呪いだ。
 そういえばニコラス・ケイジは役者として成功するまでコッポラ一族出身だということを秘密にしていたんだったな。有名人の子供に生まれたら、そうすべきだよ。

 宮崎吾郎監督第2作品は『コクリコ坂』。完全に鈴木敏夫の青春時代の映画だ。「テーマのない人間がテーマのある人間に使われるのは当たり前」。吾郎監督は完全に鈴木敏夫に使われる人になった。
(吾郎君にしても、「父親の時代」を描くことに意義はあったと思うが)
 そんなジブリを脱走してポリゴンピクチャアズで『山賊の娘ローニャ』を手掛けることになるが、存在感ありすぎる父親と、そんな父親と向き合う小さな娘の物語になってしまった。吾郎君にとって、「父親」というテーマはずっとついて回る。呪いのようなものだ。

 さて、本書『誰も語らなかったジブリを語ろう』には一つの謎がある。そこまで恫喝によってインナーサークル状態を作ってきた鈴木敏夫なのに、しかし押井守による批判だけは容認した。実は押井守による宮崎批判は今回が初めてではなく、わりと何度もインタビューで宮崎映画の欠点は語ってきている。鈴木敏夫は一度も押井守が発言するのを止めたことがない。これはなぜか?
 不思議な話、どういうわけか鈴木敏夫は昔から押井守に優しい。だいぶ前になるが、『風の谷のナウシカ』の絵コンテには押井守が書いた手紙が掲載されている。よくよく考えたら、映画の関係者でもないのに、なぜか押井守の手紙だ。
 鈴木敏夫は押井守映画にも出演している。『KILLERS』と『立喰師列伝』の2作品で、どちらもとりあえず殺される役だ。押井守によれば、鈴木敏夫は「殺されたがっている」だから映画の中で実現してやった、という。よくよく考えればひどい役だが、鈴木敏夫はむしろ喜んで映画の中で殺されている。
 どういうわけだが、鈴木敏夫は押井守のすることに関しては許容している。公私ともに仲がいいらしい……という話は断片的には聞くのだが、だとしても不思議だ。私にはよくわからない関係性がこの2人の間にはあるのかも知れない。

 あ、『KILLERS』はおススメよ。鈴木敏夫の登場シーン、あれはかなり笑える。あれを許したっていうのが二人の関係性なのだろう。他の監督だったら、“あれ”は絶対許可しないはずだもの。

 では最後に宮崎駿の次回作についての心証。
 「次回作を作る」という話を聞いて、私は喜べなかった。「本気か?」と。
 というのも、宮崎駿のモノ作りというのははっきりと普通ではない。作画の8割は自分の目で見て、自分で鉛筆を入れるという。これがいかに重労働か。しかも、信頼のおけるアニメーターが多数いるスタジオポノックの手を借りず、新たに人材募集するところから始めた。それで宮崎駿を納得させられる絵描きがどれだけ集まるんだ、という話だ。今頃は毎日のようにアニメーターたちに雷が落ちているんだろう……黒澤明の『トラトラトラ』を再現していなければいいが……。
 宮崎駿は毎回、身を絞り出すような働き方をしている。毎回、作品が終わるたびに「引退」を言うのだけど、これはジョークでもマスコミを騒がす放言でもなく、自分の体内にあるもの全部絞り出すだけ絞って、もう何もございませんよ。何も出せないところまで絞ったから引退です……というわけだ。次回作のために体力を残しておこう、ネタを残しておこう、ということを一切しない。出したものは全部入れる。一投入魂だ。
 でも宮さんという人は呪われた人だ。どんな呪いかというと、鉛筆を握ると、手が勝手に絵を描き始める呪いだ。絵を描いているうちにキャラクターが生まれ、世界観が生まれ、ストーリーが動き始めると、次の映画だ、ということになってくる。
(ジョン・ラセターが引退するとき、「家族との時間を大事にしたい」と語っていた。きっとラセターは引退後、家族を連れて旅行とか行ったのだろう。でも宮崎駿は? 宮崎駿は引退宣言した後、多分その翌日も個人アトリエ「二馬力」へ行き、絵を描いていた。すでに帰る場所がない。これが宮崎駿が引退できない理由にもなっているのだろう)
 これで毎回のように体力削り切って、ボロボロになる。『ポニョ』のメイキングドキュメンタリーで疲れて切ってぐったりしている宮さんの映像があって、大丈夫か? となったし、実際の作品を見ると津波後の世界は完全に「あの世」の世界になっているし、漁に出ていたお父さんは沖であの世との端境を見てくるし……。作品を見ながら「やばい。この人、体半分以上あの世に行ってる」と思った。黒澤明作品でも、晩年の作品はあの世に行きかけていたし、作家は年を喰うと、ああいう作品を作りがちなのかも知れないけど。
 『風立ちぬ』を観た時、私は本当に感動して、最後に素晴らしい映画を作ったなぁ……これであの人も落ち着けるな……と思ったものだ。
 ところがその次を作るという。え? さすがにもうやばいのでは? どこかで力尽きるんじゃないか? 鈴木敏夫止めろよ!
 でも動き出したら止まれないのが宮崎駿という人物だ。次回作、必ず観に行くぞ! そして……完成まで無事でありますように。


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とらつぐみ
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