『ナボコフ全短篇』を読む日記2022.03.22(66/68篇)
「ランス」「重ねた唇」を読む。
「ランス」は難解。一読何が書いてあるか判然としないが、なんとなく青年エメリー・ランスロット・ボークという人物が宇宙に行って、そして帰って来たのだと読める。宇宙への旅と、アーサー王の中世騎士道物語が重ね合わされて(ランスという名前も当然それに由来するのだろう)、歪んだレンズのような、あるいは「悪い日」などに出てくる色ガラスごしの景色を見ているような、不思議な読み心地になっている。
「重ねた唇」は、年を取ってから作家になろうとしたイリヤ・ボリソヴィチ・ターリが書いた小説のタイトルがそのまま短篇のタイトルになっている。イリヤ・ボリソヴィチは、言ってしまえば文壇からは軽蔑されるような甘ったるい小説を書いていて、自費出版をしようとしていた。そこに、彼を仲影で馬鹿にしていたエヴフラツキイというジャーナリストが話を持ってくる。彼はガラトフという作家が出版している〈アリオン〉という雑誌に投稿したらどうかと提案し、イリヤ・ボリソヴィチは作品を送ろうとする。すると、ガラトフから手紙が来て、小説を送ってほしいという。彼はエヴフラツキイと繋がっており、資金不足で廃刊になった〈アリオン〉を復刊させるため、資金を捻出するためにイリヤ・ボリソヴィチに働きかけたのである。エヴフラツキイから資金不足で小説が載せられないのだろうと説明を受けたイリヤ・ボリソヴィチは、何も知らずに金を送り、〈アリオン〉は刊行され、イリヤ・ボリソヴィチは変な名前に勝手に改名されて、三ページ半だけ載っていた。彼は有頂天になっていろんな人に手紙を、雑誌を、書評を持ち歩いて見せていた。ガラトフに会うという話が出て、会う予定の前日に、イリヤ・ボリソヴィチはガラトフが行くと言っていた劇場に向かった。多分、サプライズのような気持ちで。そこで彼は、ガラトフ(まだ彼はそうとは知らないが)と知り合いの記者とその妻が話しているのを聞いた。イリヤ・ボリソヴィチは記者の妻にけなされていて、ガラトフにどうしようもない凡才呼ばわりされていた。その後、イリヤ・ボリソヴィチはエヴフラツキイに紹介されたガラトフを突き放して帰ろうとするが、ステッキを忘れたのを思い出した。鉢合わせを避けるため、舞台が始まるのを待っている間、イリヤ・ボリソヴィチは次のように考えていた。
考えてみれば、自分は年寄りで、孤独だし、楽しみも少なく、年寄りが楽しもうと思えば金がいる。考えてみれば、ひょっとしたら今晩にでも、悪くても明日には、ガラトフがやってきて、説明やら、説得やら、釈明をするに違いない。そうなればすべてを許してやるはずだ。そうしないと「続く」は絶対に実現しないのだから。そして彼は、死んでからすっかり世間に認められるようになるとも自分に言い聞かせ、最近受けた賛辞のかけらを拾い集めて小さく丸め、もう一度味わいながら、ゆっくりと前後にふらつき、しばらくしてからステッキを取りに戻っていった。(「重ねた唇」若島正 訳)
僕もよく才能であったり、頭の良さであったりを認めてもらえるかどうかというところを考えていたので、イリヤ・ボリソヴィチと同じ気持ちを持っているといえるのかもしれない。頭の良さであったり、能力といったものをシビアに判断される世界にいるので、決して頭がいいとはいえない僕も小さな賛辞(とは言わないまでも褒められ)のかけらを大事に拾い、時々眺めている。まぁ、ナボコフみたいな天才には本当のところはわかるまいと思いながら。