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平成ゲーム業界回顧録「クリエイターデビュー編」【完結】

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皆さんに自分を知ってもらうために、私のこれまでを紹介しています。 こちらは、商用ゲームのデビュー作開発までの話を小説仕立てでまとめています。
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記事一覧

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録【商用ゲームデビュー編】#01

「はい、それじゃ講評しまーす。 作品、前に並べてください。」 1990年、夏。 僕は東京、立川…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #02

学生時代、僕は絵よりもむしろコンピュータゲームに興味を持っていた。 中学の入学祝いにパソ…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #03

予備校の連中は個性的だが、同じ目標に向かって切磋琢磨している仲間でもあるから、目指す作品…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #04

当時のパソコンは、今のようにゲームを作るためのツールなどは整備されておらず、絵やステージ…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #05

1991年、春。 僕は東京、吉祥寺にある日本初のゲーム専門学校、"H・クリエイティブスクール"…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #06

スクールに通い始め、それなりに充実した学生生活を送るようになった自分だったが、志半ばに進…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #07

持ち込みで縁のあったジャンプの編集者にアシスタントの件を相談すると、ちょうどスクールのある吉祥寺に仕事場を構えていた”E川先生”を紹介してくれた。 E川先生は当時ジャンプで連載していた「まじかる☆タルるートくん」というアニメ化もされた作品を描いた人気作家で、もちろん自分も作品は知っていたし、普通に毎週読んでいた。 先生の漫画は絵柄も可愛らしく、作品に勢いがあり、内容も面白かったのでぜひ参加したかったが、採用には作品提出の審査があるという話だった。 具体的には、車、家、モ

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #08

久しぶりに、もしかしたら美大受験の課題よりも真剣に取り組んだ作品を編集部に送った数日後、…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #09

アシスタントの仕事が始まると、僕は他の現場を経験した訳でもないペーペーだったので、簡単な…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #10

アシスタントの現場でプロとしての技術や心構えを体感していると、スクールの学生達がのんびり…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #11

夏休みの課題として自分が書いた企画は「ドラゴンズヘブン」と名付けた、ファンタジーシミュレ…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #12

提出した企画に自信があるとかは正直よくわからなかったが、数多くのキャラクターが同時にリア…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #13

今回の企画提出課題はスーパーファミコンでの開発を前提に実施されていたのだが、スーパーファ…

じゃない方ゲー人による、平成ゲーム業界回顧録 #14

僕は、贔屓目に見ても良くできているK太君の企画と並んで自分の企画が優秀作として選出されたという事実に、ようやく自作への評価の実感がわき、嬉しいという気持ちと共に、自分の企画の至らなさに悔しさも覚えていた。 僕の企画書にはドラゴンへの熱い想いを胸に渾身のイラストをふんだんに盛り込んでおり、ゲームではなじみのあるファンタジー世界と相まって読み手の受けは良かったかもしれないが、純粋に企画としてみた際に練り込みが足りなかったのではないか、もっと考えられることがあったのではないかと反