フェアリーランド
それは、
驚くほどに美しい世界
夢のような話。
ずっと
憧れ続けた光景がある。
光の屈折が織りなす
奇跡の足もとを見ること。
*
もうすでに熱く力強い太陽が傾きだして
かわいい小雨がやさしい風を連れてきた
そんな夕方だった。
いつものゆるやかな坂道を
軽快にくだって
ふと、
顔を上げた。
ほんの、
一瞬の出逢いだった。
「虹の足」
吉野弘
雨があがって
雲間から
乾麺みたいな真直な
陽射しがたくさん地上に刺さり
行手に榛名山が見えたころ
山路を登るバスの中で見たのだ、虹の足を。
眼下にひろがる田圃の上に
虹がそっと足を下ろしたのを!
野面にすらりと足を置いて
虹のアーチが軽やかに
すっくと空に立ったのを!
その虹の足の底に
小さな村といくつかの家が
すっぽりと抱かれて染められていたのだ
それなのに
家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない
― おーい、君の家が虹の中にあるぞォ
乗客たちは頬を火照らせ
野面に立った虹の足に見とれた
多分、あれはバスの中の僕らには見えて
村の人々には見えないのだ
そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で
格別驚きもせず
幸福に生きていることが ―
*
小学生だったか中学生だったか、
国語の教科書の中で出逢った。
この詩に心をうばわれたあの頃から
何まわりかを経て生きてきたけれど、
このワンフレーズとそのイメージは
憧れたままずっとここまで持ってきていた。
"― おーい、君の家が虹の中にあるぞォ"
届きもしないような遠くから
大声でおしえてあげたいほどの高揚を
一緒に味わい続けてきたのでしょう。
虹を見つけられたときは
それだけで何かうれしくなるけれど、
次の瞬間にはその足もとへと、
いつも想いを馳せていた。
『ねぇ、そんなシアワセの中にいるよォ』
何度だっておしえてあげたい。
何度だって気づきたい。
今回の人生の中で出逢える奇跡に
なるべくたくさん笑っていよう。
夢のような一瞬だった。
シャッターを二度押す間に
消えてしまった。
だから
ちゃんと
遺しておこうとおもった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?