生きることを諦めるということ。

『今週の金曜日、死のう』。

いつも、訪れる希死念慮より遥かに大きな気持ちだった。

私はこれまでのnoteで、何度も明日も生きていこうと書いてきた。

でも、もう限界だ。私の中の魂が消えかかっている。

主治医も、友達も心理士さんも心配してくれてるのは分かっている。

友達との約束を破ることになってしまうのも本当はとっても嫌だ。

でも、それ以上に死にたい。この気持ちはもうどうすることもできないのか。

悔しい。本当はもっと生きたかった。

「じゃあ、生きればいいじゃん。」と思う人がほとんどだろう。

違うんだ。

この、「生きたい」と「死にたい」を行ったり来たりするのが苦しいんだ。

この先、生きてても、私は何度も壁にぶつかって、この黒い塊のような希死念慮と生きていかなければならないのか。

今日は文章がまとまらない。

最近では本も読めなくなってきた。

部屋の片付けもできない。

ろくにお風呂に入ることもできない。

私って何?何のために生きてるの?

友達へ、約束破って本当にごめん。

私は今週金曜日、この苦しみから開放される。




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