梨木香歩さん『裏庭』を読んで。
恩田陸さんの作品に、郷愁を感じる人が多いと聴く。
私は梨木香歩さんの作品に、より強い郷愁と、そして孤独を感じる。
孤独。
吹きっ曝しに独り。
その門を過ぎた人、またはそこにまだ在る人でなければ、あのような文章は書けない。『西の魔女が死んだ』、『りかさん』、『からくりからくさ』、『丹生都比売』、『裏庭』にも強い孤独と郷愁を感じる。
主人公たちが皆、寂しい。
けれどその寂しい境遇に対して、諦観のようなものを抱いている。
子供でも同じ。
同じ梨木香歩さんの作品でも、絵本の『ペンキや』、『マジョモリ』、『蟹塚縁起』。絵本でない『家守綺譚』、『村田エフェンディ滞土録』等では、孤独感が控えめ。皆無ではないが、それより前に挙げた作品の主人公たち程ではない。
孤独の傷みや郷愁が、美しく昇華された作品を書かれる方だな、と昔から思っていた。
『裏庭』とは逸れるが、恩田陸さんの作品は鋭利である。
ナイフの切っ先のように閃く美しさ。
まろやかではない。
恩田さん作品の中で、ある傑物の老人が、「美しさには毒が伴う」。
そのようなことを言っていた。
それは恩田さんご自身の作品にも当て嵌まるのでは、とその台詞を読んだ時に感じた。
魅力的で研ぎ澄まされ、些少の毒ある美しさ。
有名な(多分)、リセシリーズという作品群。
その主人公、理瀬はこのような思考の持ち主だった。
〝善良は悪の上澄み。〟
『黄昏の百合の骨』で。
私は、まさにこの水野理瀬が主人公である『麦の海に沈む果実』から恩田さん作品に入り、衝撃を受けた。
こちら、noteでも作品を公開しておられる、緒真坂さんの『スズキ』等に似たものがある。
人間は一筋縄では行かない。
そこに胸を打たれる。
『スズキ』で、もうあらかたの察しはついていたが。
終盤の、主人公の呼び掛け。
当然のように声が帰る。それは本来、帰るべきものではかった。
声を帰せば赤裸々になるものがある。
飽くまで隠し通そうとするのであれば、無言で去るのが利口だった。
私はそう思う。
その利口でないほうを彼が選んだから不意を突かれて、泣きたくなる場面だった。人の愚かさを尊いと感じた。一見は些細な遣り取り。少ない文字数だが、今も忘れられないでいる。
良い意味での「裏切られた感」を読書に求める方たちには、そちらの作品のほうが相性が合うだろう。
清濁併せ吞むどころか、毒を毒と知りつつ服薬し、それでも人としての心や感情はある。揺れ動き、痛痒も感じるのに、艶やかに先綻ぶ悪の華。
恩田陸さんが描く水野理瀬は、非常に吸引力のあるキャラクターだと思う。
梨木香歩さん作品に、そうしたナイフの切っ先、閃きは余りない。
『裏庭』では、あった。そう言っても差し支えないであろう場面がある。
『丹生都比売』にも近しい面はあるが、あの作品には序盤からその空気が漂っていたから、驚きはほとんどなかった。只、悲しかったけれど。
照美ちゃん。
『裏庭』の主人公の、女の子の名前である。
その名前が、物語の鍵でもあった。
照美。
テルミ。
tell……
容赦ないな。
彼女の亡くなった弟。
その死の真相は定かではない。
自分が殺した。
そんな風に言った人物もいたが、狂言である可能性を考える。
なぜなら、そう言った人物は死にたがっていたか、殺されたがっていたように見えたからだ。
容赦ないと思ったのは、その発言やそれを言った人の心情に対してではなく、まだ少女である主人公に、煮え滾るような殺意を抱かせる場面の、露骨な描写があった為だ。
子供に科すには重過ぎる荷だ。
それと同時に不思議でもある。
梨木香歩さん作品の愛読者さんは多くが思われるところだろうが、そのような残酷さをくっきり描いても、彼女の作品にはどこか優しい風が吹く。
『裏庭』にも、その風は吹いた。
子供でも大人でも。苦しいものは苦しい。
悲しいものは悲しい。
私は先に「子供に科すには」と書いたが、聡明な人ならば知っている。
本来、老いも若きも、そう大した隔たりはないのだと。
子供は大人が思うより大人であったり、大人は子供が思うより子供であったりするのが世の常だ。
どちらをどうとも過信してはならない。
間違えに繋がることがあるから。
少し引用する。
「雷に打たれたように、照美はそのことを理解した。まったく別個の人間。
それは、何という寂しさ、けれど同時に何という清々しさでもあったことだろう。」
「そのとき照美は、それをきいたママの、心臓の鼓動をはっきりと感じた。
しんとした夜更けだった。先を歩くパパの鼓動もきこえたように思った。
――ああ、そうだ、これは礼砲の音だ……
照美は目を閉じて思った。
――これは礼砲の音。新しい国を造り出す、力強いエネルギーの、確実な響き。
忘れないでおこう。
」
北村薫さんの作品にもいずれ、触れたい。
この記事の主役は『裏庭』だ。
だから、この問い掛けで締めたいと思う。
「フーアーユー?」
貴方にも、鏡の向こうから響く声が聴こえることを願っている。