息子(一歳)の笑顔の再現性について
日曜日はアナログ回帰ということで、アナログの素敵なところを振り返ろうと思っている。
複製が容易にできるデジタルと違い、アナログは再現性が低い。
手作りのクッキーを思い出してもらうと良い。
市販のものと比べると、不揃いで、焼け具合も均一性がない。でも焼いてくれた相手のことを思いながら食べると、何故か美味しいのである。
そう、再現性のないアナログとは、再現性がないからこそ尊いものなのである。
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さて先日息子がめでたく一歳を迎えた。
一歳を迎えてから急に成長速度が速くなったようで、急に歩き出したり、うんちが硬くなってきたりと驚くことの連続だ。(でもこれはおそらく「一歳になった」と脳が成長ポイントを探そうと思った結果であり、要は偶然なだけだと思う)
毎日違った様子を見せる息子を見て、アナログだなぁと思うことがいっぱいある。
その最たるものが、笑顔である。
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一歳になった息子は、よく笑う。
急にニヤッと笑う新生児微笑や(あまり意味のない行為らしい)、頬に触れるとたまに嬉しそうに笑ってくれた生後半年頃とは違い、笑いのツボというものが少しわかってきた。
一番笑う確率が高いのは「こちょこちょ」で、あとは大人が歯を出して笑顔を見せると、鏡のように笑ってくれたりする。コミュニケーションが取れ、人間らしくなってきたなと思い、嬉しくなる。
しかし「鉄板」というものがなく、時間帯によっては、同じことをしても塩対応されることがあり、大人がなんだか悲しい気分になるのである。
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息子の笑顔の再現性について。
今は再現性が低いわけであるが、息子がボタンを押すとキャッキャと音を出しながらシンバルを鳴らす猿のおもちゃのようになることは、これから成長したとしてもないわけであって、息子が機械化したりデジタル化したりすることはないのである。
大人になってから、社会人になってからは特に、生産性を高めようと再現性の高いものを求めがちだが、子育てにおいてはきっとこれでいいのである。
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今日も息子とお風呂に一緒に入っていると、お風呂の外側からボディソープを持ってきて、湯船につける仕草をして、一人で笑っていた。
明日はきっと、これでは笑わない。
今日のこの笑顔を切り取って残したいけれども、「記憶」という、アナログで再現性の低いものに残すことにしよう。
忙しい毎日が始まって、息子の今日の笑顔を忘れてしまうことがあるかもしれないけど、アナログというものは不思議なものであって、ふとした瞬間に手にとるように戻ってくることもある。
将来おばあちゃんになって、一人ゆっくり湯船に浸かっている時に、息子の少し滑稽な仕草と弾ける笑顔を思い出すかもしれない。
その時のために、再現性はない(低い)息子の笑顔を、今はしっかり瞼に焼き付けたいと思う。
息子、一歳の誕生日おめでとう。
それではまた明日。