見出し画像

旅ランぼちぼち京都 疏水沿いを行く4

疏水沿いを行く3から随分時間が経ってしまいました。

このごろはすっかり涼しくなって秋らしくなってきました。というか真夏から突然の秋という印象。ジョギングにはいい季節です。

京都疏水巡りもあと山科ー大津、岡崎ー伏見の2区間となりましたが、気になるのは岡崎ー山科間の日ノ岡峠(蹴上三条通)。比較的行きやすい場所なんですが、この区間、疏水はほとんどがトンネル内を流れているため見ることができません。なら、いらないよね・・・と思っていました。

が、この地域の地図をなんとなくながめていて、こりゃなんだ、となりました。

下がそれです。

ため池?
この辺りは急な傾斜地のはずだからそれはない。

航空写真で見てみると・・・

!  !  !
なんだこれは!!!

すべり台に見えるし。下の池には、これは船だよね。いや船だよ。

島につながる橋も見える。長く使われていないっぽい。

「蹴上 廃墟」で調べてみると、出るわ出るわ。

1991年開業の「アクアパーク東山」という名の大型プール施設だったようです。
閉業は2007年。
廃墟マニアには結構有名みたいですなあ。

<疏水第ニトンネル>ー<第三トンネル>間の船溜りと、日本最初のコンクリート橋?、それとこのプール跡があれば、行くだけの価値はある!
十分ある!あるよね?

ということで行ってきました。


© OpenStreetMap contributors

① 京都市営地下鉄 蹴上駅

ツバメの巣が駅名にかからなくてよかった。

前回の終点 蹴上駅から山科方面へ出発です。
すぐに日向大神宮参道入り口の鳥居に出くわします。

② 日向(ひむかい)大神宮 参道入り口

三条通りに面しているのですぐに見つかりました。
顕宗天皇(けんぞうてんのう)の時代西暦480年代に作られた、程度の下調べでやってきました。400年って言えば飛鳥時代のその前、古墳時代にあたるってこれすっごい昔ではあるなーと感心しておりました。聖徳大師生誕から100年ちかくも前ということになります。

登りだしてすぐ小橋がありました。大神宮橋という名前でいきなり疎水です。先に見えているのが疎水公園。ここで疏水に出会うとは。やっぱり来てみるもんです。

今回の最後、第三トンネル東口にあった観光地図。


ここからは相当登り道が続きます。

右の細い道を行きます。
まっすぐです。
帰りは右手の道を行きす。

③ 日向大神宮

最後の階段。
外宮

作りが伊勢神宮!!
これは知らなかった。立派で驚きました。
例に漏れず応仁の乱で社殿も記録も全部焼けてしまい、その後慶長年間に再建され、東海道中の安全祈願、伊勢神宮の代参として多くの人が訪れていた、とのこと。

内宮

棟木に対して直角に置かれているのは「堅魚木(かつおぎ)」、両側で両斜めに突き出しているのが外削ぎの「千木(ちぎ)」というそうです。上端が水平にカットされている場合は内削ぎの「千木」。(伊勢神宮にも行ってるのに・・・・初めて知りました)

左手を少し登れば、天の岩戸があります。

中は暗くてちょっ不気味。
手彫りなんでしょうね。すごい。

④ 伊勢神宮遥拝所

「社務所の前を通って向かい側の山」を登ってみました。

なかなかの登りです。

東山トレイルを行かれる山装備の方ともあいさつしながら登ります。

いきなり鳥居が現れます。

伊勢神宮に向かって拝んできました。

振り返ると平安神宮の鳥居が見えます。

⑤ 三条通りをまたぐ高架橋

高架橋から東向きに見ています。

高架の下には粟田口処刑場跡がありますが、説明書きの看板しかありません。
そこで刑場について少しばかりうんちくを・・・

刑場としては、有名なのは三条河原でしょう。

六角獄舎(六角大宮通西)から引き出された罪人は、市中引き回しのうえ、三条河原へ連れてこられていました。

この「市中引き回し」のコースは決まっていて、いつも同じ順路で行われていたようです。

実はこの三条河原コースとはちがう二つ目のコースもありました。

この別コースの終点は、現在の円町(西大路丸太町)あたり。

西大路通の東側に、道と並行して走る紙屋川(地図によっては天神川と表記)の刑場へ連れてこられていました。

当時西大路太子道付近の寺の住職は、罪人を不憫に思い、お経を唱えて末期の水を与えたそうです。その水を汲んだのが壷井と呼ばれる井戸。現在でも駐車場の一角に大切に守られています。

⑥ 元アクアパーク東山

施設の一部が、すでに高架橋から見えています。

本日のメイン!!! プール廃屋に到着しました。(もう疎水とは何の関係もない)

プールに向かう道は二つあるようです。
一つは三条通りから直接階段を上がる方法。もう一つは高架橋の先の道路に面した正門らしき入り口。ただいずれも雑草が伸び放題で分けいって入ることになります。侵入禁止の表札も掲示されていたので、こちらから入ることは諦めました。

高架橋の先へ進めば上から見えるんじゃないかと行ってきました。

ありましたよ船船船!!
高架から見えていた流水スライダー
とても入れるもんじゃありません。

道路沿いからこんなに見えるとは思いませんでした。この道路は三条から五条へ抜ける道。交通量が多く歩道も途中で終わっていますから、行かれる際はくれぐれもご注意ください。

⑦ 疎水第三トンネル東口

第二トンネルの西口

三条通り御陵(みささぎ)を北行して突き当たりです。
小さな公園の北側に疎水が流れていました。疎水は相変わらず豊かな水をたたえてゆっくり、ゆっくり流れています。なんか気持ちが緩んでホッとします。

第三トンネル東口 3兄弟も到着を喜んでいます。
日本最初のコンクリート橋。
本邦最初鐡筋混凝土橋
鉄筋コンクリートって漢字でこんな風に書くんだ。

立派な碑もありました。
今後この技術を利用するためにテストケースとして作ってみた、ということらしいです。

船溜まりはすでに埋め立てられ、山科区水道局の取水場になっていました。

⑧ 御陵(みささぎ)駅

本日の終点に到着です。
今回はプールが前面にきたため疎水情報は薄くなってしまいました。
ま、そういうこともあるでしょう。
次回はいよいよ山科から疎水沿い(可能な限り)に滋賀県へ向かうつもりです。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集