[暮らしっ句]釣瓶落し2[俳句鑑賞]
※心の弱っている方は、お読みにならないで下さい。
「死」や「あの世」にふれています。
釣瓶落し 自転車の鍵 探さねば 吉田政江
夕暮れ時と「探しもの」はセットだったりします。老人ホームでは「不穏」タイム。「家に帰る」「やらなきいけない用事がある」……
夏の夕暮れだと、それほどでもないんですが日が短くなると多発する…。
強いて原因を考えますと、古代以前においては日が暮れると容赦なく行動不能になりますから、夕方になると気がせくというのは本能のようなものかなと。普通は理性で堪えますが、認知症になると我慢が出来なくなる。それは一つありそう。
ただ、それだけじゃない気がします。夕暮れ時のことを「逢う魔が時」と云ったりするじゃないですか。そんな神秘的な要素もあるんじゃないでしょうか。「鍵」というのも<我々はどこからやってきてどこに向かうのか>というレベルの「何か」を象徴しているような……。
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過去帳を めくれば 釣瓶落しかな 朱間繭生
表面的な意味は「過去帳」を夢中になって見ていたら日が暮れた……ということですが、ほかでもない、代々のご先祖様の記録ですからね。もしかしたら、「冥界」にしばし誘われていたのかも……。
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乗り換への駅なり 釣瓶落しなり 平間裕子
「乗り換え駅に着いたら、もう日が暮れていた」……というのが表面的な意味。
しかし、これまでの解釈の流れから云うと、たとえば『銀河鉄道の夜』のようなイメージが浮かびます。「乗り換え駅」に停車している列車の中には「異界」行きもあるんですよ。これまで乗っていた列車が「異界」に向かうのであれば、乗り換えることで命拾い。逆なら、乗り換えたことで、この世とおさらば。
もっとも長生きすれば幸せというものではなく、ベストなタイミングというものもありそうですけど。
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釣瓶落し 線路は貨車に引つ張られ 竪山道助
この句だけ見れば ? ですが、これまでの解釈の流れで見ると、結構、怪しい句。なんたって、あの世行きの列車の走る線路は貨車に引っ張られているというんですから。俳人の直観って底が知れません。
でも、そう云われると合点がいくこともあります。
あの世行きの線路って、ふだんは無いんですよ。その時に、何かが引っ張ってくる。交通事故なら、ぶつかってくるクルマが「あの世行きの線路を引っ張っている」。そこで救急車に乗るか、線路の列車に乗ってしまうか、まさに生死の分かれ道。
死ぬのが不幸とは限りませんが、刹那に分かれ道が見えるのだとすれば、あらかじめ心づもりをしておいたほうが良いかも。たぶんラクになれそうなのが、あの世行き……。
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釣瓶落し ふつと消えたる人の影 片山煕子
動画サイトで、人の消える映像を見かけました。待合室なんかの監視映像。どこでも見かけるようなシーンなんですが、六七人のうちの二三人が、ふ ふ と消えていく。気味が悪いのは人が消えたことに側の人が気づかないこと。映り続けている人たちには、いつもと変わらぬ時間が流れている。
その映像の真偽はわかりませんが、というか常識で考えればウソに決まってますので、作品として鑑賞したいと思いますが、
「死」がいかなるものか。その一面が見事に表現されていると感じました。「死」なんて客観的にみれば、この世界から消える、ただそれだけ。消えるのは一瞬。悩んだり怖れたり悲しんだりするのは「主観」。仏教で云えば「我(が)」。そして、それこそが苦の根源。
こういうと、悟らない限り「我」は消せないとか、一般人には無理と思いがちですが、わたしもつい昨日までそう思ってましたが、昨日、耳にした哲学者のお話によると「主観」と「客観」が分離したのはそう古いことではないそうです。
「そんなこと云われても、文明社会で近代的自我をもってしまった以上、もはや後戻りなんて出来ない!」と反発したくなりますが、その哲学者はククチンのことを例に出しました。
話がそれたようですが、ちょっと強引にまとめると、
今、世界は夕暮れ時にさしかかっているのかも知れません。多くの人が、何かをしなければいけないと不安や焦りを感じ、実際、強引な改革やら暴力的な強攻策が頻発している……
しかし、実は一番の危険は自分自身の「主観」ではないか。
この数年で相当数の人が死ぬという話もありますが、そこまでの激動だと個人の対策なんて、まあ役に立ちません。ならば、悩むだけ損というもの。では、どう考えればいいのか?
「いくらたくさんの人が死んでも、それ以外の人は生きのびられるというこちとじゃん」「どうせ誰かは生きのびられる」……そんなふうに「自分」を度外視した時にはじめて「安心」が得られるのでは。
大激動の時代、庶民の役に立つのはそんな「客観」志向かもしれません。
これが今のわたしに思いつく、精一杯の希望かな~
出典 俳誌のサロン 歳時記 釣瓶落し
釣瓶落し
ttp://www.haisi.com/saijiki/turubeotosi1.htm
画像はmannaka0120さんの作品です。
ありがどうございます。