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[短編]魔女のギフテッド 後編
母魔女(ぼまじょ)は馬乞(ばこ)に食べ物と小遣いをやって帰した後、さっそく調査を開始しました。骨の折れる作業でしたが、やった甲斐はありました。
やはり食べ物は、人によって身体に良いか悪かが分かれるのです。「ワタシは○○を食べて治った」というのも、その人にとっての正解であり、違う体質の人には逆効果になる恐れすらある、そういうことがはっきりわかりました。
野菜だって例外ではありません。野菜を警戒する人は少ないと思いますが、体質によっては毒になる野菜があるのです。アレルギーのような激しい症状は出ないので気づきにくいですが、日常的に食べていると、ちりも積もればなんとやら。避けるに越したことはありません。
もちろん、ニンジンがどうのタマネギがどうのという単純な話ではなく、それぞれの食材に含まれている成分が問題になります。
母魔女は、それについてもすぐに見当がつきました。半年間、数多くの医学論文を読んできたことがここでも役に立ちました。それは「糖鎖(とうさ)」というものです。
「糖鎖」とはアミノ酸と糖が結合したもので、どんな食材にも含まれています。糖鎖には、たくさんの種類があって、野菜の種類によっても含まれている糖鎖の種類が変わります。その糖鎖がどんな働きをするか。
たとえば、他の糖鎖と強く結びつく糖鎖を食べると、粘膜の糖鎖に結合して粘膜を剥がしてしまいます。粘膜を作る力が活発な人だと、多少剥がされても何とないのですが、粘膜を作る力が弱い人だと炎症を起こしてしまいます。それを頻繁に繰り返せば、癌化してもおかしくありません。あくまで一例ですが、体質が問題になるのはそういうことなのです。
何をおおげさな、と思われるかも知れませんが、よく考えてみて下さい。二人に一人が癌になる、今はそんな異常な世界です。
普通にしていれば良いというのは、昔のように地域の食材、伝統的な料理を食べている場合のこと。外国から輸入した食材、外国風の料理、特に加工食品を長期間、食べ続けた場合の安全性は未確認なのです。というか、すでにこれだけの癌が発生しているのですから、タカをくくっている場合ではありません。
ただ、健康的な食事とされているものにも落とし穴があって、体質を考慮していない健康食は、人によっては裏目に出る危険性があります。癌の夫婦が食事のことで衝突することがあるというのは、おそらく夫婦の体質が正反対だったことによる悲劇です。
以上は、まだ大筋の話であって、細部はこれから地道に検証して行かねばなりませんが、母魔女は大きな手応えを感じました。
(誰にとっても身体に良い食べ物などなかったのだ。
まず自分の体質を特定することが大事だ。その上で体質にあった食事をすれば、常在菌の構成も変化するかも知れない。いや、必ず変わる。砂糖を口にしただけで腸内細菌の構成が変わるのだから。
食べ物によって問題の菌が消えれば、薬を使う必要もなくなる。そうなればもはや対症療法ではないぞ!)
しかし、何しろ母魔女は天才級の頭脳の持ち主。その一方で、まったく別のことも閃きました。
(脳性魔非を治す魔法はないが、この子の将来を透視することは出来る。5年後、10年後の姿を見ようと思えば、魔法で見ることができる……)
病気を治す魔法はありませんが、未来を透視する魔法があることを思い出したのです。その魔法を使えば、わが子の行く末を確かめることが出来ます。
(しかし、五年後、十年後を透視して、少しも良くなっていなければどうしよう…… それどころか、最悪、生きていないかも知れない……。
脳性魔非の平均寿命は昔に比べれば格段に伸びているが、最近は頭打ちだ。原因はいくつかあるが、理由の一つは、ハイリスク・ハイリターンの新薬が好まれることだ。ワタシは新薬には用心深い方だが、しかし、世間から見れば、かなり変わったことをやっている。それが将来、裏目に出ないとは限らない……)
母魔女は思案した挙げ句、わが子の五十年後を覗いてみることにしました。五十年後なら、もし生きていなくてもショックがまだ少ないですし、もし生きていてくれてたら、その時には病気が治っていようといなくても、それだけで十分だと思えたからです。
果たして、水晶玉にはその年齢の男性の姿が浮かび上がりました。男性は往来に立って誰かに話しかけていました。母魔女の子は今は立つことさえままなりませんから、立っている! それだけでも胸が一杯になりました。
顔が見たいと思い、そのまま眺めていると、やがて男性がこちらを振り返りました。残念ながら、ちょっとがっかりするような年配者の顔でしたが、何しろ五十年後なのですから無理もありません。
男性は、まるで母魔女に気づいたかのように笑いかけてくれました!
が、次の瞬間、母魔女は水晶玉を両手で覆ってしまいました。見ては行けないものを見たような気がしたからです。というのも、わが子に、あの馬乞の顔がオーバーラップしたからです。
(今の馬乞と同じような年齢だから、連想してしまったのだろうか。しかし、それにしてもイメージが悪い……)
母魔女は、考え込まずにはいられませんでした。
(ともかく人並みの身体にしてやりたいと、その一念で頑張ってきたが、脳のダメージが治らなければ、結局、まともな仕事に就くことが出来ないかもしれない。よもや物乞いにはなるまいが、しかし、誰だって底辺になろうと思ってなるわけではない。競争に負け続ければ……)
そう思うと答えは一つ。是が非でも、脳の治療を成功させるしかない! 母魔女はあらためて脳の治療に闘志を燃やしました。
それから数日たったある日の深夜、母魔女はふと目を覚ましました。わが子に起こされたわけではありません。何年にもわたって夜通し看護していたので、その習慣がなかなか抜けないのです。
カーテン越しの月明かりが、わが子の横顔を浮かび上がらせておりました。寝顔を眺めていると、こないだは馬乞に失礼なことを考えてしまったと、そのことが反省されました。
(あの馬乞にもこんな頃があったのだろうか。もちろんあったに違いない……)
そう思うと、わが子の寝顔がまるで馬乞の子ども時分のように思えてきました。
(馬乞の母親もこうして子どもの幸せを願ったことだろう。よもや物乞いになるとは思わなかったに違いない。馬乞の母親、もし生きていれば、悲しみに暮れていただろうか?
もしこの子が、ワタシのいなくなった後に、物乞いになっていれば、ワタシはあの世で落胆するのだろうか……。
生きてさえいてくれれば絶望はしないと思うが、やはり物乞いでは、悲しい気持ちになるかもしれない。
といって、親の願望を子どもに押しつけるわけにはいかない。親の希望通りにならなかったといって、悲しんだり失望したりするのは間違っている。
脳性魔非の診断を下した医師は、「このようなお子さんはギフテッドといって、天からの贈り物なんですよ」と云って慰めてくれたが、この子は「物」じゃない。この子はこの子の人生を生きて欲しい……)
母魔女がそんなことをつらつらと思っていると、子どもが目を覚ましました。
「こないだのおじさんのこと、考えてたの?」
母魔女の子どもには相手の心を見通す力があるらしく、時々、母魔女の思っていることを言い当てました。
「あなた、隣の部屋で眠ってたんじゃないの?」
「半分はね。でも途中で目が覚めて、ドアの隙間から覗いてたんだ」
「起こしちゃったのか。ごめんね」
「あのおじさんにも、子どものフワフワがついていたよ」
「フワフワ」とは、普通の人には見えない何かです。オーラとか守護霊とか、そういうもののようです。母魔女には見えないのですが、子どもには見えることがあり、見えた時には何が見えたのかを話してくれました。
「子どものフワフワって、すごく強いものなんでしょ?」
「うん。でも、あのおじさんのは、小さくて育ちきれなかった感じ。だから、男の子か女の子かもわからなかった」
母魔女はそれを聴いて、守護霊にも発育不良があるのかと思いました。あるいは、植物が萎びるように元気が無くなった状態なのか……。
もっとも、もし正常なら大変なことです。何しろ子どもの姿の守護霊は、ひじょうに強力な存在だからです。特に男の子のフワフワは、大富豪やスーパースターの守護霊と相場が決まっていましたから。
そんなすごい守護霊が憑いている者が、物乞いなどやってるわけがありません。馬乞の守護霊が弱っているというのは、それはそれで辻褄が合うと思えました。
「なんなら、一緒に遊んであげてもいいよ」
「この前、大富豪のフワフワとは遊べないと云ってたじゃない?」
「うん、あの子とはね。でも、おじさんの子なら、さみしそうにしてたから、遊んであげてもいいよ」
子どもはそれだけ云うと、また眠ってしまいました。
母魔女のほうはすっかり目が冴えてしまったので、起きて、研究の続きをすることにしました。
読みかけの本を手に取ると、紙切れが一枚落ちました。誰かが挟んでいたようです。見るとこんなことが書かれていました。
「しばらくお呼びがかからないので案じていましたが、医学の勉強をされてたんですね。わずか半年でよくそれだけお調べになられましたね。
でも、それもお子さんあってのことだと思います。お子さんが病気でなければ、あなた様のその能力も眠ったままだったでしょう。なにしろ、たいていのことは魔法でかなえられるのですから。
子どもは天からの授かり物といいますが…… 授かりものには二つあると思います。一つは、自分がうれしいもの。もう一つは、誰かに何かをしてあげたくなる、そんなきっかけだと思います。
わたしなどは物乞いで、もらってばかりですので、いつか誰かに何か出来るようになればいいなあと。そんな日が来ることが夢です。
あの…… お願いなのですが、お子さんの遊び相手に、わたしを呼んでいただけませんでしょうか? 生意気を云うようですが、お代はいりません。誰かに何かをしてあげられるチャンスが欲しいのです……」
馬乞が書いたものでした。母魔女が、彼に渡す食べ物と小遣いを用意している間に、走り書きしていったようです。
母魔女は思わず苦笑してしまいました。
(どこの世界に自分の子を物乞いに預ける親がいるものか。あの子の話を聴いていなかったら、まったく取り合う気にもならなかっただろう。
でも、あの子が話してくれたおかげで事情はわかる。あの子と遊びたがっているのは馬乞の守護霊なのだ。守護霊が馬乞にこれを書かせたに違いない。馬乞の守護霊とあの子は一目で通じ合うものを感じたようだ。
両者が仲良くなり馬乞の守護霊が元気になれば、これはおもしろいことになるかもしれない。なにしろ子どものフワフワはとても強力なのだ。よもや物乞いのままではいまい。ひょっとして、あの馬乞が大富豪に? これはケッサクだ!)
大富豪…… 魔女にとってもそれは近寄りがたい存在でした。古への魔法には錬金術があり、その気になればいつでもお金持ちになれましたが、どういうわけか、錬金術はとっくの昔に失われていました。中世になって錬金術が盛んに研究されるようになったのは、そのためです。今は魔法よりもお金のほうが力を持つ世の中です。なんといっても、腕利きの魔法使いが大富豪に雇われているという有様なのですから。
その大富豪に、あの物乞いの馬乞がなるかもしれない?
これはもう笑うしかありません。
しかし、こんな考えも浮かびました。
(おいおい、もし馬乞が大富豪になれば、神医を紹介してくれるかもしれないぞ……)
「神医」とは、名医中の名医です。ふつうの医者が匙を投げるほどの病気でも、神医の手にかかければケロリと治る。そんなことが少なくないのです。どうやら神医というのは、最新の医学+αの秘術を駆使するようです。
ともかく、そんな神医に診てもらいたければ、大富豪に紹介してもらうしかないわけですが、そもそも大富豪には近づくことも出来ないので、結局それは不可能なことでした。
(その絶対に不可能だと思ってことが、実現するかもしれない。馬乞が大富豪になれば!)
母魔女はもう一度、声を潜めて笑いました。音を立てないように笑うのが苦しくて涙が出ましたが、気分は悪くありません。母魔女はそのようなことをアテにする性格ではありませんが、だからこそ愉快と感じられるのです。とりとめのない空想はさらに広がりました。
(まてよ、馬乞の守護霊が元気になるとすれば、あの子には弱った守護霊を癒やす力があるということになるではないか……。
不治といわれたあの子が、守護霊の治療者としての資質を持っている? だったら、脳性魔非は、そのままにしておいたほうがいいということになるのか?
こういっては不遜だが、脳性魔非が治っても治らなくても、どっちに転んでもうまく行くということか?)
しかし、空想もそこまで行くと度を超しています。
母魔女は大きくかぶりを振って、気を取り直しました。
(何をバカなことを考えてるんだ。現実はそんな甘いものではない。今日だって……)
母魔女はその日の朝、子どもを連れて病院に行ってきました。日常的な通院はやめてしまったのですが、半年に一度、検査だけは受けていたのです。
待合室で、顔なじみのお母さんから、以前良く一緒になっていた別のお母さんの子どもが亡くなったと聞かされました。ひじょうに熱心に世話をしていたお母さんでした。
そして、教えてくれたお母さんの子どもまた状態が悪化していました。
「あなたのお子さんは、元気そうでいいわね」と云われましたが、その言葉には、「なぜあなたの子どもだけが順調に育っているの!」という負の感情が見え隠れしました……。
(うちが上手く行っているのは、ワタシが勝手なことをやったからだ。研究してやってきたことだが、客観的に云えば無謀だったろう。決して、他の母親たちに隠していたわけではない。
それにしても、治らないと断言している医者の指導に従う母親たちというのは、なんなのだろう。
亡くなった子どものお母さんも、その話をしてくれたお母さんもワタシとは正反対の優等生だ。医者の云うことを完璧にやろうとしていた。しかし、それは治すための方法ではなかった。
たとえば、食事制限。その目的は介護負担の軽減である。身体が大きくなれば介護の負担は増す。それはそれで切実な問題だ。しかし、医者の云うことを忠実に守ればどうなるか? 真面目なお母さんの子どもほど、身体が小さく元気がない。見るだけで胸が締め付けられる。
それが脳性魔非の子の現実である。脳性魔非の子に守護霊を治すほどのチカラがあるのなら、どうしてそんな目に遭う?)
母魔女はめずらしくそのまま眠りこんでしまいました。しかし、いつものように夢の中でも、研究をつづけました。そして、ついに体質と食べ物の関係を解き明かせたと思いました。
(歳をとれば、好きな食べ物が変わる。それは年齢によって体質が変わったということだ。体質は血液型のように生涯同じというものではない。ほかにも変わる要因は、あるか?
ある! 病気だ。妊娠もそうだ。食べたい物がはっきり変わる。
食べ物から病気を考えた場合、二種類に分類出来そうだ。何かの食べ過ぎと何かの不足である。当然、対策は変わってくる。
体質と食事の関係は、そういう可変的なモデルで説明がつくのではないか! 体質に加えて、今の状態に応じて食事を考えるのだ。
ふだん、食べたほうが良いものと良くないもの。
過剰で病気になった時に、食べた方が良いものと良くないもの。
過不足で病気になった時に、食べた方が良いもの良くないもの、
それを図式化してみよう……。
学説として発表するのには大規模な検証が必要になるが、薬ではないから認可は必要がない。発表すれば、健康法として多くの人に役に立てて貰える!)
その時、誰かが母魔女にそっと毛布をかけてくれました。
子ども以外には誰もいませんが、子どもはまだ歩くことが出来ません。母魔女は、夢を見ていると思いました。
以上は、「あずみの」さんの記事を拝見させていただいてイメージされた「フィクション」です。科学っぽい部分も残念ながら不正確です。「あずみの」さんの研究を理解するには、少し勉強する必要があると思います。
ぜひ「あずみの」さんのページで「ノンフィクション」を!