[暮らしっ句]茸[俳句鑑賞]
茸誕生 老婆が影を かぶせるとき 堀内一郎
雰囲気は何となく伝わってきますが、意味を考えると ? となります。なので、この句だけなら取り上げることはなかったと思います。しかし、次の句と並べてみると……
又の名を 姥捨といふ 茸山 松本康司
「姥捨て山」は実在したのか? 少し調べた範囲では証拠はないそうです。ですから実在はしなかったと。でも、それって事故が起きる前の安全神話のようなもので、そうあって欲しいという願望っぽい。
「姥捨て」はお能にもなってるし、ゆかりの地を芭蕉も訪れています。わたしとしては、それを証拠として採用したい。お能も芭蕉も亡霊ハンターですからね。それが先の句とどう関係するのか……
山に置き去りにされた老婆がどうして生きていくか? 数日分の食べ物くらいは持たされたとしても、そこから先は自分でなんとかするしかありません。猟は出来ませんから山菜や木の実、茸の採集が命綱。もしかしたら、姥捨ての時期は夏の終わりと決まっていたかも知れません。山に食べ物が比較的多い時期ですから。
それでも動物のような生き方になります。朝から晩まで食べ物を探し歩く日々…… おそらくこんなことがあったのではないでしょうか。
茸取りに山に入った村人が、茸を見つけて近寄るとそこに影が出来た。驚いて振り返ると、老婆が立っていた……。
そんな経験を二度三度と繰り返せば、上の句の世界観にもなるというもの。茸のあるところ老婆あり…… それが高じると、まるで老婆の影が茸を生んでるようだという……
そんな伝承、聞いたことがありませんが、詩人のアンテナはキャッチしてしまうんですね。名も無き者たちの怖ろしくも哀しい経験を……。
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茸狩 迷彩服の一団来 高島久木
この句だけを見れば、自衛隊かサバイバルゲームの一団と遭遇した、その事実を単に記しただけのようですが、次の句を重ねれば……
吾も彼も 野武士の目つき 茸狩 塩路隆子
夢中になってというよりも、必死になって探しちゃったわ~ と云う句のようですが、トンデモ愛好家が見れば、こういう解釈になります。その土地には兵(つわもの)たちの念が強く残っていて、その怨念がつかの間、憑依したのではないか。
そんなふうに解釈すると、上の句の「迷彩服」も浮遊霊を目撃したのかも知れません。
と、こんなことを云ってると霊を呼びかねませんので、お坊さんに登場していただきましょう.
木喰の 産土の地や 茸多き 朝倉富次
「木喰」は遊行僧の名。各地を巡りながら行く先々で、粗彫りの仏像を大量に制作しました。円空さんと双璧の存在。
知り合いに根付け作家がいるので、彫刻という仕事、作家の現実は多少は理解しています。余程の動機というのか、ポリシーがなければそんな真似は出来るものではありません。その思いとは何だったのか? 専門書を見ればちゃんと解説されていると思いますが、この句の作者は「茸」説。
木喰さんの生まれた土地は、ともかく茸が仰山、出てくるんじゃ。
んだもんだから、仏さん作るにしても、うじゃうじゃ作らないと気が済まんかったんじゃろ……
……最近、なんでもかんでも怪しい方向に受け取ってしまいます。
第二の中二病期?
出典 俳誌のサロン 歳時記 茸
茸
ttp://www.haisi.com/saijiki/kinoko.htm
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