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失敗の科学~失敗から学習する組織、学習できない組織~

人はみな失敗をします。失敗をしない人など存在しません。しかし、その失敗をどう受け止めるかは千差万別。本書ではその失敗をどのように扱い、成長していくべきかを様々なケースを用い、示唆してくれています。

まず最初に出てくるのが、航空業界と医療業界の失敗の扱い方に対する比較です。

アメリカの医療業界では1日1000件も回避可能な死亡事故が起きており、回避可能な合併症も1日1万件起こっていると言われています。イギリスでは、2005年の監査局の発表によると、年間約34,000人の患者がヒューマンエラー(人的ミス)によって死亡しているようです。

一方で、航空業界は事故(失敗)が少ない業界として有名です。欧米で製造されたジェット機については、事故率はフライト100万回につき0.41回。単純換算すると約240万フライトに1回の割合です。では、航空業界はなぜこんなにも失敗が少なく、医療業界とこんなにも差があるのでしょうか。

「クローズド・ループ」と「オープン・ループ」

もともと制御工学で使われる用語のようですが、ここでいう「クローズド・ループ」とは、失敗や欠陥に関わる情報が放置されたり曲解されたりして、進歩につながらない現象や状態を指し、「オープン・ループ」では、失敗は適切に対処され、学習の機会や進化がもたらされます。

医療業界は「クローズド・ループ」、航空業界は「オープン・ループ」の状態にあり、それゆえに事故率の差があるということです。(もちろん医療業界の方が航空業界よりもはるかに複雑にできているので単純比較などできませんが)

確かに、これまでに航空業界において悲惨な事故は多くありました。しかし、彼らはそのたびにブラックボックスに残される機長たちの会話やデータを徹底的に解析し、事故の再発を防ぐためにありとあらゆる改良を重ねてきました。一方医療業界では西暦2世紀にギリシアで行われていた「瀉血しゃけつ」(血液の一部を抜き取る排毒療法)から始まり、科学的アプローチ(調査)を嫌う傾向があるようです。

上記のように日々医療事故が起きているわけですが、その多くは「不可避な事故」「不測の事態」として扱われ、そこからシステムの改善や新たな学びにつながっていないのが医療業界だと言うわけです。しかし、これもある程度納得のいくものです。医療関係者が一つ一つの医療ミスとその過失を認めて患者の家族などに訴訟を起こされたりしたら医療業界は崩壊すると思われるからです。

しかしここに興味深いデータがあります。アメリカのある医療センターが「情報開示」方針を導入したところ、裁判費用がそれまでに比べて急激に下がったのです。また、別の調査では、医療事故被害者の約40%が、十分な説明と謝罪を受けたことで告訴に踏み切るのを辞めたというのです。

注目するべきなのは、失敗そのものではなく、失敗に対する姿勢だということです。

フィードバックは道を示す「明かり」

航空業界と医療業界にはオープン・ループかクローズド・ループという大きな違いがありました。それは言い換えると「フィードバック」がある世界か否かということだと思います。

間違いを教えてくれるフィードバックがなければ、どんなに訓練や経験を積んでも何も向上をしません。これはあらゆる業界にあてはまることで、例えば私のように教師をしていても、自分の授業に対して生徒や他の教員からフィードバックをもらわない限り、なかなかその良し悪しに気づくことはできません。同様に生徒にプレゼンテーションをさせる場合も、必ず私やクラスメートからのフィードバックをするように心がけています。

失敗の捉え方

上記の通り医療業界は本質的にミスを招きやすい構造になっており、さらに悪いことに医療スタッフは失敗を不名誉なものと決め、エラーマネージメントの訓練をほとんど、あるいは全く受けていないのです。このような状況において「失敗しても大丈夫!この失敗から学んでいこう!」というマインドセットは持ちづらいです。

しかし、本書の根源的なメッセージでもある「失敗を受け入れる姿勢」がない組織に成長はありません。おそらくそれはほとんどの人がわかっているにもかかわらず、なぜ人は失敗から学べないのでしょうか。

まず、人はあり得ないことが起きると、認識力が低下したり、時間の感覚を失った入りする、という事実があります。このような場合、人は失敗を失敗と認めることが難しくなります。本書では、航空業界・医療業界の他にも司法界において起こった様々なケースを用いて、この説を実証しています。

そして、2章で書かれているように、人はウソを隠すのではなく信じ込む傾向を持っていると側面もあります。

人は自分の信念と相反する事実を突きつけられると、自分の過ちを認めるよりも、事実の解釈を変えてしまうことがあります。次々に自分の都合のいい言い訳をして、時に事実を完全に無視してしまうこともあります。これを「認知的不協和」と呼びます。認知的不協和は、目標に対して努力をすればするほど起こりやすくなり、またエリートに起こりやすいと書かれています。恐ろしいのは、自分自身で認知的不協和に陥っていることに気づくのが非常に難しいことです。(自分で就いたウソを事実として認識してしまう)

成功をもたらす方法論とマインドセット

結局のところ失敗を受け入れることができる文化をもつ企業や業界が発展を続けていくと定義できるわけですが、そのアプローチとしては、早期の失敗を奨励する「フェイルファスト」手法、ソフトウェア開発における反復学習的な「スクラム」手法などの、リーン・スタートアップ(コストをかけずに最低限の製品・サービス・機能を持った試作品を短期間でつくり、顧客の反応を的確に取得して、顧客がより満足できる製品・サービスを開発していくマネジメント手法のこと)のような「失敗型」のアプローチは広く広まってきているようです。

「失敗型」のアプローチで特に注目すべきなのは、成果そのものよりも、トップダウン方式を重視した従来の価値観に風穴を開けたことです。「失敗型」アプローチをとるためには、物事を素直に受け入れる気持ちと根気強さが欠かせませんが、結局のところ失敗を受け入れることが成功への近道だということです。

また、個人の成長においては、「固定型マインドセット(Fixed Mindset)」と「成長型マインドセット(Growth Mindset)」の差を理解し、成長型マインドセットを育んでいくことが肝要です。

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https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/063

私も自分の生徒がGrit(やり抜く力)やResilience(しなやかな心)などの非認知能力を育むことを常に心がけており、そのために多くの仕掛けもしています。その前提として、失敗をさせること(チャレンジをさせること)、そして失敗を受け入れられる環境を作ることなどに気を配っております。その結果子どもたちが成長型マインドセットを身につけることができれば、高校を卒業して大人になっても、様々な困難を乗り越えて成長していくことが可能だと思っています。

最後に

日本は外国と比べて失敗が許されにくい社会だと思います。それは日本社会全体を覆う集団主義(同調圧力)にも由来していると考えます。他の人と同様であることが美徳とされ、そこから逸脱することが悪とされる文化では、容易に間違いを犯せるわけもありませんし、人の失敗を受け入れるような寛容な態度もなかなか育ちません。

一つの例として、企業家の少なさが挙げられます。

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https://www.atpress.ne.jp/news/125692

世界45カ国を対象に起業家精神を調査したところ、 日本の起業家精神が最下位でした。

起業意識の違いが済全体に実質的な影響を及ぼすことは言うまでもありません。ある論文によると「日本では『機会思考』の起業精神が相対的に不足しており、それが過去20年間の経済停滞の一因となっている」と書かれ、一方アメリカでは企業家精神が経済発展をもたらした要因の一つと考えらえれており、「実証研究によって、機会思考の起業精神こそが、現在の市場経済における成長の源だということが明らかになっている」と書かれています。

失敗をどうとらえ、その失敗をどう個人・組織の成長へとつなげていくか。教師として、組織のリーダーとして、いろいろ考えさせられた良書でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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