ミニDIY音楽①回転数をあえて落として聴いてみる

その曲を聴くためには、本とレコードを購入するほかに、もう一個別の作業が必要になってくる。つまり、45回転用に作られたレコードを33回転で再生する作業だ。これを行うことでやっとその曲が聴ける。

この太陽バンドの「かつて彼らが旅したように」という曲は、立花文穂責任編集の「球体」という雑誌の第8号を買うとついてくるレコードで聴くことができる。この号のテーマは”station to station”で、執筆陣何人かでポルトガルへ鉄道旅行に行ったところから生まれたそう。寄稿された作品のあちこちにいろんな姿でポルトガルが登場し、写真・滲んだ無骨であたたかい文字・ばらばらざらざらした紙から、行ったこともない異国の気配が濃密に漂ってくる。

私はレコード大好きだが、持ってるのはせいぜい2枚くらい。というのは、プレーヤーが家にないから。もっと大きなスペースができたら買ってもいいかなと思いつつ、今まで来てしまった。どうやって聴こうかな〜と思っていたところで職場にレコードプレーヤーがあったことを思い出し、ありがたく借りた。
そんな状況だったので、レコードをプレーヤーにかけたことがない。とりあえずスマホを流し見しつつ、見よう見まねで置いて、再生ボタンを押す。曲が流れはじめた。
声、めちゃくちゃ低いなー。
声域以前にまるで加工したかのような音声だ。でも、これもわざとなんだろう。ポルトガルの路地を描写する詞と、ゆっくりざくざくと切り刻むような朴訥としたギターの弾き。これと、昼下がりの陽光が斜めに部屋に差している風景が、何とも合う。目の前の雑多な事務所の風景を越して、何だかポルトガルの景色が見えるようだ。

この曲が大変に気に入り、時々かけてぼんやり聴いていた。そうして数ヶ月が経った頃、私はレコードプレーヤーに回転の速さを変えられる機能があることを知った。
え、ひょっとして???ともう一回、別の速さで再生してみると、嘘みたいに爽やかな曲が流れ出した。声が一気に若返り、重たく刻むようだったギターが軽やかに鳴らされていく。ずっと聴いていた曲が10月の雰囲気だとすると、こちらはまるで5月だ。

しばらく呆然と聴いていたが、こっちももちろんいい曲だ。遅回しで聴いていたときに醸し出されていた郷愁が薄れ、興味の赴くまま歩いていく散歩の楽しみが伝わってわくわくしてくる。そうか、こういう曲だったのか、、
ということで、それからしばらくは速回しの速度で聴いていた。

数週間後、結局、レコードを遅回しの速度に戻してまた聴き始めた。こっちの方が自分の中のポルトガルの風景と合っていて、落ち着くのだった。

この曲、歌詞も抒情的で素敵だ。作詞は石田千。

きゅうな坂道 ころがって
夏の終わりの 駅にたつ
列車は川ぞい 海へとつづく
ぼくのふるさとに似ている リスボン

球体8/立花文穂責任編集(2019)

私はポルトガルに行ったことがないけど、ここで聴ける10月のポルトガルが好きだ。

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