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ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン 旅立ちのスーズ』、キャサリン・アーデン『魔女の冬』、鈴森琴『騎士団長アルスルと翼の王』、村山早紀『さやかに星はきらめき』…紙魚の手帖vol.15(2024年2月号)書評 三村美衣[ファンタジイ]その2

【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.15(2024年2月号)掲載の記事を転載したものです】


『最後のユニコーン 旅立ちのスーズ』井辻朱美いつじあけみ訳 ハヤカワ文庫FT 一二八〇円+税)は、ピーター・S・ビーグルの名作『最後のユニコーン』の続編を二編収録した作品集だ。

「二つの心臓」は、金原瑞人訳で『完全版 最後のユニコーン』(学研より二〇〇九年刊)にも収録されていた作品。すっかり年老いたリーア王が、村の娘スーズの願いを受け、最後の戦いに出向く顚末てんまつが描かれる。『最後のユニコーン』の結末のあの美しさを一切損なうことなく、見事に受け止めた続編であり、ヒューゴー・ネビュラのダブルクラウンに輝いた。『最後のユニコーン』は著者二十七歳の作品だが、この「二つの心臓」はその三十七年後の発表。そして本邦初訳となるさらなる続編「スーズ」だが、実はその段階で既に執筆予告されていたもの。寡筆で知られる作家だけに覚悟はしていたが、光陰矢のごとしでなんと十八年が経過し、十九歳という若さでデビューしたことでも有名な著者も既によわい八十を越えた。ちょっと怯えながら読み始めたのだが、鮮やかなイマジネーションはまったくせることなく、瑞々みずみずしい森が広がる。

 さて。「二つの心臓」の結末から八年が経過し、ついに運命の十七歳を迎えたスーズは、森でモリーから教わった人生を変えるフレーズを唇にのせるところが彼女の前に現れたのはモリーではなく、見知らぬひとりの少女
だった。彼女が自分の姉であることを直感的に悟ったスーズは、その後両親から、自分には妖精にさらわれた姉がいたことと、妖精たちが姉のかわりに軒先においていったのが自分であったことを知らされる。本編の主要登場人物は誰も登場しないが、森と、チリチリと皮膚を刺すような異界の気配、人ならざるものへのおそれはユニコーンとの出会いによって教えられた感覚だ。未読の方は復刊された『最後のユニコーン〈新版〉』(鏡明訳 ハヤカワ文庫FT)からお読みいただきたい。

 キャサリン・アーデン『魔女の冬』金原瑞人かねはらみずひと野沢佳織のざわかおり訳 創元推理文庫 一六〇〇円+税)は、東からはタタール人、西からはキリスト教による侵攻を受ける中世ロシアを舞台にした歴史ファンタジー《冬の王》三部作の完結編だ。ついにタタール人との決戦を迎え、魔女で、精霊で、人間の女でもあるワーシャが精霊の助けを借りながら戦場を駆け巡る。史実を利用しながら、そこにワーシャの闘いを巧みに織り込み、厳しく豊かなルーシの情景を描ききった手腕に感心しつつも、クリコヴォの闘いと聞いてもなんのことかわからない己のロシア史への無知ぶりが悲しくなる。

 鈴森琴すずもりこと『騎士団長アルスルと翼の王』(創元推理文庫 一一〇〇円+税)は、「レディがっかり」とさげすまれていた皇女アルスルが、六体の人外じんがい王をたおした英雄として歴史に刻まれるまでを描く六災ろくさいの王》シリーズの第二巻。アルスル率いる鍵の騎士団は、ワシ人外と戦う城郭じょうかく都市アンゲロスの救援に駆けつける。美しさも、けがれも、初々ういういしい恋も壮烈な戦いも、全てを淡々とした口調で白日のもとにさらし、殺伐さつばつとした空気をモフモフな生き物の愛らしさで包み込む。このはったりの効いたグロかわいい世界観に、どこか自信のなさげな内省的な登場人物という組み合わせも絶妙なら、物語が動き出すやザクザクとテンポ良くたたみ掛ける語りも独特で凄みがある。

 村山早紀むらやまさき『さやかに星はきらめき』(早川書房 一七〇〇円+税)は、ハートフルでノスタルジックな作品を五編収録したSF短編集。地球を離れた人類が宇宙へと拡散し、犬や猫が進化して新たな人類に加わった遙かな未来の、月に住むネコビトが編纂した未来の昔話集というSF的枠組みを外挿し、失われてしまうものへの哀切と、その心や記憶を未来へと届ける「本」への信頼が描かれる。


■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。