伊吹有喜『雲を紡ぐ』感想文
羽田椿です。
『雲を紡ぐ』の感想文を書きます。
(注意)ネタバレしてます。
まず、直木賞候補の中でこの本が一番、読むのが億劫でした。
まず、帯文。
「分かりあえない母と娘」「壊れかけた家族は、もう一度、ひとつになれるのか?」「「時を越える布」ホームスパンをめぐる親子三代の心の糸の物語」
都会で傷ついた娘が母親にも理解してもらえなくて、祖父母の暮らす田舎に行って、丁寧な暮らしと手仕事に癒されて、最後は家族が再生するみたいな話かな?と思いました。
こういう話は落としどころは一つだと思うんですよ。『西の魔女が死んだ』をどうしても思い出してしまうし。
それに、殊更に田舎暮らしや手仕事に価値を見い出そうとする風潮や丁寧な暮らしという言葉はもうお腹いっぱいです。わたし自身は、できるだけ丁寧ではない暮らしを心がけているような人間なので、余計にそう感じるのかもしれません。
きっと、畑から採ってきた野菜で料理するシーンとかあるんだろうなあ…。
そんなネガティブな姿勢で読みはじめました。
結論からいうと、だいたい想像通りのお話でした。
けど、ここまで読んだ直木賞候補五作の中で唯一、間に他の本を挟まず一気に読みました。
読み終わってから思い返すと、いろいろ気になる点はあるんですが、読んでる間は気にしないでいられました。
冒頭で、読んでて胃が重くなるような行き詰まった家族が描かれていて、それで引き込まれて、そのまま最後までという感じです。
お話は主人公の美緒(高校生)が不登校で家にいる場面からはじまります。母親は美緒が気にくわない様子。これから母方の祖母がくるという場面で、同席しなくていいかと聞く美緒に、
「だから言ってるでしょ、好きにすればいいって。お母さんが何を言ったところで、美緒は聞いてくれないでしょう」
とイライラ。また、美緒が祖母の買い物に同行すると知ると、
「お祖母ちゃんの言うことなら聞くんだ」
と嫌味。とにかく、美緒が自分の言う通りにならないのが気にくわないみたいです。
このお祖母ちゃんもくせ者で、娘も孫も自分の思い通りにしようとするんですね。ここの母娘関係にも問題の根っこがあるんだと前ふりしている感じです。
両親は美緒の不登校をなんとかしようとするわけですが、それはもう問題が発覚した点にすぎなくて、家族全体がもう成立してない状態にある。母と娘、父と娘、妻と夫、どこもうまくいってない。
お話自体は、美緒と父親の二つの視点で進みます。なので、読み手はどうしても母親が悪いように見えてしまう。今回は父方の祖父がキーマンになるのでそうなるのは仕方ないことだけど、ちょっとアンフェアな感じもしました。
そのおじいちゃんの作る布、ホームスパンを美緒も作ることになります。
手仕事については丁寧で実感のある描写がなされています。詳しいだけじゃなく、わかりやすいのもよかったてす。ここは説明のパート、という感じではなく、全体になじんでいたと思います。こういったものに興味がなくても、すんなり読んでしまえるのではないかと思いました。
後から思い返すと、ありふれた展開で、手垢のついたセリフだったりしても、そこまでで感情移入してしまっているとけっこう響くんだなあと。だからこそ、直木賞の候補にあがるんだと思いました。
評価のパラメータが五つかあるとしたら、大きくきれいな五角形になるような作品ではないかと思いました。ただ、突出するものがないかなという感じです。
以上です。