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My Eye Opener☕️

今回のテーマ:ストリートベンダー(屋台)

by 福島 千里

私の朝は一杯のコーヒーで始まる。
この一杯は、私にとってその日をしっかりと過ごすためのイニシエーションだ。

今でこそ自他ともに認める大のコーヒー好きだが、日本にいたころは、もっぱらお茶派だった(といっても、茶葉にこだわるわけでもなく、喉の渇きを潤す手段としてペットボトル入りや缶のお茶を常備していたていど。ただし無糖が条件)。幼いころ、母が毎朝の儀式のように飲むそれを横で見ながら、いったい何がそんなによいのかずっと疑問に思っていた。上京してたまに口にするようになったコーヒーも、20代の私には強すぎた。

”コーヒーは苦手だ”

それが私のコーヒー観だった。しかしニューヨークで暮らすようになってから、嗜好が一転した。

90年代後半、この国では無糖茶はまだ珍しい存在だった。店頭に並んでいるのは“茶”と称しながらも実際には砂糖たっぷりのフルーツドリンクもどきばかりで、中には砂糖入りの緑茶も売られていた。手軽に入手できる茶といえばティーバッグぐらい。しかしこれを毎日自宅で淹れて持ち歩くほど私はマメでもなかった。

そんな中で出会ったのが、屋台(ストリートベンダー)のコーヒーだ。

ニューヨークでは、街角のいたるところにさまざまな屋台がある。多国籍の街ゆえに、屋台の種類も実に豊富だ。ドーナツやベーグルといった朝食系から、ボリューム満点のご飯もの、近年ではカップケーキやデザート専門のおしゃれ系おやつ屋台までと実に多彩だが、コーヒーはたいてい朝食系屋台で入手可能だ。

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📷:屋台があるニューヨークの風景。だいたい駅やオフィス街、学校前や観光名所など、人が集まりやすいところに屋台はある。

とりわけ私は朝食屋台によくお世話になった。ベーグル(またはドーナツやペイストリー)+一杯のコーヒーが私の定番メニューだった。ギリシャをモチーフにしたイラストの青白の紙コップに注がれたコーヒーは、1杯1ドル前後。物価高騰著しい昨今、もう1ドル50セントぐらいにはなっているだろうか。気になる味は、よく言えばあっさり、悪く言えば腑抜けたコーヒー汁。通常のブレンドコーヒーをさらにお湯わりしたような感じで、コーヒーならではの芳香も弱々しく、なんとも主張のない控えめな味わい。日本のコーヒー通が飲んだら、「けしからん」という声が聞こえてきそうだ。

だが、私にとってはそれがよかった。

当時、コーヒー本来の美味しさを知らなかった私にとって、このコーヒー汁はとっつきやすい飲料だったのだ。苦みや渋みはなく、後にカフェインで胸焼けを起こすこともない。まるで白湯のようにするりと飲める屋台のコーヒーは、朝の一杯としては最適だった。学生時は授業前の目覚ましに、就職してからは仕事前の景気付に。そんな風に、屋台コーヒーは私のライフスタイルに入り込んでいった。

2000年ごろになると、この街にも白とグリーンのマーメイド・ロゴを冠したコーヒー専門チェーンが勢力を見せ始めた。俗にいうスペシャリティ・コーヒーが浸透し始め、アメリカ人のコーヒー観が大きな転換を迎えるころだった。世がもてはやす濃くて苦味のあるそのコーヒーに私は時々浮気しつつも、それでもやはり安寧を与えてくれる安いコーヒーとは離れ難く、私は両者の間を行ったり来たりしていた。

屋台から入門したコーヒー道は奥が深かった。進めば進むほど謎と感動が深まり、今ではすっかり抜け出すことのできない沼の中に私は鎮座している。

今、自宅の食器棚最前列には、お気に入りのコーヒー豆、手動式のミル、そしてニューヨークでも人気のHARIOの九谷焼ドリッパーが並んでいる。フリーランスになってマンハッタンへの通勤が不要になってからは、屋台コーヒーを飲む機会は激減した。それでも、朝一番に啜る熱々のコーヒーは、いつだって屋台の人たちが淹れてくれた目覚めの一杯(Eye Opener)を思い出させてくれる。

”コーヒーは苦手だ”

そんな私の先入観をぶち壊し、1日のスタートをコーヒーと共に切ることの清々しさを教えてくれたのは、他でもない、ニューヨークの屋台コーヒーなのだ。


【 こぼれ話 】なお、2000年を過ぎると、ITO EN (North America), INC(伊藤園)の北米進出により、市内小売店の棚には無糖、または微糖のボトル入りのお茶が並び始め、その後今日にいたるまで無糖のお茶はニューヨーカー、特に健康志向はの間でじわじわと浸透していった。

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📷:よくお世話になった屋台朝ごはんはこんな感じ。熱々のうっすーいコーヒーと巨大なベーグル。

📷(トップ):ニューヨーク屋台の朝ごはんを自宅で再現。なお、ギリシャモチーフの紙カップは”Anthora”と呼ばれており、ニューヨークのアイコン的デザインとして愛されている(が、写真のデザインはオリジナルではない。本物のカップには、"We are happy to serve you"と書かれているそうだ)。オリジナル版のデザイン・レプリカ版陶器カップがニューヨーク現代美術館(MoMA)のデザインストアで購入可能で、お土産としても人気だ。


◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし

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