早春、南伊豆逗留記④【自炊生活~わさびを食べ尽くす】
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私は好きなものであれば毎日同じ食事でも飽きない。
凝り性なのでハマると長く、材料をまとめ買いして連日納得がいくまで作り込むことも。
湯治の基本は自炊。地の物を中心に粗食を心掛け、温泉療法と共に身体の内側からも回復を狙う。下田に来て初日に購入した食材たちも、素材の良さが際立ち一品一品が光彩を放っていた。
<購入した時の記録>
こちらに来てから初めて知った「にこまる」という品種の米。
調べると過去に「お米日本一コンテスト」で一位に輝いたこともあるブランドのようだ。
千代田屋さんが自前の田んぼで育てた逸品も粘りが強く旨かった。
1キロ400円で購入し毎日3食、ちょうど滞在期間中に3キロ分を完食してしまいそうなペースだ。
折角良い米なので、研ぐときも炊くときも湧水「大師の聖水」を使用する。以前何かのテレビ番組で見たが、米は研ぐ際に最も水を吸うらしい。
無論タダではあるが、贅沢に天然水を使わせていただく。車で5分走れば湧水処に着くので、なくなればまた汲みに行けばよい。
特A評価を受けたという米と天然水、相性抜群で雑味のないご飯が仕上がった。計算するのも無粋だが、一食分(茶碗2杯)で60円程度になる。
伊豆の名産わさびも安定の旨さ。
生わさびは時間が経つとすぐに辛みが飛んでしまうため、ご飯に乗せる直前に鮫肌でガリガリ。炊き立ての米に落とすと蒸気が鼻と目を劈く。
醤油は直接わさびに垂らさない方が旨味が逃げないそうだ。外周に一回し、一気に搔き込む。
「きっ、効く!!」
辛すぎて、否、美味過ぎて涙が出る。初耳だったが静岡ではわさび丼を「泣き飯」と呼ぶそうだ。ほぼ毎食ガリガリ、帰る頃には右腕だけ太くなりそうだ。
今回初めて購入した「山田鰹節店」のかつお節も衝撃だった。
購入の際、少々無愛想だったが「ご飯にかけるのが旨いよ」、とボソッと仰った店主。
200gを量り売りしてもらい、綿あめのようにパンパンに袋詰めされた節。炊き立てのご飯に一つまみ、B級感が凄いがこれだけでもご飯が止まらない。わさびと醤油と併せると、ペロリと一合を平らげる。
ひと昔前までは一家に一台カンナの削り器があったと聞く。
言われてみれば私もパック節しか食べたことがない。これだけ味も香りも主張してくるとは望外だった。
朴訥としていたご主人、静かに放った「旨いよ」の一言。
その刹那、目の奥が光ったような気がした、恐らく自信の現れだったのだろう。
外浦海岸近くの干物屋「万宝」の魚も毎日一尾いただく。
ご主人自ら全国に出向き素材を仕入れ、調味料や干し方にも拘り、全ての工程手作りだという。アジの開き一尾260円は若干高い部類だが、柔らかく箸で容易に崩れる身、その分厚さを考えれば割高感はない。
地の物だけで揃えた下田B級飯。時々わさび丼に味変で鶏卵を乗せたり、鰹節と混布で出汁を取りわさび茶漬けに。旨い物を安く、お腹一杯。これぞ自炊湯治の醍醐味だ。
米は普段より食べすぎな気もするが、1日4~5回の入浴でカロリー消費し、肉類や油は摂取していないため徐々に身体も絞れてきた。
わさび生活5日目。もう湯治も折り返し。
漬物や納豆、そして料理の肝となる湧水がエンプティ状態に。喫緊で補給に向かわねば。まずは下田方面へ、早速スーパーに飛び込む、、とその前に。
下田には唯一の温泉銭湯「昭和湯」がある。
その名の通りノスタルジック系の外観、港町らしくなまこ壁だ。かつてはこの街にも何か所か存在した温泉銭湯、次々と閉鎖してしまい現存するのはこちらのみ。折角なので立ち寄ることに。
番台で430円を支払い中へ、脱衣所と浴槽もオールドスタイル。
撮影禁止のため写真はないが「昔の銭湯」のそれ以上でも以下でもない。石膏臭あり、かけ流しの湯は予想を遥かに上回る入浴感だった。
因みにネットの口コミや、脱衣所に出ている分析表には「加水あり」とあるがそれは誤謬。素晴らしい浴感と香りを捉え、番台のおじさんに「本当に加水しているのですか?」と伺った。
「加水してないよ。真夏で熱くて入れない時だけ」との返答が。
時折こうして浴感と分析表を照らし合わせて行くと、湯を見極める慧眼は少しずつだが研鑽されていく。
下田とうきゅうに行くと鯛の切り身が安かったので、この日は鯛めしを作る。フライパンで軽く焼き目を付け、調味料と昆布を合わせ炊くだけで完成。素材が良いからだろう、炊飯器と切り身でも上等な逸品に仕上がった。
そしてここでも薬味として、山田の鰹節と生わさびが登場する。
ガリガリガリガリ
「効くっ!!」
こんな毎日が続く。
湯治の効果は確実に出始め、激痛は次第に治まっていった。
令和4年3月5日
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