夏の湯治⑮【群馬 大塚温泉 (中編)】
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地元民や湯治客で賑わう共同浴場。ここに入るときに最も重要なのが「挨拶」だ。
長期滞在になるほどその重みは増す。私は普段かなりの人見知りだが、入場の際に必ずやる、「こんにちは!」。退出するときは「お先に失礼します!」。
かつては結束力の強そうな地元民を前に尻込みしていたが、先に言った方が勝ちだ。一度そのタイミングを逸すると微妙な空気が両者の間に生まれ、楽し気な話にもカットイン出来ず孤立してしまうことも。
”切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ 踏み込み行けば後は極楽”
剣聖宮本武蔵の如く一気に懐に飛び込む。
挨拶をされて嫌な人などいない、ほぼ100%「こんにちは」と返ってくる。そのうち「どこからだい?」、「どこか悪いの?」と会話が始まり、開湯伝説から地元の美味しい店、湯治エピソードの数々を拝聴できる。
大塚温泉にきて初日、チェックイン後すぐに新館浴室へ。
先客3人が温湯浴槽に浸かっていた。一人は眠っているようなので、起こさぬよう気持ち小声で挨拶。この日も天気が悪く、少々肌寒いくらいの気候だった。
まずは加温浴槽(41度)へ、5分程浸湯し身体が暖まったところで源泉浴槽(34度)へダイブを決めた。ここからは90分の交互浴。一人の湯治客から声をかけられた。
「どちらから?怪我ですか?」
全身痛は一時より収まってはいるものの、長年足の痛みを庇ってきたために私の歩き方は少々滑稽だ。
昨冬湯治で野沢温泉を訪れた際、女将さんから初対面で「転んだの?」、と一撃。野沢温泉スキー場からほど近い宿、滑走中に転んだご陽気ものと勘違いされてしまったほど。
こちらのおじさん、頚椎すべり腰の術後の治療で東京から湯治に来ているそうだ。相当な常連のようで、地元民や社長とも顔見知り。腰には痛々しい手術跡が残るが、大塚温泉での湯治により容態は改善したという。数多くの湯治場を回ってきた中から、ここを常宿にしたそうだ。
もう一名の同浴者。この方は神クラスの湯治客だった。
かつて重度の皮膚病を患い様々な薬理療法を試すものの効果が出ず、医師に勧められこの宿に辿り着いたという。50日間に及ぶ湯治、毎日10時間近く入っていたのだという(最長は15時間)。
食事は脱衣所でおにぎりを胃袋に押し込み、ものの数分後にはまた温湯に浸かっていたそうだ。流石に今はやらないそうだが、後に出会う常連客は皆、その伝説の瞬間に立ち会っていたそうな。現在も高崎から週に3回こちらに通い、症状は治まっているという。
宿に到着して僅か2時間、超人湯治列伝に圧倒されてしまった。
寝泊まりする部屋は思いの外綺麗で広かった。4畳半1間でも何も驚かない湯治場、だが案内されたのは6畳の和室が2間続き。最大5~6人でも十分収まるサイズだ。食事兼仕事部屋と寝室に分けて利用することに。
トイレもウォシュレット付きで流し台も部屋常設。冷蔵庫は共同で廊下の物を使う。激安B級湯治宿を想定していただけに僥倖。
部屋出しの夕食は湯治場らしくお膳スタイル。漬物やサラダに加え、焼肉に天ぷら、刺身などのメインと副菜が日替わりで。量も品数も何の不満もない(勿論それほど豪華というわけではない)。昼食もサービスでうどんなどの麺類がいただける。こちらに来てとうとう知り得たが、1泊3食付き6,250円也。
湯治で困るのはやはり食事。冷蔵庫内や調理器具の状態は行ってみないと分からないことも多く、結果湯煎と電子レンジだけの調理になりがち。
直売所などで野菜類を買い揃えるも、炊事場の不衛生さから調理を諦めたり、八幡平の後生掛温泉ではそもそも湯治棟に冷蔵庫がなかったりした(調べなかった私が悪いのだが)。
必須の栄養素は全て取れる食事、安価な価格設定に長湯が可能な宿はもっと評価されて良い印象だ。
幾度となく日帰りでは訪れていた旅館。まさかこれほどの良宿だとは初訪から7年目になるまで気付かなかった。不案内なためか、多用している湯治場のおまとめサイトにも登場しない金井旅館。日本にはまだまだこんな宿があるのだろうか?
夕食を済ませるとまた源泉へ。夜は20時で新館は閉めてしまうため、18時半から20時までの90分で源泉を効かせる。毎日19時にピタリと来るご老人。
杖を突きながらヨロヨロと湯に向かって来る。誰も手を貸さないので、「大丈夫ですか?」と声をかけると、「大丈夫だよ」と、他の客が応える。
この方がここでは最長老のようだ。子供頃からこの湯に入っているのだという。20時前になると他の客も減り、2人きりで話をすることがあった。
5日間の湯治をしていると伝えると、「とにかくこの源泉を飲んだ方がいい」と仰せ。
毎日来る地元客も異口同音に「水道水は不味くて飲めない」と言う。確かにここの源泉はスッキリした味わいで癖がない。入浴中も湯口から多飲し、部屋に戻ってもボトルに汲んだ源泉を飲み続けた。長湯は利尿作用も働きやすく、体内の水が入れ替わるよう。
日毎に体の重さが抜けていき、この時期止むことのない頭痛も落ち着いている。就寝前は梅酒の源泉割で夢の中へ。
宿願でもあり15年振りでもある痛みのない生活。遂にその時を迎えることは出来るか、日増しに期待は高まっていく。
令和3年6月29日
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