真夏の温泉ワーケーション②【磐梯熱海 治療開始】
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鞄一つで飛び出した旅、この日は埼玉県内全ての観測地点で今年最高気温をマークしていた。元々万全ではない体調、茹だる様な暑さが更に体力を奪う。いち早く磐梯熱海へ、ぬる名湯「湯元元湯」に飛び込みたいところ。
新幹線を使えば所要時間は半分、だが費用は倍となる。ここは我慢。
長期滞在が基本となる湯治、削れるところはなるべく削る。素泊まりの安宿で枕を確保した。
近年は大手ホテルチェーンが温泉街に進出し、老舗旅館をリノベーションすることも珍しくない。温泉街にとっては一長一短あるだろうが、今後テレワークやワーケーションが浸透し、温泉が身近になるという意味では一助となっているのは疑いない事実だろう。
セルフスタイルで格安の値段、通信環境が整っていれば私にとっては有難い存在。磐梯熱海で予約が取れた宿も、そんな宿の一つだった。ハイシーズンとあり、今回はその通りとはいかなかったが、通常は一泊素泊まり3千円台を打ち出していた。
大宮から宇都宮へ、東北線を乗り継ぎ郡山に到着。接続時間に駅そばで遅めの昼食を取る。その後人生初、磐越西線にライドオン。15分もすると磐梯熱海駅へ到着した。鈍行とあり要した時間は3時間半。昼過ぎの中途半端な時間帯とあり、車内は空いていた。
1年半前までは当たり前のように毎日満員電車に乗り、椅子に座れたことなど10年間で一度もなかった。元々の過敏な神経、電車に乗る時は必ず一番後方の車両だった。少しでも、人込みを避けようとしていたようだ。
朝方の通勤、同じ時間の同車両、乗っている人は皆同じ顔。おそらく、私と一緒だ。人込みが嫌いで、人一倍神経質な方達だったのかもしれない。
到着は15時過ぎ。何度も来ている磐梯熱海、まさか電車で訪れる日が来るとは、つい数時間前まで想像もつかなかった。駅から歩いて1分、共同浴場「湯元元湯」は目と鼻の先。
すぐにでも浴場へ、、でも、ここでも少々我慢。駅周辺の食事処を探したり、コンビニに寄ったり、ほっとあたみという直売所兼案内所の様なところで時間を潰す。駅前の足湯処ではwi-fiが飛んでおり、ノートPCを広げ作業などもこなした。
実はこの共同浴場、入場の時間帯によって料金が変わるという変則スタイル。朝6時から夜20時までの営業、全日料金500円が基本となるが、14時を過ぎると300円、16時以降となると250円と段階的に安くなる。どうせならと16時アタックを画策したのだ。
15時50分、足湯処を発ち湯元元湯の路地裏を歩く。車一台通れない狭路の奥に「霊泉元湯」の看板。表には廃墟と化してしまった母屋、「湯元旅館」が不気味にその姿を残している。現在は宿としても役目を終え、共同浴場だけが残ってしまった格好だ。
遠巻きから見ると若干傾いているようにも見える浴場の外観。そのすぐ脇に、ブルーのトタン屋根の小屋がポツンとある。この下からは摂氏29度の源泉が滾々と湧き出ている。800年前より、病を抱えし者、傷を負った兵士たちを癒し続けてきた源泉だ。
温泉で最も大事なのは「鮮度」という専門家も多い。湯元からの距離が近く、その量が多いほど湯は良い。一枚絵で飛び込んでくる湯小屋と創立から100年を迎えた共同浴場。
かつて富岡製糸場もグレートバリアリーフも見てきたが、衰残の身において私にとってはこちらの方が世界遺産。温湯ファン垂涎もののワンショットを収めた。
多くの旅館群が立ち並ぶ磐梯熱海。各施設の浴槽には、街の中心五百川沿いの熱海温泉事業所の貯水槽から配湯される。混合泉は50度、アルカリ性の美人の湯として知られている。次いで、駅近くの温泉神社の境内から湧き出ている源泉(36度)。こちらもアルカリ性で少しとろみがあり卵臭がする。駅近くのホテルでかけ流しの湯を堪能することが出来る。
だが私が片道3時間半をかけて目指したのは、29度の元湯源泉。全ての宿を確認した訳ではないが、恐らくこの湯を堪能できるのは共同浴場のみ。
期間を決めていない今旅。身体が快復するまで、1週間以上の滞在となる。宿泊する宿にも当然温泉はあるが、湯治の軸となるのは共同浴場だ。
ちょうど16時、急に積乱雲が南から襲ってきた。番台に250円を渡し浴室へ。
服を脱いでいると「ドーン」と雷が鳴り、ゲリラ豪雨が襲った。とりあえず、雨雲が去るまではここを動くことは出来ないだろう。
かけ湯をすると、一瞬ヒヤッとする温湯浴槽の源泉。求めていたのはこれだ。念願のファーストダイブが見事に決まった。
治療開始。
令和3年7月20日
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