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6月の信州湯治②【沓掛温泉 叶屋旅館】
<前回はこちら>
館主 「御身体、大丈夫ですか?」
私 「ちょっと、ここ最近痛かったです。気圧の変化がキツくて」
ここでは社交辞令はいらない。
私は館主の今井さんを私淑としており、一方的に戦友だと認識している。親しいご主人や女将さんは他の宿にもいるが、この方はまた特別。
私が病臥する10年前、今井さんも病に襲われていた。
年齢もほぼ同じ頃だ。痛みの程度は違うかも知れないが、床に伏せてから幾つもの転院を繰り返し、病名が判明されるまでの道程は、寸分の狂いもなかった。
痛み、痺れ、不眠・・・明らかに身体がおかしい。
会社に暇乞いし病院を巡る。注射針の痕が消えぬ間に、また採血。私も今井さんも、見た目ではどこが悪いかは分からない。けんもほろろに、鉄面皮の医師たちは同じ診断を下す。
「特に何もないので、薬を飲んで様子を見ましょう」
「気のせいですよ」
「ちょっと疲れているだけですよ」
いや、絶対に違う。この痛さは・・・
そうこうしている内に、有給は消化されていく。
同年代は働き盛り。私の身体は、、仕事はどうなってしまうのか。焦れば焦るほど、不眠は重篤化する。そして今井さんは休職中に、湯治に出た。全国を回り、自分の身体に合うのが人肌程度の温湯だったそうだ。
現在は国指定難病を探し当てた医師に出会い、手術の末に日常生活は造作なく行えるまでに回復しているという。それでも一番効くのは温湯、生活から切り離せないと伺った。
「一人のお客さんを、なるべく断りたくないんです」
「自分が回っていた時に、苦労したんですよ。断られたり、極端に割高になったり」
実に鷹揚とした語り口で話す今井さん。
あの蹂躙と義憤に塗れた屈辱の日々を乗り越え、その経験をも功徳へと変えたようだ。
和の趣を残す木造2階建の母屋。建物自体は年季が入っているようだが、いつも館内は清潔に保たれている。DIYで作った本棚には書籍がビッシリと揃っており、滞在中の客を飽きさせない。廊下の一角の棚には枕がいくつか並んでいた。
私 「湯治に出ると大荷物で、ストレッチポール(1mの円柱型)を持って玄関を通るんです。私の場合は背中が痛むので。旅館の人に見られて、ちょっと恥ずかしいんです」
館主 「私も湯治してた時、枕を持って歩いていたんですよ。恥ずかしいの分かります。でも、やっぱり枕が合わないと眠れなくて」
なるほど、私も旅の途中で枕を購入したことがある。
硬さが合わない場合や、そば殻のアレルギーの方もいる。実際に病に侵され、湯治生活をしていたという経験が、宿造りにも活かされているようだ。
トイレも部屋毎に割り当てられていて、他の客とのバッティングがないのも有難い。
バスタオルや浴衣はセルフスタイル。一般的な旅館の様な厚遇はないかも知れないが、余計なものをそぎ落とし、安く提供してくれることが湯治では一番助かる。
さて、温湯が気持ち良い時期だ。
叶屋旅館の風呂は1時間毎の貸切で予約制、2ヵ所(大と小)の空いている方を使用する。朝昼晩と一日3回、泥が溶けてゆくようにゆっくりと温湯に浸かり、徐々に身体の不調を抜いていく。
一瞬ヒヤッとするが、ほんのり硫黄臭、癖がなく心地よい。ジワジワと内側から温まる感覚を捉えたら、治療は成功だ。
「今日は、蛍が飛んでいるかも知れません」
ちょうど夜風に当たりたかったところ。こちら沓掛温泉から歩いて5分ほどの沢に、天然の蛍が出る。昨年の同じ時期、今井さんの先導を追い竹林まで降りて行くと無数の光点が空を舞っていた。
同宿のお客さんと、懐中電灯を片手に九十九折の坂道を降りて行く。
20時頃、田圃の中へ降りると、一気に蛍が点滅し始めた。昨年よりも、遥かに多いその数。
館主 「私がここに来て4年になるのですが、年々増えています」
私 「この竹林だけが出るのですね。他でも見れそうなものですが」
館主 「そうなんです。源泉がこの沢に流れているんです」
私 「蛍も、良い源泉を知っているのですね」
令和4年6月19日
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6月頃条件が揃うと見れる
<次回はこちら>
<過去の叶屋旅館の記事>
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