早春、南伊豆逗留記③【良い温泉宿にはネコがいる】
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全身痛と共に長患いの不眠症。やっと眠りについても痛みから2時間程度で目が覚めてしまい、もう一度堕ちるのを待つ。絶不眠の日も決して珍しくはなく、もう10年以上の格闘をしている。
様々な治療法を試したが、やはり私の身体に最も効くのは湯治。
到着から2日間は疲れや痛みが出るが、概ね3日目の朝を境に好転。全身痛が落ちつき眠りも次第に深くなる。
長期滞在の前後で大学病院にかかり、低白血球が正常値になり、貯蔵鉄(フェリチン)という異常値が治まるなどの記録も取れている。湯の成分は勿論のこと、天衣無縫の里山の風景や綺麗な空気、ストレスの緩和なども一因だと思慮している。
また先日、あることに気が付いた。
私が湯治をする宿には必ずと言ってよいほどペットがいる。増富温泉(山梨)三英荘にはシーズー、毎日通った近くの食堂「村松物産店」にもネコがいた。
鳴子の高東旅館(宮城)。逝去してしまったが犬がおり、今はお隣さんのネコがいつも軒先に。その他、大塚温泉金井旅館(群馬)は犬。東鳴子のいさぜん旅館はネコ。微温湯二階堂(福島)にもたくさんのネコ、沓掛温泉(長野)の駐車場にも数えきれないほどのネコ・・・
挙げ始めるとキリがないが、温泉と共に動物とのふれあいにも癒しを感じていたのかも知れない。
今回の逗留地、千代田屋旅館にもまた一匹のネコがいる。
5年前に来たという「さくら」。じゃらんの宿ページにも掲載されている看板ネコだ。
館内至る所に猫グッズが置いてあり、多くはお客さんからの貰い物らしい。風呂の脱衣所に飾られている生後3か月のさくらの写真。細身で随分印象が違う、以前「同じ猫ですか??」と女将さんに聞いてしまった。
現在はあんこ型に成長したが、愛嬌と跳躍力は健在。
脱兎の如く二階建ての館内を走り回り、裏の畑もテリトリーだ。狩猟本能が強く、度々モグラや雀など咥えて帰って来るそう。
最初はかなり警戒されていたが、再訪となった今回は到着日から随分となついてくれた。いくら接近しても逃げられず足元をスリスリ。皆に可愛がられて人間慣れしているのだろう。
千代田屋旅館にいるのはネコだけではない。
本館と自炊棟の間に小屋があり、何とヤギが2頭。こちらも5年前に来たという「ユメ」と「モカ」。子ヤギの頃はリードを付けて女将さんが散歩をしていたそうだが、現在は見事にグロウアップ。
首輪を付けても振り回されてしまいコントロールできず、体重も何キロあるか見当がつかないという。
私 「エサは何を食べるのですか」
女将 「裏庭の雑草を食べてくれるの。朝夕の二回小屋から出すのよ」
私 「機能的な面もあるのですね(笑)逃げないですか」
女将 「県道までうちの敷地で、そこから外は出ないの」
私 「利口なんですね。触っても大丈夫ですか??」
女将 「犬みたいに噛まないから、平気よ」
顔や首元をペタペタ触ったが全く抵抗する素振りがない。温泉宿では多くのペットを見たが、ヤギに触れあえる温泉宿はここしか知らない。
到着2日目からはテレワークの毎日。業務は主に取引先との交渉事や資料作成、後輩の教育や研修など。多い日は一日4~5回テレビ会議が入る。
取引先との商談中、ミュートを解除して私が話し始めた途中の出来事だった。
「メェーーー」
すぐ横の小屋でユメが鳴いている。MacBookのマイクに鳴き声が拾われていないか焦ったが、今のところ「あなたは何処で仕事をしているんだ?」とは聞かれていない。
私が滞在している自炊棟は稲生沢川の縁に立っており、窓から竿を下ろせば釣りが出来るほどの至近距離。6月になると天然の鮎が遡上してくる渓流、会議の合間に川を眺めていると、時々野鳥が這うように水面を跳ねる。私の眼には見えないが、小魚を狙っているのだろうか。
私 「野鳥が沢山いますね」
女将 「3月末には燕が来るの。軒下じゃなくて、玄関に巣を作るのよ」
私 「ここで孵化するのですか?」
女将 「そう、かわいいのよ。だからずっと戸を開けておくの」
玄関の天井に目をやると確かに巣が5つほどあった。
女将 「今でも年に2回くらい、さくらがツバメを狩ってしまうの」
私 「飛んでいるところを襲うのですか?」
女将 「そうなの、凄い瞬発力で。注意してもダメでねぇ」
雑草を食べるヤギ、小魚を狙う野鳥、鳥を落とすネコ。
自然と動物の共生、食物連鎖の縮図が垣間見える千代田屋旅館。週末はパソコンを閉じて、一日野鳥観察でもしてみようかな。
令和4年3月4日
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